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3章
31【キングズ・ギャンビット】
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医務室で脱臼を治してもらい、湿布を貼ったら処置は終わりだ。
その後も、やはり棗は丹生の肩を抱いて寄り添っていた。
「まだ痛むか?」
「ちょっとね。鎮痛剤飲んだから大丈夫。動けるよ」
「もう少し休め。仮眠室行くぞ」
仮眠室へ着くと、優しくベッドへ寝かされた。そっと頭を撫でてくる棗は悲痛な面持ちで、彼の心情が手に取るように分かる。
丹生は棗の腕にそっと触れた。ピクリと反応する棗を、切なげな目で見つめる。
「璃津……」
ベッドが軋み、丹生の上に影が落ちた。馬乗りになった棗の胸元へ手のひらを滑らせると、その手がぎゅっと掴まれた。握られた手が心臓の辺りへ持っていかれ、その鼓動の速さを知らされる。
しばらく見つめ合っていると、堪えきれなくなったように棗の唇が重なった。思っていたより柔らかく、微かに震えていた。
擦りあわせるように何度も啄まれ、だんだん深く合わさる。棗の舌が口腔へ侵入し、互いの舌を絡めながら、優しく甘い口付けを繰り返す。
大事に、丁寧に、焦がれ続けた感触を余す所無く味わい尽くす、とでも言うように、棗の想いがはっきり伝わる仕草だ。丹生の予想が確信に変わった。
なぜか知らないが、棗は自分に特別な感情を抱いている。ある時から、ふとした表情、態度、視線に、秘めた好意が混ざっていると気付いた。かと言って何かしてくるでもなく、こちらも知らぬふりで通していた。
今回の駒に棗を選んだのは、彼の生家が官界のフィクサーだからだ。一切、表舞台には立たず、闇に紛れて危険因子を排除する。
朝夷に対する手駒として有力であり、かつ都合良く自分へ好意を持っていた。朝夷と棗が犬猿の仲なのは、互いのバックグラウンドに根ざすものだが、火に油を注いだのは丹生だった。いつか手駒にするつもりでいたが、思いがけず、朝夷がその機会を与えてくれたわけだ。
丹生にとってこれは悪意ではなく、己の善意に基づいた行為である。棗が抑え続けている欲望を解き放ち、切望して止まなかった想いと、したくても出来なかった行為を、現実のものにしてやる。歪んで凝り固まった精神に、束の間の癒しを与えてやるのだ。
棗の頬に両手を添え、積極的に舌を差し入れる。待ち侘びたように絡め取られ、吸い上げられて歯列をなぞられた。
長い口付けを一旦やめ、互いに唇を離して荒く息をする。情欲に潤んだ棗の双眸に見つめられ、丹生は薄く笑った。
そろそろと、遠慮がちにシャツのボタンが外されていく。先程、朝夷に弾き飛ばされたせいでほとんど残っていなかったため、あっさり露わになった素肌へ唇や指がそっと触れてくる。
丹生の腹へ頬擦りしながら、棗は呟いた。
「……限界だろ、お前ら」
「棗……言わないでくれ……」
「いや、言う。俺が無理だ。さっき、本気でアイツを殺そうと思った。もう、見てらんねぇよ……」
棗は辛そうに声を殺して呻く。
「でも……どうしようもないんだ……」
「何でだよ! もう充分、務めは果たしただろ!? 部長だって、お前の言うことなら……」
「駄目だよ……まだ終わってない。朝夷の影響力がどれほどか、よく知ってるだろ? 部長は俺の恩人だ。迷惑はかけられない……」
棗は言葉に詰まり、奥歯を噛み締めた。
「アレを敵に回せば、俺やお前だけじゃなく、この班だってどうなるか分からない。これぐらい、俺は平気だから」
「これぐらいって……散々、好き勝手された挙句に怪我までさせられて、耐え続ける意味があるのか? お前さえ、俺を頼ってくれれば……」
丹生はそっと棗の言葉を口付けで塞いだ。ペロリと下唇を舐めて軽く食むと、棗が情欲に身震いした。唇を触れ合わせたまま囁く。
「……良いんだ。お前が俺の味方で居てくれるなら、それだけで満足だよ……」
