九段の郭公

四葩

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4章

34【逆椅子取り】

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 丹生たんしょう達の訓練禁止が施行されて数日。
 特別局、アグリ班の合同報告会議が行われた。いつものように各々バディと隣り合って着席していき、丹生も朝夷あさひなのソファへ向かおうとした時。

璃津りつ、こっち座れ」

 なつめ羽咲うさきとは反対側の隣へ丹生を呼んだ。

「は? なんで」
「良いから」
「説明する気ゼロかよ。嫌だよ、狭いし」

 丹生が断ると、今度は阿久里あぐりが声を上げた。

「璃津、ここ空いてるからおいで」
「え、ああー……」
「今日はあおいが議長だから、俺1人だし。十分スペースあるでしょ」
「まあ、そうだけど……」

 すると丹生に抱きつきながら、今度はつじである。

「璃津ー、俺も1人だからこっち来いよ。一緒に座ろーぜ」
「ここも空いてるよ」

 小鳥遊たかなしにまで朗らかに誘われ、ちょっとした引っ張りだこだ。

「ちょ、ちょっと待って。ただの会議なんだし、いつも通りで良いんじゃ……」
「絶対だめ」

 全員から一蹴され、たじたじである。部長に丹生と朝夷の監視命令を受けている調査官達は、会議中でさえ近づけまいと一致団結しているのだ。
 しかし、一筋縄ではいかないのが事情持ち連中である。

「早くこっち座れって、璃津」
「お前んとこじゃ、羽咲が狭くなって可哀想だろ。どう見ても俺の所が合理的だ」
「良いんだよ、狭いほうが。だろ、羽咲」
「そんなワケねーだろ。お前がどっか行けよ、俺がりっちゃんと座るから」
「言われてるぞ、棗。ほら璃津、早くおいで」
「阿久里、椎奈しいなの前で他のクロスとイチャつく気か? 椎奈かわいそー」
「誰がイチャつくか! 手癖激悪なお前と一緒にするな!」
「なんだと?」
「ちょちょちょ、やめろよ2人とも!」

 棗と阿久里が息巻いてソファから立ち上がり、丹生は慌てて割って入る。

「たかが席順くらいで喧嘩するなよな。もう立ってるから始めていいよ、椎奈さん」
「それは駄目だ!」

 神経質そうに成り行きを見守っていた椎奈が突然、厳しい声を上げた。

「びっくりしたぁ……。え、なんで?」
「君を立たせておくなんて、部下に示しがつかないだろう」
「だって、座ると面倒くさそうだし……。俺、直属の部下も居ないしさ、別に良くない?」
「……どうしても立つと言うのなら……わ、私の隣に来るといい」

 もごもごと恥ずかしそうに己の隣へ誘う椎奈に、棗が食ってかかる。

「なんだそれ、おかしくね? 璃津は議長じゃねぇんだから、そんなとこいる意味ねぇだろ」
「棗君、そんな言い方は失礼だぞ!」
「事実だろ。だいたい、なんで椎奈が顔赤くしてんだよ。バディ揃ってご執心か?」
「君にだけは言われたくないッ!」
「ちょ……葵、落ち着いて。いくら何でも、議長の隣はマズいんじゃ……」
「今は非常時なので問題無い」
「それを言うなら、朝夷さん以外なら誰の隣でも良いんじゃねぇの」
「そーだ、そーだ。りっちゃんと一緒に会議したーい」

 頑なな椎奈には、棗の文句も阿久里の誘導も通用せず、辻と羽咲も同調している。すると、ソファの後ろで立ち並んでいた相模さがみがひょいと手を挙げた。

「立ってるのが駄目なら俺、椅子になりましょうか?」
「あっ、ずるいぞ相模! 俺もなります!」
「じゃあ俺もなりまーす」

 相模に続き、土岐とき設楽したらも元気に挙手している。

「おー、それで良いんじゃね? ほらアレみたいにさ、クロス丹生withユーバ、みたいな?」
米呂まいろ、ネタが古い。絶対ヤだわ」
「さあ丹生さん!」
「どうぞ遠慮なく!」
「待て待て、ひざまずくな! なんなのお前ら、怖いわ!」
「落ち着けー、相模たちー。お前らのバディがドン引きしてるぞー」

