九段の郭公

四葩

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1章

6【行雲流水】※

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 さて、冒頭から長く有耶無耶になっていた話をしよう。丹生たんしょう更科さらしなの肉体関係についてだ。
 局内でまことしやかに囁かれている噂だが、実のところ、2人に体の関係は無い。先日のキスが正真正銘、初めての性的な接触だった。
 そもそもは、まだスカウト権限を持たない部長補佐だった更科が強く丹生を推し、半ば強引に入庁させたことが噂の発端である。
 しかし、両者とも積極的な否定はせず、逆に面白がって意味深長な雰囲気を漂わせ続けているため、誤解されてもしかたないと言える。要するに、悪質なイタズラの産物という訳だ。

「なぁ璃津りつ、もうヤっちまっても良いんじゃないかと思うんだわ、俺ら」
「……部長もそこそこ脈絡ないですよね。任務報告してるんですけど。確実に今する話じゃないと思うんですけど。しかもそんな思い付きみたいなノリで。ちゃんと聞いてました? 大事なとこ」
「聞いた、聞いた。けどよ、もう12年だぜ? みんな俺たちがヤってると思ってんのに、実際なにも無いってのも癪なワケよ。分かる?」
「全然分かりませんよ。なにもって言いますけど、この前キスしたじゃないですか。立派な肉体関係でしょ、はい解決」
「はー? 小学生じゃねーんだから、あんなモン挨拶と同じだろ。関係を持ったとは言えねぇし、言わせねぇ」

 丹生は、なんだこの人、最近めんどくさいな、と思いながらも表情にはまったく出さず、書類から目も上げずに答えた。

「じゃあ仮にセックスしたとして、なんか意味あります? まさか吹聴するつもりじゃないでしょ」
「吹聴はしないが、俺が満足する。それにヤって分かる事ってのも、あるかもしれねぇだろ?」

 持っていた報告書のファイルをぱたんと閉じ、丹生は深く溜め息をついた。

「まったくもう……何なんですか、さっきから。今までそんな話、一度もしたことなかったじゃないですか。だいたい俺らが関係持ったら、更に事態が複雑化するだけだと思いますけど」
「状況が変わったんだよ」
「俺の状況は何も変わってません。部長は何が変わったんです?」
「この前のキス」

 そのひと言に思わず吹き出す。

「なんですかそれ! 小学生じゃあるまいしって、自分で言ったくせに!」
「この12年、俺はお前の体のどこも知らなかった。その唇がどんな感触か、触れた体がどれほど熱いか、欲情するとどんな顔をするのか。ひとつでも知ってしまえば、何もかも知りたくなる。それが真理ってモンだろ。お前は知りたいと思わなかったのか?」

 丹生は答えに窮して押し黙った。確かに更科の言う通りである。押し倒されたあのとき、自分へ向けられた更科の色気に身震いした。その先にある快楽を想像し、期待したのだ。
 丹生は元々、ステータスに弱いところがある。何かのトップに立つ者に対して、無条件に惹かれる性分なのだ。そこに美貌と色気が加われば、正しく鬼に金棒というものだ。
 酷くゆっくりした動作で、更科が椅子から立ち上がる。これからどうなるか、容易に想像がつくくせに身動きできない。
 更科は立ち尽くす丹生の背後へ回り、耳元へ囁いた。

「お前、俺に惚れてるだろ」
「……ずるい言い方しますね。違うって言われると思わないんですか?」
「思わないね」
「凄い自信。部長こそ、俺のこと好きなんでしょ」
「当たり前だろ。お前みたいなの、好きにならずに居られるか」

 不遜なくせに切実さを帯びた、吐息混じりのその言葉に、はっきりと欲情するのを自覚した。求められることに歓喜しているのだと、下半身へ集まる熱が知らせてくる。
 更科がデスクへ両手をつき、丹生の背に更科の腹部が密着する。うなじに唇が触れ、続いて舌を這わされ、吸い上げられた。敏感な部分への刺激に、思わず小さく声が漏れ、呼吸が荒くなる。

「なぁ璃津……俺に教えろよ、お前の全部」
「っ……」

 前へ回り込んだ更科の手が滑らかにベルトを外し、欲望の中心に触れた。

「あッ! ちょっと……待ってよ……。さすがに、これ以上はヤバいと思うんだけど……」
「さんざん待った。もう待たないって決めたんだよ、俺は」
「そんな勝手な……んっ、ぁ、あ……」