ぐっと深く口付けられ、枕に頭が沈む。貪るようなそれに、丹生は口角が上がりそうになるのを必死で堪えた。降り注ぐキスの合間に呟く。
「俺は……お前を危ない目に合わせたくない……。だから、こんなことするのは一度きりだよ……」
「危険なんて、とっくに覚悟の上だ。俺は10年前からお前しか見てない。お前が救ってくれたあの日から、ずっとお前を愛してる」
再び激しく口付けられながら、丹生はぼんやり考えた。
(救った日……ってなんだっけ。なんかしたかな、俺。さっぱり覚えてないけど、10年前とは流石に予想外。道理でここまで拗らせてるワケだ)
丹生は完全に忘れているが、棗の想いが確実になったのは、10年前のある事件がきっかけだった。
◇
棗22歳の初春、特別調査官に抜擢されたばかりの頃。向かいから歩いてきた更科に付き従う丹生と、初めて顔を合わせた。
無機質な白磁の廊下にそぐわぬ、匂い立つような色気と存在感を放っており、妖しくも美しかった。窓から差し込む陽光が眩しいのか、白い手をかざし、憂いを帯びた顔を斜にする仕草が艷麗で、思わず見蕩れた。
「お疲れ様です、更科補佐。その人は?」
「俺がスカウトした新人。うちのクロスとして使うから、仲良くしてやれよ」
「丹生 璃津です。よろしくお願いします」
先の哀愁からは打って変わった笑顔で挨拶され、自分とは住む世界が違うなと思った。初対面の印象は、綺麗な男だというくらいだった。
非情な手段を使うのも、誰彼構わず手を出す悪癖も、元々の性分だ。それが汚れ仕事を担う家業の血によるものかは定かでないが、棗は子どもの頃から暴力的で、一族の中でも特に気性が荒かった。
調査官になって2年が経ったある夜、棗は歌舞伎町の中でも特に治安の悪い岡場所(政府非公認の私娼窟)を巡回していた。出入りの監視が厳しい吉原と違い、岡場所は犯罪者やテロ組織の隠れ蓑になっている場合があるためだ。
薬物中毒者、性病持ちの遊女や男娼、半グレなどの吹き溜まりを見て、反吐が出そうだと思いながら歩いていた棗に、前方から来たガラの悪い男の1人がぶつかった。因縁をつけられた棗が黙っているはずも、ましてや謝るはずもなく、定石通りの乱闘騒ぎになった。
棗の凶暴性は、歳と共にある程度まで抑えられていたが、一旦、キレてしまうと歯止めが効かない。あらゆる体術を習得し、喧嘩慣れしている棗が、チンピラ風情に引けを取るわけもなく、あっという間に3人を半殺しにした。
4人目をマウントで殴りつけていると、突如、背部に火箸を突き立てられたような熱さと鈍い痛みが襲った。事態に動転した5人目が、背後からドスで突き刺したのだ。
そこからの記憶は曖昧で、気が付いたら病院のベッドの上だった。脇で椅子に座っていたのは丹生で、棗と目が合うと可笑しそうに笑った。
「お前すごいなぁ、5人に囲まれて完勝するなんて。しかも、刺した相手を殴り殺したうえに、失血で気絶するまで暴れ回ったんだって?」
ちょうど新宿を巡回中だった丹生に、情報屋から騒ぎの知らせが入り、駆け付けてくれたのだ。
相手は日本帝国最大の指定暴力団、出茂会の下っ端で、丹生が繋がりのある幹部に話をつけ、丸く収めてくれたらしい。後は棗家が極秘裏に処理したため、事件化することはなかった。
顛末を聞いた棗は、視線を白い天井に据えたまま、ぼそりと言った。
「……怖くねぇのかよ、俺が」
「なんで怖がんなきゃいけないんだよ」
「だって……人殺しだぞ……」
「刺されたんだから、正当防衛だろ。大体、手負いで丸腰のカタギに殺されるヤクザなんて、遅かれ早かれ死んでたさ」
からっと言ってのけ、丹生は何の躊躇いも無く手を伸ばし、優しく頭を撫でてくれた。
「お前は悪くない。生きててくれて良かったよ」
身内にも腫れ物のように扱われ、実の親にさえそんな言葉をかけられたことはなかった。その時の丹生の笑顔を、触れてくれた温かさを、棗は一生、忘れないと思った。
◇
10年越しの想いを告げ、受け入れられた喜びに箍が外れた棗は、恋い焦がれた体を思う存分、隅々まで味わった。
