九段の郭公

四葩

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4章

43【まよいご】

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 丹生たんしょうの取り合いやら、イントレ禁止やら、新役職任命やらと慌ただしく日々は過ぎ、特別局にもようやく落ち着きが見えてきた、とある日。
 丹生は久々に総務省を訪れていた。エントランスで出迎えてくれた風真かざまに、片手を上げて挨拶する。

「久し振り」
「お疲れ、色々大変だったな。立ち話も何だし、あっちで座ろう」
「うん」

 職員用の談話スペースのソファで、改めて向かい合う。

「気にはなってたんだけど、なかなか落ち着かなくて。顔出せなくて悪かったね」
「いや、良いんだ。大体の事情は分かってる。それで、問題は解決したのか?」
「うん、とりあえず。部長と朝夷あさひなが上手くやってくれたお陰で、なんとか生きてるよ」
「ハハ、それは心強いな。そういえばお前、ついに役職付きだって?」
「大袈裟だよ。うちは10年勤めりゃ、みんな係長級だもん。とは言え、俺なんかに肩書き付けるなんて、無理矢理感が半端なくていたたまれないぜ」
「まあ、それだけ大事おおごとになっていたという証拠だろう。お前が役付きになるのは、不思議でも何でもないがな」
「そりゃどーも。風真にも迷惑かけたな。そっちはどう?」
「安心しろ、上手く収めてある。修羅兄弟も動いていたしな。まるで蛇みたいな奴らだよ、公安警察は。政治家よりタチが悪い」
「ああ、そっか。今度そっちにもお礼言わなきゃな」

 嘆息しながら丹生は眉をひそめた。風真は典型的なエリート官僚で、学歴も家柄も申し分ない生い立ちだ。

「時々、嫌になる。誰かの庇護下に居ないとやっていけないなんて、自分の存在の場違いさが身に染みるよ。特にお前を前にするとね」
「ははっ、よく言う。帝国二大名家と昵懇じっこんのくせに。しかも、朝夷家時期当主がバディだろう? 俺なんかとは格が違うじゃないか」
「あの人は別。ほとんどサイコパスだもん。お前みたいに、絵に描いたようなマトモなエリート見てると、自分の居る場所じゃないなって思い知るんだよ」
「どうした、珍しい。えらく弱ってるじゃないか。やっぱり疲れてるんじゃないのか?」
「んー……そうかも。最近、職場の雰囲気もギスギスしてるし……。いっちょ前にストレスとか感じちゃってんのかなぁ、俺」

 ふ、と弱々しい笑みを浮かべる丹生に、相当苦労したようだ、と思った。

「お前の貴重な弱音が聞けて光栄だが、心配だな。俺に協力できることがあれば、遠慮なく言えよ」
「ありがと。こうして聞いてくれてるだけで助かってるよ。ところで、結月ゆづきさんとは上手くいってるの?」
「ああ、すこぶる順調だ。どうやらお義父様は、吉原の魅力に開眼したらしくてな。今は番付で1番人気の太夫に、えらくご執心らしい」
「ええ、嘘でしょ!? あの橘副大臣が!?」

 驚いてソファから腰を浮かせた丹生に、風真は声を立てて笑った。近頃、風真からの依頼が無いなと思っていたが、予想の斜め上の事態だ。

「本当なんだ。俺も初めて聞いた時は信じられなかったんだがな。先日、相良さがら大臣が派手な宴席を設けた陰間茶屋で見初めたらしい。とは言え、あの方は相変わらず、色ごと目的ではないようだが」
「だったら何目的なんだよ……。あの人、すごい紳士で良い人だけど、やっぱりどっかおかしいわ……」

 相良大臣の付き合いということは、間違いなく〝万華郷まんげきょう〟だろう。長門ながとの異母弟、陸奥むつの職場であり、揚代あげだいの高さは他とは比べ物にならない、超高級大見世おおみせだ。

「相良大臣なりの懐柔作戦さ。橘財務副大臣を取り込めば、BEPSベップス計画は完全凍結になる。橘副大臣は元々、吉原特区に懐疑的な立場だった。万が一、あそこが潰れたら、最も困るのはこの国だ。何せ、国庫の3分の1を吉原の売り上げでまかなっているからな。上手くことが運んでくれて、官界もひと安心といった所だろう」
「ああ、なるほどね」

 先日、陸奥から聞いた話と繋がり、合点がいった。

(にしても、大枚叩いておきながらセックス目的じゃないなんて、いっそ怖いわ。しかも吉原1番人気って……きっと陸奥さんみたいな超人なんだろうな。一晩いくらになるのか、想像もつかん)

