九段の郭公

四葩

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3章

24【窮鳥、懐に入る】

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 丹生たんしょうの任務地は国内のみだが、その業務は多岐に渡る。局内の仕事はもちろん、省庁をまたいで駆り出されることもしばしばだ。
 今日はここ、総務省へ呼び出されていた。丹生を呼んだのは情報流通行政局、総務課のたちばな 結月ゆづきと、情報通信政策課の風真かざま 流司りゅうじだ。この2人は恋人同士なのだが、結月の父であるたちばな 永康えいこう財務副大臣が昔気質むかしかたぎの頑固者で、少々、問題をかかえている。要は、同性との恋愛に断固反対しているのだ。
 今やセクシャリティにこだわるのは時代遅れで、性的マイノリティという言葉さえ死語になりつつある。性の解放、自由の先駆けとなったのは日本帝国最大の花街、政令指定特区の吉原なのだが、それはまた別の話だ。
 ともかく、父親としては1日も早く息子に嫁を取らせ、跡継ぎを残して欲しいと願うのも無理はない。そこで、風真が丹生へ橘副大臣の懐柔を依頼してきたのが始まりである。因みに風真と丹生を繋いだのは、通信関係で情流局と太いパイプを持つつじだ。
 形としては総務省からの依頼となっているが、最早、風真の個人契約も同然の依頼内容ばかりである。

「なに? まだ揉めてんの、お前ら」

 玄関ホールの一角にあるソファの対面で足を組み、片眉を跳ね上げて問う丹生に、橘は渋面で風真へ食ってかかった。

「風真が父を馬鹿にするから、厄介なことになったんだろう!」
「嫌だなぁ、それは誤解だ。お義父さんの頭が古くて固いだけじゃないか。今どき同性愛反対だなんて、前時代の化石的思考だ」
「だから……っ! どうしてお前はそう突っかかるんだ! もっと穏便に進めていれば、ここまでこじれなかったかもしれないのに!」
「それは前にも言ったはずだぞ、結月。俺とお前を阻む者は、誰であろうが許さないと」

 今にも橘を押し倒しかねない風真に、あっちもこっちもバカップルばっかりかよ、とうんざりしながら丹生は話をうながした。

「頼むからさっさと本題に入ってくれ。今回は何して欲しいんだ?」
「も、申し訳ない……。実は、今日は風真と食事に行く予定なんだが、父が行くなと言ってきかなくて、迎えに来るとまで言ってるんだ……」
「なるほど。じゃ、ここで偶然を装ってでくわし、晩ご飯でもしてご機嫌を取れば良いワケね」
「ああ、頼む。ついでに結月の外泊許可も取ってくれないか?」
「それは自分達で言えよ。俺が言ったら明らかに怪しいだろ」

 下らない任務内容に呆れつつ、電子タバコの紫煙を吐きながら丹生は足を組み替えた。

「橘副大臣の相手をするのは別に良い。紳士だし、優しいしな。ただ、いい加減でお前らも副大臣と関係の改善をしていけよ」
「改善とは、具体的にどうすれば……?」
「そもそも風真、お前だ」
「俺が悪いのか?」
「そーだよ。恋人の父親を下に見るなんて、厚顔無恥も甚だしいわ。大体、副大臣は差別や偏見だけで反対してるわけじゃない。親心とお前の態度の悪さが、副大臣をかたくなにしてるってことに気付けよ」
「それは……分かってる。ただ、頭で理解していても、心が追いつかないんだ。結月と引き離されるんじゃないかと思うと、酷く不安になって、つい攻撃的になってしまう……」
「まあ、気持ちは理解できるけどさ。子どもじゃないんだから、折り合いってものをつけろ。敵に回すと不利な相手だってことを頭に叩き込め。逆に言えば、味方に付ければ得しかないんだぞ?」
「……なるほど、その発想は無かった」
「ただし、汚い手は使うなよ。礼儀正しく、真摯に、敬意を持って接するんだ」
「ふむ……そうだな。何事も真剣に、と言うのは大事なことだ」
「お前らは絆が強いから大丈夫だよ。風真の不安も分かるが、結月さんの愛を疑うような真似ばかりしてると、身のためにならないぞ」
「疑ってなんかない」
「不安は疑念から生じるものだ。そんなことを続けていたら、強かった絆もだんだん脆くなる。お前は充分、愛されてるんだから、もっと自信持てよ、風真」

 丹生は風真の肩を軽く叩いて微笑んだ。すると、いつも気を張って強ばっている風真からふっと力が抜ける。
 橘はつくづく、眼前の男の不思議な魅力に感嘆させられた。見た目はもちろん、仕草、声音、言葉の説得力たるや、多くの政治家に囲まれていても類を見ないものがある。

「ま、できるだけの協力はするが、お前達もしっかり考えろよ。じゃないと、時間外労働がバレて部長にキレられる」
「ハハ、お前の所の部長は怖いからな。肝に銘じておくよ」
「いつも手を煩わせてすまない、丹生調査官」
「じゃ、橘副大臣が来たら仕掛けるから、機嫌が良くなったら出てこいよ。んでメシの話しした流れでお泊り許可を貰うと。それは結月さんが言ってね。風真は後ろで控えめにしてろ」
「分かった」
「了解だ。しかし丹生は凄いな。度胸もさることながら、その悠然たる余裕。さぞ良い伴侶が居るんだろうな」
「伴侶? 居ないよそんなの」
「そうなのか!? もしかして別れたばかりだったか。無神経なことを言ってすまない」
「いや、違うよ。彼氏も彼女も居ないんだ、かれこれ10年以上な」
「ええっ!?」

