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番外編~迷作文学~
【ラプンツェル⠀3】
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その夜。いつものように魔法使いがふわりと窓から入って来ました。王子は衝立の影に身を潜め、斬り掛かる機会を伺っています。
「俺の可愛い小鳥さん、こっちへおいで」
魔法使いはベッドの上へラプンツェルを押し倒し、確かめるようにその身体へ手のひらを滑らせます。耳元や首筋へ舌を這わせながら、魔法使いは低い声で囁きました。
「……お前、最近やけに獲物が少ないようだが、何かあったか?」
「別に……。ただ人が通らないだけだよ……」
「本当か? まさか、仕留めそこねて逃がしたりしてないだろうな」
「してないよ」
「なら良いが……そろそろぐちゃぐちゃになったお前が恋しい。明日は頑張るんだぞ」
「……うん」
魔法使いは喉の奥で笑うとラプンツェルに馬乗りになり、すっかりこれからの情交に夢中になっています。王子は今だとばかりに衝立から飛び出し、魔法使いへ斬り掛かりました。
魔法使いは咄嗟に躱そうとしたものの間に合わず、剣はぐっすりと脇腹を貫いています。血反吐を吐きながらも状況を理解したらしく、魔法使いは苦しそうに眉を寄せつつ、口角を上げて王子を見据えました。
「……っ、なるほどな……。どうりで、男の臭いがした訳だ……」
「私欲にまみれた魔法使いめ! 朱理を酷い目に合わせたことを詫びながら死ぬが良い!」
雄々しく叫んで、王子は貫いていた剣を外側へ薙ぐように力を込めました。魔法使いは激しく喀血して膝を折りましたが、それでも目だけは王子をとらえて離しません。
「……くくっ……後悔するのは貴様だ……。朱理をここから連れ出しても……お前の望む幸福など得られないと、なぜ分からない……」
「なんだと? どういう意味だ!」
「そいつは……赤ん坊の頃から俺が育ててきた……。思考、価値観、感性……全てを把握してる……。お前のような凡人が、手に負える相手じゃないんだよ……」
「ふざけるな! 朱理はこんな生活など望んでいない! 純粋で清廉な人だぞ! 歪めているのはお前だ!」
「ハハッ……まったく……おめでたい奴だぜ……。これだから平和ボケした連中は嫌いだよ……。そいつには特別な素質があった……。ラプンツェルは、生まれながらの魔性なんだよ……」
「彼が生まれつき化け物だと!? そんなはず無いだろう! 俺を惑わせようとしても無駄だ!」
「お前……聞いたんだろ……こいつが今まで何をしてきたか……。それでもまだ愛すと言うのか……? とんだお人好しか、救いようのない馬鹿だな……」
「すべてお前が無理矢理やらせていたことだ! 俺は貴様から朱理を解放する! そして必ず、誰よりも幸せにしてみせる!」
「……無理矢理、か……。本当にそう思うか……? こんな所に何年も閉じ込められて、しかたなく人を殺していたのなら……とっくに自分で飛び降りているとは思わないのか……?」
「……っ」
「くくっ……だから言ってるだろうが……。お前にあいつは背負えないよ……」
「……ッ黙れ! 黙れ!! 戯言はもう聞きたくないッ!!」
激昂した王子が剣を握る力を強めようとした時、するりとベッドから降りたラプンツェルが、王子と入れ替わるように柄を握りました。魔法使いの口からごぼごぼと溢れる血が、ラプンツェルの白い肌や長い髪を赤く染めていきます。
ラプンツェルは無表情なような、うっすら微笑んでいるような表情で魔法使いを見下ろし、頬へそっと手を添えました。魔法使いも穏やかな瞳でラプンツェルを見つめ、その手に頬を寄せて微笑いました。
「もう良いのか……?」
「……分からないけど、多分、良いんだと思う」
「もう苦しくないか……?」
「今までだって、苦しくはなかった。ただ、貴方が居なくなるのは、少し寂しい気がする」
「……そうか……それなら安心だ……」
間近で見ている王子の入る隙も無いほど、排他的な空気が2人を包んでいました。まるで、そこだけ時の進みが違うかのように、ゆっくり立ち上がった2人は絡み合い、踊るように窓辺へ近づいて行きます。そして、窓枠を背に月明かりを受ける魔法使いの顔は影となり、王子からは見えなくなりました。
やがて穏やかなラプンツェルの声と、同じく満ち足りたような魔法使いの短いやり取りが静寂に響きました。
「さよなら、陸奥」
「またな……俺の可愛い小鳥さん……」
魔法使いが言い終わると、ラプンツェルはそっと彼の身体を窓の外へ押しました。ぐらりと仰向けに倒れていきながら魔法使いが呟いた言葉は、ラプンツェルにだけ聞こえるものでした。
「これでやっと、俺たちの悲願が叶う……」
しばらく呆然と窓辺に立っていたラプンツェルの肩を、王子が優しく抱いて労わるように声をかけました。
「大丈夫?」
「うん」
「じゃあ、行こうか」
そうして2人は無事に塔から脱出し、王子の城へ辿り着くことができたのです。
◇
やがて王子とラプンツェルの盛大な結婚式が行われ、穏やかで満ち足りた生活を送る日々が続きました。
しかし、王子は知りません。時折、ラプンツェルが誰もいない所へ微笑みかけていることや、呟くように何かを口走っていることを。
