万華の咲く郷 ~番外編集~

四葩

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番外編~迷作文学~

【シンデレラ⠀2】

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 王子にとっては幸か不幸か、仕事の早い召使い達によって、招待状はまたたく間に国中の家々へ配られた。もちろんシンデレラ邸も例に漏れず受け取っている。

「舞踏会? やけに急だが、何かめでたいことでもあったか?」
「さあ? 思いつきで行動するのが王族なんじゃないのぉ。嫌いじゃないけどね、そういうノリ」
「えーと、なになに……明日から3日間、舞踏会を開催する。参加対象は国中の妙齢女性全員。ただし、未婚に限る……やってさ」
「規模が大きいうえに随分、対象者がアバウトな舞踏会ですね。招待状は全部で3通……ということは、お義母かあ様とお義姉ねえ様2人の分ですか」
「いや、違うだろ。なんで俺を数にいれるんだ。お前ら3人の分に決まってる。その条件からするに、恐らく王子の結婚相手探しだな」
「でもさ、妙齢ってどこまで? って話だよねぇ。和泉いずみの見た目年齢って俺たちと変わらないじゃない。よく姉妹だと思われるくらいなんだからぁ」
「未亡人やしまだ若いし、対象っちゃ対象やろな。けど、3通しか無いんなら東雲しののめの分で間違いないやろ」
「しかし……私はドレスも靴も持っていないので、とても舞踏会になど参加できませんよ」
「貸してやりたいが、皆サイズがバラバラだからな。今から仕立てては間に合わないし……」
「こんなところで苛めてる設定が響くとはねぇ。ご近所さんに近い体型の人いなかったっけ?」
「いえ、構わないんです。私には分不相応ですし、むしろ行けなくて都合が良いくらいですから」
「はぁ……ったく、お前は相変わらずの引っ込み思案やなー。たまには華やかなとこでパーっと遊んで、気分転換したらええのに」
「賑やかな場所は苦手なんです、逆に疲れてしまうので。お義姉様達は存分に楽しんできて下さい」
「そーお? まぁ無理にとは言わないけど、行きたくなったら遠慮なく言ってねー」
「有難うございます。では、皆さんのドレスの支度をしてきますね」

 そして舞踏会当日。華やかに着飾った継母ままはは達を見送って、シンデレラは息をつく。

「ふう……3日もこんなことを続けるなんて、やはり貴族趣味は理解できないな。王子様のお顔は拝見してみたいけれど、どのみち、私には縁の無い話だ」

 シンデレラが屋敷へ戻ろうときびすを返した瞬間、目の前がまばゆい光に包まれた。反射的に腕で顔をおおい、目を閉じたシンデレラの耳に、何者かの盛大な溜め息が聴こえてギョッとする。

「やれやれ、まったく。お前はどこに行ってもそんな感じなんだな。謙虚すぎるのも考えものだぞ」

 シンデレラが恐る恐る目を開けると、玄関口のポーチへもたれて呆れ顔をする、黒いローブをまとった男が立っていた。

「な、何を言って……というか、どちら様ですか?」
「魔法使い」
「はい?」
「だから魔法使いだって。さっきピカーッと派手に登場したろ?」
「……スタングレネードのたぐいでも使ったのでは……? 無音だったのはおかしいですが、違法改造かなにかでサイレンサーを……」
「お前なぁ……ファンタジーで軍ヲタみたいなこと言うなよ。しかも主人公だぞ。もっと夢を持った生き方しろよ」
「明らかに挙動不審なうえに危険人物ですね。警察に通報を」
「待て待て待て! まじで魔法使いなんだって! しかも2回目だぜ? もはやベテラン魔法使いのいきだから、俺」

 ペラペラと妙なことをのたまうローブの男はすらりと背が高く、甘いマスクに甘い声と、只者ではない風貌だ。が、それゆえに余計、慎重派のシンデレラは不信感をつのらせた。

「とてつもなく胡散臭い……。本当に魔法使いだと言うのなら、それを証明して見せて下さいませんか。いきなり現れて魔法使いだなんて名乗られても、誰も信じませんよ、普通」
「怖いくらい冷静なヒロインだな……。まぁ元の性格上、仕方ないか……。お前さっき、王子の顔が見てみたいって言ってたよな?」
「え……いや、少しはそう思わなくもないというだけで、別にどうしても見たいという訳では……」
「あーもう、ごちゃごちゃうるさい! 俺が舞踏会に行けるようにしてやるから、しっかり自分の目で見てこいって!」
「そ、そんなことどうやって……」
「まぁ見てろ」

 そう言って魔法使いと名乗る男はにやりと笑い、ふところから取り出した杖を馴れた手つきで振った。
 すると、ぼろぼろに汚れた粗末な服は光に包まれ、あっという間に美しい刺繍と宝石の散りばめられた豪華なドレスに変わった。首や耳にはきらびやかなアクセサリーが揺れ、髪も綺麗にまとめられて髪飾りがついている。
 驚きのあまり呆然と立ち尽くしているシンデレラに、魔法使いが声を掛けた。

「お前、ガラスの靴と金の靴、どっちが良い?」
「……え? なんですって?」
「だからガラスと金、どっちが良いか聞いてんだよ。初版では金だったんだけど、今やガラスが主流だろ? どっちにしても話には影響しないから、選ばせてやろうと思ってさ」

 ただでさえ本物の魔法に驚いているシンデレラに、訳の分からない質問をする魔法使い。

「ど、どちらでも……」
「あっそ。じゃ、せっかくだから金でいこう。ガラスって男尊女卑感があって、どうも好きじゃないんだよなー。そもそもシンデレラの話自体、女性の自立を全面的に否定してる感がハンパ無いんだよ。ガラス素材の靴だったり、やけにシンデレラの足が小さい理由だったりさぁ」
「は、はぁ……。確かに、ガラスの靴で歩いたりしたら大惨事になるとは思いますが……あくまでファンタジーなのでは? 大体、私は男ですし……」
「おっと、話が盛大に逸れちまったな。すまん、すまん。今回は珍しく良い魔法使い役だったんで、つい浮かれちゃったよ。まぁそんな話はともかく、金だな。ほら、どーぞ」

 そうしてシンデレラの足は金色に輝くハイヒールに収まった。それだけにとどまらず、魔法使いは次々と杖を振って馬車、御者ぎょしゃ、従者を用意した。

「どーよ、これで完璧だろ。魔法使いって信じた?」
「は、はい……! 完全に信じました……!」
「よし。んじゃ、舞踏会楽しんでこい」
「あの……なぜ私なんかにここまでして下さるんですか?」
「なぜって、そうしなきゃ話が進まんだろ。まぁいつもこんな感じだから気にすんな。たなぼたとでも思えば良いさ」
「いつも……? ま、まぁ良いか……あまり深く考えてはいけない気がする……。有難うございます、魔法使いさん!」
「あ、ひとつ注意事項な。この魔法は午前0時になると解けちまうから、必ずそれまでに帰るようにしろよ。じゃないと、着飾った奴らのど真ん中で小汚い格好さらすか、徒歩で帰るか、もしくはその両方になるかもしれないぜ」
「わ、分かりました! 肝に銘じておきます!」
「おう、頑張れよー」
「はい!」

 なんとも自由奔放な魔法使いに振り回され気味ではあったが、こうしてシンデレラは舞踏会へ向かうこととなった。
 しかしこの時、シンデレラは己にかけられた魔法の真価までは、知る由もなかったのである。
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