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番外編~日常小噺~
【犬猫談義】
しおりを挟むある日。控え所で雑談していた朱理が、ふとこんな問いを投げ掛けた。
「犬派か猫派かって話、したことあったっけ?」
「そういえば無いと思うなぁ。定番なのにねー」
不思議そうに答える一茶の隣から、荘紫が朱理を顎で差す。
「お前、ぜってぇ猫派だろ」
「おうよ、猫大好き。ただ、割とガチな猫アレルギーだけどな」
「まじかよ。お前、鳥目とか猫アレとか貧弱すぎねぇ?」
「五月蝿いな、どっちも努力じゃどうにもなんないだろ。飼ってりゃ克服出来ると思って頑張ったけど、肺胞に穴空いて断念したんだからな。気胸一歩手前だったんだからな」
「お前……何もそこまでしなくても……。気胸までいってたら即手術だぞ。怖ぇことしてんなよ」
「何がどうなったら、そんなことになるの?」
事の重大さを最もよく解っている荘紫がドン引きする横で、棕櫚も苦笑しながら問う。
「いやさぁ、俺も具体的に何が駄目なのか分かんねーんだよなぁ。まず毛に当たると痒くなって、蕁麻疹みたいなの出る。ずっと同じ空間に居ると気管支炎になる。んで、咳と痰がどんどん酷くなって、毎朝、自分の痰で窒息するのが目覚まし代わりになると肺辺りがくっそ痛くなって、しまいにゃ穴が空くって寸法よ」
またもや朱理のトンデモ話が飛び出し、一同は驚くやら引くやらで、何とも言えずに顔を見合わせた。
「で、その猫はどうしたんだ」
ソファでタブレットを弄っていた冠次が声を上げた。
「泣く泣く猫好きの友達に引き取ってもらった。今でも写真見て愛でてるぞ」
「見せろ」
はいはい、と端末を取り出して写真を見せると、滅多に仏頂面を崩さない冠次が薄く笑った。
「ははぁ。冠次も相当、猫好きなんだな。どうよ、うちの子。美人だろ」
「だな。ロシアンブルーか?」
「片親はそうだったんだろうけど、その子は雑種だよ。里親募集されてた子を貰ったの。最初は痩せててノミだらけで大変だったわ」
懐かしいなぁ、と思い出にひたる朱理に、棕櫚は煙草を咥えながら笑う。
「朱理って見かけによらず、花とか動物好きだよねー。前に俺が預かってたダックスと添い寝してるの見たとき、絵になり過ぎてて思わず写真撮ったもん」
「棕櫚にだけは、見かけがどうとか言われたくない。てか、あのダックスめちゃくちゃ可愛かったよなぁ。確か、お姉さんが飼ってるんだっけ?」
「そうそう。海外行くからって、勝手に置いてったんだよねー。あの子、家族以外には全然懐かないのに、朱理にはすぐ寄ってったからびっくりしたよー」
「嗚呼、あの胴長か……。散々、吠えられて噛まれかけた思い出しかねーよ。狂犬病なんじゃねぇの?」
引き攣った笑みで言う鶴城に、一茶が朗らかに答える。
「鶴城って、ことごとく動物とか子どもに嫌われるよねぇ。やっぱり人の本性に敏感だからかな?」
「お前ね、さらっと厭なこと言うんじゃないよ。いくら俺でも傷付くんだぜ」
「……あにぃって、思ったことそのまま口に出すとこあるけど、結構キツいよな……。心に刺さる……。鶴城のメンタル、ヘラクレスかよ……」
「分かる……。なに言われるか、いつもビクビクする……」
穏やかな笑みを崩さぬ一茶を、朱理と棕櫚は背筋に冷たいものを感じながら見やるのだった。
「あー、そうだ棕櫚ぉ」
「はぇッ!?」
そんなタイミングで一茶から名指しされ、棕櫚はひっくり返った声を上げる。
「さっき撮ったって言ってた写真、グループに送ってよ。俺も朱理とワンちゃんの添い寝見たい」
「分かりました、すぐ送ります!」
「ありがとー。って、なんで敬語なの?」
「ノリだよ、あにぃ。気にしないで」
棕櫚の光速操作でグループへ送信された写真に、皆から歓声が上がる。
「わぁー、朱理様めっちゃ天使ぃ! 美しいー!」
「棕櫚、写真の撮り方すげぇ上手いな。逆光が雰囲気出してるし、プロが撮ったみてぇ」
「朱理の腕の中で寝てんのって、ホントにあの犬か? 俺に吠えついてたのと別のやつじゃねーの」
「そんなわけないでしょ、同じだよ。家族の俺でさえ抱っこして寝たことなんて無いから、ホント驚いたなぁ」
棕櫚がのほほんと話していると、それまでじっと写真を見ていた一茶が怪訝そうに首を傾げた。