 けろりと答えた丹生に、橘と風真は驚きのあまりソファから腰を浮かせた。

「嘘だろう……」
「10年以上も……信じられない。君ほどの人を、周りが放っておくはずがないのに……」
「そうでもないよ」

 ならばその余裕と落ち着きは、一体どこから来るのか、ますます謎が深まる2人であった。
 そうこうしているうちに、橘副大臣が玄関ホールに現れた。鼻筋の通った精悍せいかんな面立ちで、センスの良いロマンスグレーなのだが、今は不機嫌オーラを噴出している。
 丹生は自然な動作で席を立ち、副大臣の斜め左側から近づいた。

「橘副大臣」
「ん……? おお、丹生君か」
「お久し振りです。こんな所でお会いできるなんて、驚きました」
「いやぁ、私こそ驚いたよ。君が総務省に来るなんて、珍しいじゃないか。聞いたよ、先日のG社と璃弊リーパンの件。素晴らしい功績だったそうだね。官界は今、君の話で持ちきりだ」
「運が良かっただけです。でも、こうして副大臣とお会いできた幸運には、感謝しなければいけませんね」

 橘副大臣は丹生を見るなり、険しい表情をあっさり綻ばせた。丹生はさり気なく副大臣の左腕に体を添わせる。

「これからお仕事ですか?」
「いや、ちょっと息子を迎えに来たんだがね……」
「結月さんを? そうだったんですね……」

 丹生は寂しげに目を伏せ、大袈裟に肩を落として見せる。橘副大臣はその様子に慌てふためき、階段下の物影に丹生を連れ込んだ。威厳ある面持ちから一転して眉尻を下げ、丹生の両肩に手を置く。

「り、璃津りつ君!? そんな悲しげな顔をして、どうした? 何かあったのかい?」
「いいえ……その、久し振りにお会いできたのが嬉しくて、もう少しお話ししていたかったなって……」
「いつもながら、なんて可愛いことを……。よし、分かった。じゃあ、これからご飯でも食べに行こう」
「え、でも……結月さんとのお約束があるんでしょう? お邪魔したくないから……」

 丹生は瞳を潤ませ、上目遣いで副大臣を見上げる。大袈裟なほどあざとい演技が、彼には最も有効なのだ。

「そんなまさか、邪魔なわけがあるものかね。結月はもちろんだけど、私は璃津君も大事に思っているんだから。もっと早く出会いたかったよ」

 丹生は副大臣に対して、孤児院育ちの天涯孤独という偽装カバーを使っている。強すぎる家族愛を利用し、同情を誘って取り入るためだ。
 丹生は1歩距離を詰め、十八番の破顔一笑を全開にした。

「永康さん……そう言ってもらえて嬉しいです。優しくてあったかくて、本当のお父さんみたい」
「ああ、璃津君……! 凄く素直で愛らしい子だね。本当に可愛すぎる……君はまさに天使だよ!」

 むぎゅっと抱きしめられ、副大臣の向こうに見える風真達にアイコンタクトを取る。息子はこちらの様子にドン引きしていたが、勇気を振り絞って声をかけてきた。

「あ、あの……父さん……」
「ああ、結月か。さっき偶然、璃津君と会ってね。久し振りで、凄く嬉しいんだ」
「そ、それは良かったですね……」

 普段の威厳も先程までの不機嫌も吹き飛び、人前では絶対に見せない満面の笑みで言う父に、息子は引きつった顔で答える。そこで、丹生は敢えて副大臣から身を引く素振りを見せた。

「橘副大臣……結月さんがお見えになったので、僕はこれで……」
「えっ、何故だい? そんなに気を遣わなくて良いって、いつも言ってるのに。結月もそう思うだろう?」
「も、もちろんです! むしろ、久し振りなら璃津さんが優先されるべきです!」
「ほら、結月もああ言ってるし、ね? 遠慮しないで、ご飯に行こう。何が食べたい? 好きなものを言ってごらん」
「本当に? 有難う、永康さん! じゃあ僕、お肉が良いなぁ」
「お肉か、璃津君は確か赤身好きだよね。日本橋に良質な熟成肉エイジングビーフを出す店があるんだが、どうかな?」
「素敵! 永康さんに全部お任せしまぁす」

 丹生が腕に抱きついて甘えると、副大臣は最早、めろめろの溺愛状態だ。ここぞとばかりに丹生は橘に目配せした。

「じ、じゃあ父さん、私はもう行きますね。晩ご飯、ごゆっくり。今夜は帰れないかもしれませんが、構いませんね?」
「ああ、行ってらっしゃい柚月。私も久し振りの璃津君との時間だからね。ゆっくりしてくるよ」
「嬉しい! たくさんお話ししようね、永康さん」
「もう、本当に可愛いなぁ! 今夜は思い切り甘えてくれて良いからね。さ、早く誰にも邪魔されない所へ行こう」

 丹生の肩をしっかり抱き、橘達を振り返りもせず出て行く副大臣、もとい父の背に、げっそりと溜め息が出る。

「父さん……丹生調査官が相手の時は、何も耳目じもくに入らなくなるんだな、恐ろしい……。俺としては非常に助かるのだが、色々と誤解を招きそうだ……」
「多重人格並みだな、丹生の仕事モードは。さすがスーパーエージェントだ。しかし、会話が完全にパパ活のそれだったな。息子としていいのか、あれは」
「まぁ実際、やましいことは無いと分かっているからな。だが、もう少し人目をはばかったほうが良いとは思う……」
「ともかく、おかげでお泊まりも邪魔されずに済みそうだし、俺たちも行こう」
「ああ」

 総務省カップルの苦悩を少し軽減してあげるのも、丹生の立派な仕事なのだった。
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