 的確に快楽を与えられ、丹生は前のめりにデスクへ腕をついた。手から落ちた報告書が床に散らばり、乾いた音が響く。
 滑りを帯びた指が後孔をなぞる感覚に、体は強ばり、足が痙攣する。前への刺激に気を逸らされているうちに、そこはすっかり慣らされていた。
 いつのまに、と思う暇もなく、更科自身が押し当てられた。

「……うそ……それ、本気……?」
「ここまでして冗談ってことあるか? 嫌ならさっさと逃げろ。脱出は得意だろ」

 至極ゆっくりと侵入してくるそれは、逃げようと思えば逃げられるものだった。しかし、逆に征服されているのだという実感と感触を、脳髄に叩き込まれるものでもある。
 拒まない意味を理解し、今まで求め続けていたのだという事実を思い知った。
 様々な感情が混ざり合い、ゆるゆるとせり上がってくる未知の悦楽に、挿入されると同時に声もなく果てた。

「っ……挿れただけでイったな。いつもこうか?」
「──……ッ」

 ひくつく体を持て余しながら、丹生は必死で首を横に振った。背後から低い含み笑いが降ってくる。

「はっ、これは嬉しい誤算だわ……」

 止まっていた律動が再開され、絶頂の余韻が冷めやらぬ丹生は、悲鳴じみた嬌声を上げた。

「ひ、イ゙っ! ま、まって……まだ、だめ……! ちょっと……止まッて!」
「ん? どうした、何がダメなんだ?」
「ィった……ばっかで、そんな……ッあ、ァ! し、死ぬっ……! おかしく、なる……からぁッ!」
「良いぜ、おかしくなれよ。誰にも見せてないお前を見せろ」

 上半身を横たえたデスクが、突き上げられるたびにガタガタと派手な音を立てて揺れ、次々と卓上の物が床へ落ちていく。
 奥深くまで穿うがたれながら、丹生は驚愕していた。ノーマルなセックスでこんなに感じたことなど、いまだかつて無かったのだ。歓喜を通り越して恐怖すら覚える。
 余計な思考をする余裕など欠片もなく、言葉にならない声で喘ぐことしかできない。

「ッく……っ、お前……よすぎだろ……ッ」

 初めて聞く更科の切羽詰まった声音が、更に丹生を追い詰める。
 激しいストロークに視界がぼやけ、二度目の絶頂と共に丹生は意識を手放した。



「……ぅ……ん……」
「起きたか?」

 返事をしようとして、上手く声が出ないことに気付く。体が鉛のように重く、喉が痛い。

「喘ぎすぎだ。無理して喋るな」
「ぅ……」

(嘘だろ……喘ぎすぎて声枯れした? あんな普通のセックスで? しかも気絶までするとか……怖すぎるぞ、この人の技巧テクニック……)

 ぼんやり辺りを見回すと、更科にソファで抱きかかえられている。服も整えられており、事後処理も完璧のようだ。
 おもむろに上を向かされたかと思うと、口移しで水が与えられた。全て飲み込んで唇が離れると、更科は満足そうな笑みを浮かべている。

「気絶するほどよかったんだな。男冥利おとこみょうりに尽きるぜ」

 愉快そうな言い方が癪にさわるが、事実なので否定はできない。

「まぁ、俺も加減できなかったくらいには、よかったわけだが」
「……っ、るさぃ……!」
「そんな掠れ声で言われてもエロいだけだぞ。しかし……」

 更科は丹生をかかえ直すと、溜め息混じりにぼやいた。

「こんなことなら、さっさと抱いときゃ良かったぜ。12年も朝夷あさひなに遊ばせてたのは判断ミスだった。あー、くそ。長いこと我慢して損したわ」
「我慢、してたって……?」
「これでも俺は、部下には手を出さない主義んだよ。お前のせいで過去形だ。責任取れこのやろー」
「なにそれ」

 ぶっきらぼうな告白とめちゃくちゃな言い分が、なんとも更科らしい。
 ふと丹生の脳裏に神前かんざきの言葉が蘇った。なるようにしかならないのなら、やはり身を任せるべきなのかもしれない。ややこしくなったらなったで、逆に楽しめるしな、と胸中で納得する。
 更科の香水と煙草の匂いに包まれて、丹生は久々の期待感に口角を上げた。
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