万華の咲く郷 ~番外編集~

四葩

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【鶴城⠀拓真】

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 万華郷、上手かみてナンバーツーの鶴城つるぎ 拓真たくまは見た目は王子、中身は腹黒で博愛主義のドS男だ。ぱっと目を引く華やかな美形で、客のエスコートもスマートにこなす。噂では、とこもかなりのテクニシャンだという。

「ちょっと待て、腹黒ドSってなに!? 誰情報!? なんでそんな話が広まってんだよ、誓約書の意味よ!」
「あくまで噂だっつーの、うるせぇなぁ。評判が命なんだから、良い話なら広まれーくらいに思えねぇの?」
「これのどこが良い話なんだよ! ほとんど悪口じゃねぇか!」

 午前11時。控え所に鶴城の非難がましい声が響き渡る。鬱陶しそうに答えるのは朱理しゅりだ。

「大体、床があーだこーだ言われんのは、下手しもての俺らのが圧倒的に多いんだぜ? たかが噂で騒ぐって、思春期かよ」
「そーそー。女の子って話盛るし、男よりえぐい猥談するしで、虚実入り乱れるもんだよぉ」
「まじかよ……最悪……」

 けらけらと笑い合う朱理と香づきに、鶴城はげっそりする。

「はっ! まさかお前らも、俺らの突き出しを……」
「お前のは知らないし、興味もない。大体、ひかるさんがそんな話すると思うか?」
「まぁ、それもそうか……。てか、興味ないって言い切られると、それはそれで傷付くぜ……」
「めんどくせー。鶴城って変に女々しいとこあるよな。どうにかしろよ、うぜぇから」
「朱理よぉ……日に日に当たりキツくなってくの何なの、まじで。怒らせるようなことしたなら、いっそはっきり言ってくれよ」
「あーもー! だから! 俺になんかってんじゃなくて、ひか──」
「あっ、朱理! そこゴキブリいる!」

 苛ついた朱理がうっかり東雲しののめの名を出しかけた時、すかさず棕櫚しゅろが阻止に入る。

「えっ!? どこ!? ゴキどこ!?」
「あ、あれー? 影と見間違えちゃったみたい。ごめんね、びっくりさせて」
「うあー……まじでびびったぁ……」

 反射的に飛び付いてきた朱理の背を撫でる棕櫚は、人助けすると良いことあるな、とひっそり思っていた。
 納得のいかない鶴城はターゲットを変え、鼻の下を伸ばしている棕櫚へ詰め寄る。

「おい、お前さっき明らかに遮ったよな。何か知ってんだろ」
「えっ……!? い、いやぁ、俺はなにも……」

 咄嗟の誤魔化しが苦手な棕櫚は、目を泳がせて言葉を濁す。朱理はちらっと鶴城を見た後、棕櫚の首に腕を回してしがみついた。

「棕櫚ぉ……俺、腰抜けた」
「はえっ!? ほんとに!? だ、大丈夫?」
「大丈夫じゃない。立てないから部屋まで運んで」
「部屋で良いの? お医者さん呼ぶ?」
「いーから、はやく」
「う、うん」

 素直に従って立ち上がろうとした棕櫚を、鶴城が強めに押し戻す。

「俺が運んでやるよ」

 低く、怒気を孕んだ鶴城の声音に、朱理は強く当たりすぎたなと苦く思った。

「……いい、棕櫚に頼む」
「俺も上がろうと思ってたとこだ、遠慮するなよ」
「いいって、まじで」
「つ、鶴城、落ち着いて? 朱理もこう言ってるし、俺が運ぶから……」
「棕櫚は黙ってろ」

 どんどん悪くなっていく空気に、香づきは冷や汗を浮かべながら荘紫そうしに囁く。

「ね、ちょっとぉ……あれヤバくない?」
「おお……。鶴城が珍しくガチだな……」
「そう思うんなら何とかしてよぉ」
「いや無理だろ……。マジな時の鶴城、くそ怖ぇもん……」

 あっちこっちで押し問答が繰り広げられる中、朱理は覚悟を決めて立ち上がった。

「あー、うだうだ言ってる間に治ったわ。じゃ、部屋戻るな」
「おい、待てよ朱理!」
「っだよ! ついてくんな!」

 足早に控え所を出た朱理だったが、今日の鶴城はどうやら引く気が無いらしい。
 背後からついてくる無言の圧を感じながら、朱理は自室へ辿り着くと急いで襖を開け、閉めようとした。が、それは叶わなかった。素早く鶴城の腕が襖を押し止め、間近で険しい顔と対面する羽目になってしまった。

「……もう、しつこいな。なんだよ」
「なんだはこっちの台詞だ。ここんとこ、随分、馬鹿にしてくれたよな? この際、きっちり話そうぜ」
「……話すことなんてねぇよ。怒らせたんなら謝るから、腕どけろ」
「誤魔化すな。お前、さっき何か言いかけてたろうが」
「あ、れは……」