「あれー? ここ、棕櫚の部屋だよね。なんでそこで朱理が寝てるの? しかも棕櫚の襦袢着て。どういうこと?」
「嗚呼、着物に毛がつくと悪いから貸したんだよ。ちょっと席外したら寝ちゃってて、温かかったからかなぁ」
「ふうん……長襦袢じゃなくて、半襦袢を?」
「えっ……!? いや、だって……それしかなくて……」
すっと細められた一茶の目に身を竦ませる棕櫚の横で、荘紫が写真をピンチアウトしながらニヤけている。
「うーわ、まじだ。しかも半襦袢なのに体格差あり過ぎて、彼シャツみたいになってんぞ。太腿えっろ」
「棕櫚もなかなか、善人ヅラしてちゃっかりしてるよな」
「や……ちょ、ちょっと待ってよ! ちがっ……そんなつもりじゃ……あの、ほんと違うから!」
まさかそんな突っ込みと刺すような視線に襲われるとは思っていなかった棕櫚は、動揺のあまりしどろもどろになっている。
当の朱理はというと、煙草を吹かしつつにやにやと見物している。
「これ、もう陸奥さんも見てるだろ。既読、全員分ついてっからな」
「お、早速、伊まりがコメントしたぞ。〝惚気けんな。保存した〟だってよ。あーあ。やばいんじゃねぇの、棕櫚」
「うぁあ……どうしよぉ……。送信取消したらセーフかな……」
「いや余計に駄目だろ。つーか、俺ももう保存したし」
「だ、だって……一茶が送れって言うからぁ……」
「えー? まさか、あんな写真だとは思わないじゃない。俺のせいじゃないよー」
そんなぁ、と情けない声を上げる棕櫚を眺めて愉快そうな朱理に、香づきが溜め息混じりに問うた。
「ほっといて良いの? 可哀想じゃない?」
「あんなナリして、あたふたしてんのがツボでさぁ。可愛いったらねーわ。まじ目の保養」
「朱理様って、たまにドS発揮するよねぇ。でも、陸奥さんに潰されたら見れなくなっちゃうよ?」
「大丈夫、大丈夫。陸奥はこんなことでキレたりしないから。あ、てか香づきは犬派? 猫派?」
「断然、犬派。因みに景虎も犬って言ってたよぉ」
「へえ、やっぱそういう話するもんなんだ?」
「んー……まぁ、何か話題提供しないと、会話が続かないからねぇ……」
「お、おお……。景、口下手だもんな……」
うっかり香づきの表情に影を差してしまったことに、朱理はやぶ蛇だったと後悔する。上手たちに詰められて半泣きな棕櫚も、いい加減、救ってやらねばな、と朱理は声を張った。
「なーあー、結局みんな犬派なの? 猫派なの?」
「嗚呼、そういやぁそんな話だったな。俺は犬」
「俺も犬だな、どっちかって言うと」
「荘紫と鶴城は犬か。棕櫚も犬だろ、飼ってんだし」
「いや、犬好きなのは姉さんで、俺は猫のほうが好きだよ」
「あ、そうなの? 意外ー。棕櫚って犬っぽいのになぁ」
「ええ……? それ、関係あるのかな……」
首を捻る棕櫚をスルーし、最後に残った一茶へ問う。
「あにぃは?」
「俺も猫派だよー。気分で甘えてくる感じがたまんない」
「へえ、棕櫚もあにぃも犬っぽいけど猫派か。面白い。あ、この流れなら、グループで聞けば居ない奴のも聞けるな」
割と今更なことを思いついた朱理は、早速、質問を投げ掛けた。
結果は、鶴城、荘紫、香づき、景虎、伊まり、つゆ李、けい菲、東雲が犬派。
和泉、朱理、陸奥、冠次、棕櫚、一茶が猫派と、犬派が多数だった。
「あ、折角だから黒蔓さんとオーナーにも聞いとこ」
と、端末を弄る朱理に、鶴城が苦笑を漏らす。
「前から思ってたけど、お前って上司との距離めちゃくちゃ近いよな。普通、そんな雑談メッセージなんて気安く送れねぇよ」
「なんで? 別に仕事中でもあるまいし、これくらい聞けるっしょ」
「無理に決まってんだろ、怖ぇわ。特に遣手な。業務連絡さえ緊張する。てか、厭」
「あー、それ分かるぅ。しなきゃいけない連絡でも、なるべくしたくないもん」
荘紫と香づきが同調していると、朱理の端末が振動する。
「お、2人から返事きた。黒蔓さんが猫で、オーナーは犬だって。やっぱ犬好きのほうが多かったなー。ん? 飼わねぇぞ、って……いや、そうじゃなくて……」
ぶつぶつ言いながら返信を打つ朱理は、どうやらそのまま黒蔓とのやり取りを始めたらしく、会話に戻る気は無いようだ。その場の全員が、「友達かよ」と突っ込みたくなるのを我慢する。
そんな控え所の昼下がりであった。
終
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