 わぁわぁと阿鼻叫喚の会議室は収拾がつかず、丹生が溜め息をついた時、鶴の一声が響き渡った。

「やかましい!」

 声の主は、郡司ぐんじが潜入調査で不在の神前かんざきだった。室内がしん、と静まり返る中、不機嫌に腕を組んで己の隣を目で指す。皆が呆気にとられている間に、丹生は神前の隣へ収まったのだった。
 タイミングといい関係性といい、誰も文句は言えず、ようやくぎこちなくも会議が始められた。

「やれやれ、まるで逆椅子取りゲームだな」

 朝夷の苦笑に、傍観側であるクロス研修官たちは深く納得する。改めて丹生人気の激しさと、自分達の上司や同僚の本性を垣間見た昼下がりだった。



「金曜って今週の?」
「そ。空いてる?」
「ごめん、ナナちゃんとイベント行く約束してんだよね。急用だった?」
「あー……そっか、なら良いんだ。メシでもと思っただけだから」
「それなら今夜、空いてるけど?」
「えっ、本当? じゃあ行こ!」
「良いよー」

 とある日。丹生のオフィスを訪れた阿久里は、ディナーの約束を取り付けて内心ガッツポーズをしていた。先日、椎奈に先を越された感に苛まれ、当たって砕けろ精神で乗り込んだ甲斐があったと言うものだ。

「なに食べたい? 予約するよ」
「んー……なるべくカジュアルなとこかな。引越しやら何やらで、今月ちょっと厳しいんだよ」
「なに言ってんの。俺から誘ったんだから、お財布は出させないよ」
「いやいや、それは悪いよ。この前、相談乗ってもらったとき、ご飯で返すって言ったの俺だし」
「じゃあ、今回はそれとは別件ってことで良いじゃない。ね?」
「うーん、じゃあお言葉に甘えようかな」

 阿久里はまたしても歓喜に胸躍らせた。さりげなく、またデートをする口実が作れたのだ。

「俺、璃津に甘えられるの嬉しいよ」
「またまたぁ、班長ったら口説き文句がお上手で」
「本気で口説いてますから」

 丹生へ気持ちを告げてからというもの、阿久里は2人きりの時に取り繕うのをすっかり辞めていた。丹生の座るソファの背後に周り、耳元へ口を寄せて囁く。

「お前とこうして居られるだけで幸せだよ。本当に可愛くて仕方ない」
「ちょっと阿久里、くすぐったいよ」
「こっち向いて」

 持っていた資料で隠すようにして丹生へ口付けを落とす。軽く啄んでから名残惜しそうに離れ、妖しく微笑んだ。

「個室のところ取っておくから、続きは今夜ね」
「なにそのセリフ、やらしー」
「やらしーこと言ってるんだから、当然でしょ」
「ははっ、開き直った!」
「じゃ、上がったら連絡ちょうだいね」
「りょーかい」

 ひらひらと手を振って答える丹生を横目にオフィスを出ようとした阿久里は、はた、と立ち止まった。
 どうしたのかと丹生がソファの背もたれから身を乗り出すと、ちょうど入ってこようとしていた棗と阿久里が睨み合っている。背もたれに肘をついたまま溜め息をつく。鉢合わせてはいけない人間が増えたことを忘れていたのだ。

「棗、最近やけに璃津のオフィス来てないか? 何の用だよ」
「お前こそ何してる。ちょっと前まで椎奈、椎奈ってうるさかったくせに」
「資料届けに来ただけだ。お前は? 見たところ手ぶらじゃないの」
「璃津に会いに来た」

 堂々と言い放つ棗に、阿久里はあからさまにイラっとする。

「用もないのに人のオフィスをうろつくな。仕事しろ」
「璃津に変な虫が寄らないよう監視してんだよ。立派な仕事だろ」
「それなら全員でしてるから安心しろ、帰れ」
「はあ? なんでお前にそんなこと言われなきゃならねぇんだよ。退け」
「いーや、退かない。お前も変な虫の1匹だからな」
「ふざけんな。退けって」
「退かない」
「てめぇ……」