 そんなことを思っていると、長い足を組み換えながら風真が話題を変えた。

「目下の敵は総務課長だ。いつも結月をこき使って、近頃は職場で顔を見ることもままならない。隙をついて会いに行くんだが、目敏く見つけられて追い返されるんだ」
「いや仕事しろよ。イチャつくのは家でやれ。エリート官僚がそんなんで大丈夫なのか?」
「お前に言われると心外だ」
「仕方ないだろ、うちは特殊なんだから。もうバカップルの見本市で、脳内お花畑集団だと思ってる」
「組織公認で付き合えるなんて、俺からすると羨ましい限りだがな。お前なんて、玉の輿どころの騒ぎじゃないだろう」
「だからやめろってソレ。俺達は付き合ってないし、今後も付き合う気はない。ただの仕事仲間だよ」
「そうなのか? てっきり、今回の件でくっついたとばかり思っていたが」
「なんでだよ。確かに世話になったけど、仲間同士で助け合うのは当たり前だろ」
「あくまでもビジネスか……。それで肉体関係があるなんて、ますますもって不可思議だな、特別局というのは」
「まあね。俺が入れるくらいだから、相当イカレた所だよ」
「お前は部長殿の虎の子だろう? それだけ本質が秀でている証拠だ。学歴や家柄なんて、お前には必要無いのさ」
「さあ……どうだろうな。我が身くらい守れる程度の盾は欲しいよ」

 ふう、と天井へ紫煙を吐きながら呟く丹生に、風真は穏やかに言った。

「確かに、お前が持っているのは盾ではないが、城壁だ。城壁を作るには、秀でた人徳と才覚が必要とされる。小さな盾を持つより、ずっと難しい。お前にはその力があるということだよ」

 丹生は優しく微笑む風真を見て、ふっと笑った。

「さすが、上手いこと言うね。新人達に見習わせたいよ」
「事実だ。俺は平気で嘘もつくし作り笑いもする。だが、お前に対してそんなもの必要ないだろう」
「俺にへつらった所で、なんの見返りもないからな」
「そういう意味じゃない。分かっているくせに。まったく、その捻くれようは職業病か?」
「悪かったな、捻くれ者で。産まれつきこうなんだよ」

 そう言って笑い合う姿は、まるで旧知の友のようで、丹生は久し振りに気の置けない時間を過ごせた気がした。

「……さて、そろそろ行くよ。忙しい中、時間取らせて悪かったな」
「もう行くのか? ゆっくりして行けば良いのに」
「多忙な風真様にそう言ってもらえて光栄だけど、無理させるのは嫌だから」
「無理なんかしていない。お前と話すためなら、どこへだって駆け付けるさ」
「ははっ、嬉しいね。愚痴聞いてもらってスッキリしたよ、有難う」
「ああ。今度、ゆっくり飲みにでも行こう」
「うん。また連絡して」

 丹生は立ち上がり、見送りは良いと言って談話スペースを後にした。その背を見送りながら、風真は人知れず嘆息する。
 初めて会った時から感じていたが、丹生という男はどこか存在が儚げで危うい。異様な存在感を醸し出しているくせに、まばたきすればふっと消えてしまいそうだ。まるで煙草の煙みたいな男だ、と思った。

「いくら結月君に会えないからって、省内で堂々と浮気とはやるねぇ、風真君」
にしき課長!? いつからいらしたんですか!?」

 背後からひょっこり頭を出した錦に、風真は心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。

「最初から居たよ。君が気付かないなんて、そんなにあの子に夢中だったのかな?」
「彼とはそういう仲じゃありません。聞いていたならお分かりでしょう」
「ああ、〝お前のためならどこへでも駆け付ける〟だったかな。熱烈な告白だね」
「意地の悪い抜粋はやめて下さい。友人としての話です」
「ごめん、ごめん。で、彼が朝夷家跡取りのお相手かぁ。初めて見たけど、思ってたより調査官らしくないんだね」
「彼は色々と特別なんです。まるで、不思議の国に迷い込んだ少年のような男ですよ」
「しかし、結月君以外は眼中に無いくせに、珍しく大事にしてるじゃないか。素の表情で話してる所なんて、初めて見たよ」
「まぁ、彼には随分、世話になっていますからね」

 ふうん、と意味ありげに相槌を打つと、錦は目を細めて問う。

「それだけじゃないんでしょ?」
「なんと言うか……放っておけないんですよ。飄々としているくせに、酷くバランスが悪い。朽ちた廃教会のような、今にも崩れてしまいそうなデカダンスを感じるんです」
「ああ、そんな感じだね。言いたいことは分かるよ。僕も彼のおかげで、特別局の印象が少しだけ変わったかな」
「どんな印象をお持ちだったんですか?」
「うーん、したたかで小狡いというか……まぁ、諜報員なんてみんなそうなんだろうけど、公安庁は特にそれが強い感じがしてね。少しでも気を抜くとすべて持っていかれるような、油断ならない相手だと思っていたよ」
「確かにそれは否定できませんね。しかし彼に限っては絶対、そんなことはしないと言いきれます。きっと彼には、そこまでの野心は無いのでしょう」
「さっきの会話からするに、野心どころか劣等感を持っているようだったね。守ってあげたくなるのは、そういう雰囲気が滲んでいるからかもしれない。この世界で自己肯定感の低い人間は、とても珍しいから。さぞ生き辛いだろうなと思ってしまうよ」
「ええ、そうですね……」

 すっかり丹生の姿が見えなくなったエントランスで、風真は小さく息を吐く。そんな風真の肩をポンと叩き、錦は柔和に微笑んだ。

「さ、そろそろ僕らも仕事に戻ろうか。さっきサボったぶん、今日も残業延長だからね」
「やれやれ……。国の中枢が最もブラックだなんて、まったく笑えない冗談ですよ」

 そうして今日も、それぞれの忙しない日常が続くのだった。
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