指先からつま先まで舌を這わせ、秘部を丹念に舐め、最も深い部分を暴き、抉り、突き込んだ。丹生の反応たるや、想像を超えるほど完璧で美しく、理性や余裕は押し流された。
棗の欲望を受け止め終わると、満たされて穏やかな笑みを浮かべる頬を撫でてやる。しばらく横になった後、棗の瞼にキスを落とすと、丹生は報告に行くと言って先に仮眠室を出た。
◇
廊下を行く丹生の脳内で、ことり、と駒を置く音がする。動かした駒は、完璧に想定通りの位置に居る。
周囲に人けが無いのを確認し、ポケットから私用携帯を出してコールする。相手はすぐに出た。
「今回は俺の勝ち確だな」
【あれ、もう終わったの? 案外、早かったね。殴られた上にお預けくらうなんて、悲しいなぁ】
「避けられなかったお前が悪い。そんなにヨかったか? 強姦プレイ。あんなに興奮してるお前、初めて見たぜ」
【避けなかったんだよ。勢い余って肩外しちゃったから、痛み分け。しかし、アレは確かに良かった。またヤらせてよ。今度はちゃんと安全第一でするからさ】
「ほんとイカレてるよ、お前」
【お前に言われたくないね。悦んでたくせに】
「ふざけんな、こっちはお前の思いつきに合わせてやってんだぞ」
【それはお互い様でしょ?】
「俺はあそこまでしねぇよ。始末にも限界があるんだからな」
【ハハ、そうだね。詰めは任せて。これから報告?】
「そ。お前、今どこに居んの?」
【地下駐。愛車の中で寛いでるよ。上は針の筵だからさぁ】
「ははっ、いい気味。もう勝負ついてんじゃん」
【さて、まだ分からないよ。で、棗はどうだった? 愉しませてやったんでしょ?】
「お前ね、電話で聞くなんて下世話だぜ」
【じゃ、今度じっくり再現するから、覚悟してね】
「やめろ馬鹿、もう切るぞ。あ、言い忘れてた」
【なに?】
「本当に最高だぜ、長門」
【大好きだよ、璃津】
終話ボタンをタップして丹生は息を吐いた。
「阿久里かー、超キレてたもんなー。さて、どう言い訳したもんかねぇ」
声音はさも困った風だが、その実、口元は歪に弧を描いているのを、本人さえ知る由は無い。
その後も、やはり棗は丹生の肩を抱いて寄り添っていた。
「まだ痛むか?」
「ちょっとね。鎮痛剤飲んだから大丈夫。動けるよ」
「もう少し休め。仮眠室行くぞ」
仮眠室へ着くと、優しくベッドへ寝かされた。そっと頭を撫でてくる棗は悲痛な面持ちで、彼の心情が手に取るように分かる。
丹生は棗の腕にそっと触れた。ピクリと反応する棗を、切なげな目で見つめる。
「璃津……」
ベッドが軋み、丹生の上に影が落ちた。馬乗りになった棗の胸元へ手のひらを滑らせると、その手がぎゅっと掴まれた。握られた手が心臓の辺りへ持っていかれ、その鼓動の速さを知らされる。
しばらく見つめ合っていると、堪えきれなくなったように棗の唇が重なった。思っていたより柔らかく、微かに震えていた。
擦りあわせるように何度も啄まれ、だんだん深く合わさる。棗の舌が口腔へ侵入し、互いの舌を絡めながら、優しく甘い口付けを繰り返す。
大事に、丁寧に、焦がれ続けた感触を余す所無く味わい尽くす、とでも言うように、棗の想いがはっきり伝わる仕草だ。丹生の予想が確信に変わった。
なぜか知らないが、棗は自分に特別な感情を抱いている。ある時から、ふとした表情、態度、視線に、秘めた好意が混ざっていると気付いた。かと言って何かしてくるでもなく、こちらも知らぬふりで通していた。
今回の駒に棗を選んだのは、彼の生家が官界のフィクサーだからだ。一切、表舞台には立たず、闇に紛れて危険因子を排除する。
朝夷に対する手駒として有力であり、かつ都合良く自分へ好意を持っていた。朝夷と棗が犬猿の仲なのは、互いのバックグラウンドに根ざすものだが、火に油を注いだのは丹生だった。いつか手駒にするつもりでいたが、思いがけず、朝夷がその機会を与えてくれたわけだ。