 いい歳をして子どものような小競り合いをしていた阿久里たちの奥から、よく通る冷えた声が響いた。

「邪魔だ、退け」
「か、神前……ッ!」

 またしてもナイスタイミングで現れた神前が、秒で場を凍りつかせた。

「デカいのが2人して入り口を塞ぐな。何してる」
「い、いや……俺はもう出るところで……」
「阿久里が退かないから入れなかっただけだ、俺のせいじゃない」
「あっそ。で、棗は何の用?」
「璃津に会いに来た」
「帰れ」
「はー? まだ顔もまともに見てねぇんだぞ!」

 駄々をこねる棗に神前が殺気立つのを察して、慌てて丹生が声をかけた。

「棗、おはよー! ごめん、ナナちゃんと仕事の話あるから、後で連絡するよ」
「……絶対すぐ連絡入れるって約束すんなら帰る」
「約束する!」
「分かった」
「じ、じゃあ俺も行くわ。またな、璃津、神前」
「早く行け」

 阿久里と棗が小突き合いながら出て行くのを見送ると、丹生は深く息を吐いてソファへ沈んだ。

「まったく、何なんだアイツら。最近、妙に絡むな」
「なんだろねー。てか有難うナナちゃん。毎度ナイスなタイミングで助かるよ、ホント」
「面倒だから施錠していい?」
「頼むー」
「コーヒーもらうぞ。お前も飲むだろ」
「飲むー」

 施錠ボタンを押した神前は、勝手知ったるとばかりにコーヒーをいれ始める。やがて卓上に湯気の立つカップと書類が置かれた。

「さんきゅー。やっぱクロス同士だと落ち着くわー」
「お前のハエ取りフェロモンも考え物だが、最近浮ついてるアイツらのほうが問題だ。朝夷さんが居ないのをいいことに、たるみ過ぎだろ」
「うちのユーバは過保護だよねー」
「過保護ってレベルか? どう見ても目の色変わってるぞ」
「まあ、あの現場を見た2人だし、仕方ないんじゃない? 皆には訓練中うっかりで済ませてるけどさ」
「まあ……俺も正直、かなり心臓に悪い経験だったし」

 神前は嫌なことを思い出したと眉をひそめる。

「あんなのは二度と御免だ」
「ナナちゃんは優しいね。仲間思いで嬉しいよ」
「お前は相変わらず、恥ずかしいことをさらっと言うな。そういうとこだぞ」
「何が?」
「皆が惑わされる所以ゆえんだよ。インテリジェンスの世界は嘘の塊だ。お前は眩し過ぎるんだよ」
「ああ、それ、中学の時に教頭が似たようなこと言ってたな」

 懐かしむ様に丹生は目を閉じて呟いた。

「自ら輝く星は、その輝きを受けて光る星達にとって眩しく美しく、そして酷く妬ましい、って。ポエマーだよね」
「お前は中学の頃から今のままなんだな。そりゃ目立って仕方なかったろうよ」
「成長しないお子様でさ」
「逆だ。中学生らしくない」
「あ、そっちか。思い返せば、そりゃもう可愛くないガキだった気がするわ」

 邪気なく笑って言う丹生の顔は、何とも痛々しく見えた。

「お前はいつになったら……いや、何でもない」

 言葉の先を呑み込む。言っても虚しくなるだけだと、分かっているからだ。
 ここに集う誰しもが、多少なりともすねきずを持つ身である。安穏と生きてきた者のほうが、圧倒的に少ない。神前は呑んだ言葉を更に奥へ落とすようにコーヒーを干した。
 そしてその夜。

「……なぜ……」
「え?」
「なぜ、神前が居るのかな……?」
「上がりが被ったので誘われた。何か問題でもあるのか、阿久里班長」
「……いえ、何も問題ございません……」
「ご飯楽しみー! 阿久里のことだから、きっと美味しい店いっぱい知ってるんだろうなぁ。ね、ナナちゃん!」
「ああ、タダより美味いメシは無いな」

 阿久里と一線を越えるつもりの無い丹生のガードは、網走刑務所の独房よりも堅牢なのであった。
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