〝俺の可愛い小鳥さん。これでようやく、俺はお前とひとつになれた〟
「ふふっ……そうだね、陸奥」
終
「俺の可愛い小鳥さん、こっちへおいで」
魔法使いはベッドの上へラプンツェルを押し倒し、確かめるようにその身体へ手のひらを滑らせます。耳元や首筋へ舌を這わせながら、魔法使いは低い声で囁きました。
「……お前、最近やけに獲物が少ないようだが、何かあったか?」
「別に……。ただ人が通らないだけだよ……」
「本当か? まさか、仕留めそこねて逃がしたりしてないだろうな」
「してないよ」
「なら良いが……そろそろぐちゃぐちゃになったお前が恋しい。明日は頑張るんだぞ」
「……うん」
魔法使いは喉の奥で笑うとラプンツェルに馬乗りになり、すっかりこれからの情交に夢中になっています。王子は今だとばかりに衝立から飛び出し、魔法使いへ斬り掛かりました。
魔法使いは咄嗟に躱そうとしたものの間に合わず、剣はぐっすりと脇腹を貫いています。血反吐を吐きながらも状況を理解したらしく、魔法使いは苦しそうに眉を寄せつつ、口角を上げて王子を見据えました。
「……っ、なるほどな……。どうりで、男の臭いがした訳だ……」
「私欲にまみれた魔法使いめ! 朱理を酷い目に合わせたことを詫びながら死ぬが良い!」
雄々しく叫んで、王子は貫いていた剣を外側へ薙ぐように力を込めました。魔法使いは激しく喀血して膝を折りましたが、それでも目だけは王子をとらえて離しません。
「……くくっ……後悔するのは貴様だ……。朱理をここから連れ出しても……お前の望む幸福など得られないと、なぜ分からない……」
「なんだと? どういう意味だ!」
「そいつは……赤ん坊の頃から俺が育ててきた……。思考、価値観、感性……全てを把握してる……。お前のような凡人が、手に負える相手じゃないんだよ……」
「ふざけるな! 朱理はこんな生活など望んでいない! 純粋で清廉な人だぞ! 歪めているのはお前だ!」
「ハハッ……まったく……おめでたい奴だぜ……。これだから平和ボケした連中は嫌いだよ……。そいつには特別な素質があった……。ラプンツェルは、生まれながらの魔性なんだよ……」
「彼が生まれつき化け物だと!? そんなはず無いだろう! 俺を惑わせようとしても無駄だ!」
「お前……聞いたんだろ……こいつが今まで何をしてきたか……。それでもまだ愛すと言うのか……? とんだお人好しか、救いようのない馬鹿だな……」
「すべてお前が無理矢理やらせていたことだ! 俺は貴様から朱理を解放する! そして必ず、誰よりも幸せにしてみせる!」
「……無理矢理、か……。本当にそう思うか……? こんな所に何年も閉じ込められて、しかたなく人を殺していたのなら……とっくに自分で飛び降りているとは思わないのか……?」
「……っ」
「くくっ……だから言ってるだろうが……。お前にあいつは背負えないよ……」
「……ッ黙れ! 黙れ!! 戯言はもう聞きたくないッ!!」
激昂した王子が剣を握る力を強めようとした時、するりとベッドから降りたラプンツェルが、王子と入れ替わるように柄を握りました。魔法使いの口からごぼごぼと溢れる血が、ラプンツェルの白い肌や長い髪を赤く染めていきます。
ラプンツェルは無表情なような、うっすら微笑んでいるような表情で魔法使いを見下ろし、頬へそっと手を添えました。魔法使いも穏やかな瞳でラプンツェルを見つめ、その手に頬を寄せて微笑いました。
「もう良いのか……?」
「……分からないけど、多分、良いんだと思う」
「もう苦しくないか……?」
「今までだって、苦しくはなかった。ただ、貴方が居なくなるのは、少し寂しい気がする」
「……そうか……それなら安心だ……」
間近で見ている王子の入る隙も無いほど、排他的な空気が2人を包んでいました。まるで、そこだけ時の進みが違うかのように、ゆっくり立ち上がった2人は絡み合い、踊るように窓辺へ近づいて行きます。そして、窓枠を背に月明かりを受ける魔法使いの顔は影となり、王子からは見えなくなりました。
やがて穏やかなラプンツェルの声と、同じく満ち足りたような魔法使いの短いやり取りが静寂に響きました。
「さよなら、陸奥」
「またな……俺の可愛い小鳥さん……」
魔法使いが言い終わると、ラプンツェルはそっと彼の身体を窓の外へ押しました。ぐらりと仰向けに倒れていきながら魔法使いが呟いた言葉は、ラプンツェルにだけ聞こえるものでした。
「これでやっと、俺たちの悲願が叶う……」
しばらく呆然と窓辺に立っていたラプンツェルの肩を、王子が優しく抱いて労わるように声をかけました。
「大丈夫?」
「うん」
「じゃあ、行こうか」
そうして2人は無事に塔から脱出し、王子の城へ辿り着くことができたのです。
◇
やがて王子とラプンツェルの盛大な結婚式が行われ、穏やかで満ち足りた生活を送る日々が続きました。
しかし、王子は知りません。時折、ラプンツェルが誰もいない所へ微笑みかけていることや、呟くように何かを口走っていることを。
〝俺の可愛い小鳥さん。これでようやく、俺はお前とひとつになれた〟
「ふふっ……そうだね、陸奥」
終
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