丹生にとってこれは悪意ではなく、己の善意に基づいた行為である。棗が抑え続けている欲望を解き放ち、切望して止まなかった想いと、したくても出来なかった行為を、現実のものにしてやる。歪んで凝り固まった精神に、束の間の癒しを与えてやるのだ。
棗の頬に両手を添え、積極的に舌を差し入れる。待ち侘びたように絡め取られ、吸い上げられて歯列をなぞられた。
長い口付けを一旦やめ、互いに唇を離して荒く息をする。情欲に潤んだ棗の双眸に見つめられ、丹生は薄く笑った。
そろそろと、遠慮がちにシャツのボタンが外されていく。先程、朝夷に弾き飛ばされたせいでほとんど残っていなかったため、あっさり露わになった素肌へ唇や指がそっと触れてくる。
丹生の腹へ頬擦りしながら、棗は呟いた。
「……限界だろ、お前ら」
「棗……言わないでくれ……」
「いや、言う。俺が無理だ。さっき、本気でアイツを殺そうと思った。もう、見てらんねぇよ……」
棗は辛そうに声を殺して呻く。
「でも……どうしようもないんだ……」
「何でだよ! もう充分、務めは果たしただろ!? 部長だって、お前の言うことなら……」
「駄目だよ……まだ終わってない。朝夷の影響力がどれほどか、よく知ってるだろ? 部長は俺の恩人だ。迷惑はかけられない……」
棗は言葉に詰まり、奥歯を噛み締めた。
「アレを敵に回せば、俺やお前だけじゃなく、この班だってどうなるか分からない。これぐらい、俺は平気だから」
「これぐらいって……散々、好き勝手された挙句に怪我までさせられて、耐え続ける意味があるのか? お前さえ、俺を頼ってくれれば……」
丹生はそっと棗の言葉を口付けで塞いだ。ペロリと下唇を舐めて軽く食むと、棗が情欲に身震いした。唇を触れ合わせたまま囁く。
「……良いんだ。お前が俺の味方で居てくれるなら、それだけで満足だよ……」
ぐっと深く口付けられ、枕に頭が沈む。貪るようなそれに、丹生は口角が上がりそうになるのを必死で堪えた。降り注ぐキスの合間に呟く。
「俺は……お前を危ない目に合わせたくない……。だから、こんなことするのは一度きりだよ……」
「危険なんて、とっくに覚悟の上だ。俺は10年前からお前しか見てない。お前が救ってくれたあの日から、ずっとお前を愛してる」
再び激しく口付けられながら、丹生はぼんやり考えた。
(救った日……ってなんだっけ。なんかしたかな、俺。さっぱり覚えてないけど、10年前とは流石に予想外。道理でここまで拗らせてるワケだ)
丹生は完全に忘れているが、棗の想いが確実になったのは、10年前のある事件がきっかけだった。
◇
棗22歳の初春、特別調査官に抜擢されたばかりの頃。向かいから歩いてきた更科に付き従う丹生と、初めて顔を合わせた。
無機質な白磁の廊下にそぐわぬ、匂い立つような色気と存在感を放っており、妖しくも美しかった。窓から差し込む陽光が眩しいのか、白い手をかざし、憂いを帯びた顔を斜にする仕草が艷麗で、思わず見蕩れた。
「お疲れ様です、更科補佐。その人は?」
「俺がスカウトした新人。うちのクロスとして使うから、仲良くしてやれよ」
「丹生 璃津です。よろしくお願いします」
先の哀愁からは打って変わった笑顔で挨拶され、自分とは住む世界が違うなと思った。初対面の印象は、綺麗な男だというくらいだった。
非情な手段を使うのも、誰彼構わず手を出す悪癖も、元々の性分だ。それが汚れ仕事を担う家業の血によるものかは定かでないが、棗は子どもの頃から暴力的で、一族の中でも特に気性が荒かった。
調査官になって2年が経ったある夜、棗は歌舞伎町の中でも特に治安の悪い岡場所(政府非公認の私娼窟)を巡回していた。出入りの監視が厳しい吉原と違い、岡場所は犯罪者やテロ組織の隠れ蓑になっている場合があるためだ。
薬物中毒者、性病持ちの遊女や男娼、半グレなどの吹き溜まりを見て、反吐が出そうだと思いながら歩いていた棗に、前方から来たガラの悪い男の1人がぶつかった。因縁をつけられた棗が黙っているはずも、ましてや謝るはずもなく、定石通りの乱闘騒ぎになった。
棗の凶暴性は、歳と共にある程度まで抑えられていたが、一旦、キレてしまうと歯止めが効かない。あらゆる体術を習得し、喧嘩慣れしている棗が、チンピラ風情に引けを取るわけもなく、あっという間に3人を半殺しにした。
4人目をマウントで殴りつけていると、突如、背部に火箸を突き立てられたような熱さと鈍い痛みが襲った。事態に動転した5人目が、背後からドスで突き刺したのだ。
そこからの記憶は曖昧で、気が付いたら病院のベッドの上だった。脇で椅子に座っていたのは丹生で、棗と目が合うと可笑しそうに笑った。
「お前すごいなぁ、5人に囲まれて完勝するなんて。しかも、刺した相手を殴り殺したうえに、失血で気絶するまで暴れ回ったんだって?」
ちょうど新宿を巡回中だった丹生に、情報屋から騒ぎの知らせが入り、駆け付けてくれたのだ。
相手は日本帝国最大の指定暴力団、出茂会の下っ端で、丹生が繋がりのある幹部に話をつけ、丸く収めてくれたらしい。後は棗家が極秘裏に処理したため、事件化することはなかった。
顛末を聞いた棗は、視線を白い天井に据えたまま、ぼそりと言った。
「……怖くねぇのかよ、俺が」
「なんで怖がんなきゃいけないんだよ」
「だって……人殺しだぞ……」
「刺されたんだから、正当防衛だろ。大体、手負いで丸腰のカタギに殺されるヤクザなんて、遅かれ早かれ死んでたさ」
からっと言ってのけ、丹生は何の躊躇いも無く手を伸ばし、優しく頭を撫でてくれた。
「お前は悪くない。生きててくれて良かったよ」
身内にも腫れ物のように扱われ、実の親にさえそんな言葉をかけられたことはなかった。その時の丹生の笑顔を、触れてくれた温かさを、棗は一生、忘れないと思った。
◇
10年越しの想いを告げ、受け入れられた喜びに箍が外れた棗は、恋い焦がれた体を思う存分、隅々まで味わった。
指先からつま先まで舌を這わせ、秘部を丹念に舐め、最も深い部分を暴き、抉り、突き込んだ。丹生の反応たるや、想像を超えるほど完璧で美しく、理性や余裕は押し流された。
棗の欲望を受け止め終わると、満たされて穏やかな笑みを浮かべる頬を撫でてやる。しばらく横になった後、棗の瞼にキスを落とすと、丹生は報告に行くと言って先に仮眠室を出た。
◇
廊下を行く丹生の脳内で、ことり、と駒を置く音がする。動かした駒は、完璧に想定通りの位置に居る。
周囲に人けが無いのを確認し、ポケットから私用携帯を出してコールする。相手はすぐに出た。
「今回は俺の勝ち確だな」
【あれ、もう終わったの? 案外、早かったね。殴られた上にお預けくらうなんて、悲しいなぁ】
「避けられなかったお前が悪い。そんなにヨかったか? 強姦プレイ。あんなに興奮してるお前、初めて見たぜ」
【避けなかったんだよ。勢い余って肩外しちゃったから、痛み分け。しかし、アレは確かに良かった。またヤらせてよ。今度はちゃんと安全第一でするからさ】
「ほんとイカレてるよ、お前」
【お前に言われたくないね。悦んでたくせに】
「ふざけんな、こっちはお前の思いつきに合わせてやってんだぞ」
【それはお互い様でしょ?】
「俺はあそこまでしねぇよ。始末にも限界があるんだからな」
【ハハ、そうだね。詰めは任せて。これから報告?】
「そ。お前、今どこに居んの?」
【地下駐。愛車の中で寛いでるよ。上は針の筵だからさぁ】
「ははっ、いい気味。もう勝負ついてんじゃん」
【さて、まだ分からないよ。で、棗はどうだった? 愉しませてやったんでしょ?】
「お前ね、電話で聞くなんて下世話だぜ」
【じゃ、今度じっくり再現するから、覚悟してね】
「やめろ馬鹿、もう切るぞ。あ、言い忘れてた」
【なに?】
「本当に最高だぜ、長門」
【大好きだよ、璃津】
終話ボタンをタップして丹生は息を吐いた。
「阿久里かー、超キレてたもんなー。さて、どう言い訳したもんかねぇ」
声音はさも困った風だが、その実、口元は歪に弧を描いているのを、本人さえ知る由は無い。
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