 口が滑った、とは言えない。必然的に東雲の気持ちを話すことになるからだ。他人の恋心を、勝手に伝える訳にはいかない。
 朱理が日々、苛立ちを募らせているのは、まったく余計なお節介なのだ。東雲の辛そうな顔を見るたび、やるせなくなり、毛ほども気付かず呑気な鶴城に腹が立つ。そうしてつい、鶴城に辛く当たってしまうのだ。鶴城をここまで怒らせるつもりはなかったが、朱理の自業自得だった。
 黙り込む朱理に痺れを切らした鶴城は強引に部屋へ押し入り、朱理をベッドへ突き飛ばした。

「っ……何すんだよ、てめぇ」
「文明的に解決しようと思ったが、無理そうだからな。俺もいい加減、我慢の限界なんだわ」

 薄く笑う鶴城の顔には、はっきり加虐心が表れており、ぞわりと鳥肌が立った。しかし、朱理もそんな相手は初めてではない。片方の口角を上げると、鶴城を鋭くめ付ける。

「俺を脅そうってか? 馬鹿が。何されたって思い通りにはならねぇぞ」
「そうか。そりゃ楽しみが増えて、俺的にはラッキーだ」

 鶴城は朱理へ馬乗りになり、華奢な腕を片手でひとまとめに押さえ付けた。

「前から抱いてみたいと思ってたんだ。良い声で鳴くのを、散々、聞かされてきたからな」
「だったら充分だろ。妄想で満足してろよ、くそ野郎」
「それこそガキじゃないんだから、妄想で足りるワケないだろ。お前も別に良いよな? 金さえ貰えりゃ、同僚にまで好き放題させてたんだから」

 流石にカチンときたが、ぐっと堪える。

「なら、てめぇも払え。言っとくが、揚代あげだい程度じゃ済まねぇからな」
「今は自由時間だぜ。誰と何しようが見世には関係ない。ここにはカメラも無いからな。今から俺たちがすることは、誰にも知られねぇよ」

 その言葉に、朱理はふとあることを思い出し、声を上げて笑った。

「それはどうだろうな? 前に陸奥むつが寝込み襲ってきたことがあったけど、遣手にはバレてたぜ」

 鶴城は一瞬、ぎくりと嫌な顔をしたが、すぐに不敵な笑みを戻した。

「嘘だな。でなきゃたまたま隣に居ただけだろ」
「今も居るかもしれねぇぞ」
「いや、それは無い。さっき玄関出てくの見た」

 朱理は内心、やれやれと思った。悪いことが起きる時には、とことん悪いことばかりが重なるものだ。

「そろそろ覚悟できたか? ま、できてなくても良いけど。ゲロっちまうなら今しかねぇぞ」
「死んでも言わねぇ」
「……そうかよ。強情はそそるだけだって思い知れ」

 ゆっくり鶴城の顔が近付いてくる。反射的に顔を逸らせると、ふっ、と笑う吐息が頬を掠めて鳥肌が立った。二度と煜さんの目が見れなくなるな、と朱理はぼんやり思った。

「風呂ではお前からしてきたくせに、俺からするのは駄目なのか? それって不公平だよな」

 ぐっ、と顎を捕まれ、強引に正面を向かされる。何年も前のお巫山戯ふざけを根に持ちやがって、と腹の中で毒づいた。
 次の瞬間には唇が重ねられ、舌が押し入ろうと蠢いて、朱理の気分を更に萎えさせた。さら、と落ちてくる鶴城の髪からは、状況にそぐわぬ爽やかな香りがする。
 何のつもりか知らないが、こうなってしまってはいくら抵抗しても無駄だろう。朱理は諦めて身体の力を抜き、ぼんやり天井の木の節や照明を眺めて思考を放棄した。

「……せめて目くらい閉じろよ。マナーの基本だぜ」
「てめぇに礼儀正しくする義理は無い」

 すっかり感情の抜け落ちた朱理の顔を見つめていた鶴城は、やがて深く嘆息しながらうなだれた。

「……お前、ほんと可愛くねぇな……。ここまでして折れなかったの、お前が初めてだわ」
「何度もこんなことしてんのかよ、クズだな」

 鶴城は一瞬、眉間を暗くして押し黙った後、嘲笑めいた息を吐いた。

「……クズで結構、上等だ。そんなもん、学生時代から散々、言われてきたからな」
「はぁ? 何やらかしたらそうなるワケ?」

 怪訝な顔で見上げてくる朱理を見下ろして、鶴城は大学の頃を思い出していた。

 昔から、相手に困ったことはない。女は勿論、男にも。この顔と建前さえあれば、人間関係はスムーズに築ける。だが、それも高校までの話だった。
 大学1年の時、何番目だったかに付き合ったのが、地雷女だったのだ。異常なほどの嫉妬と束縛、依存性に耐えられず、逃げるように別れを告げた。そこからケチが付いたのだと鶴城は思っている。
 その後、何故か寄ってくるのは地雷ばかりになった。外見は清楚で可愛らしく、魅力的なため、そうだと気付けないのが余計にタチが悪かった。鶴城がモテ過ぎることも、地雷を更に煽った一因だった。
 ちょっとしたことで激昂して暴言を吐き、物を壊し、泣き喚く。自傷行為を見せ付ける者、ひと晩中インターフォンや携帯を鳴らし続ける者、刃物を振り回す者などなど。散々、痛い目を見た結果、3年に上がる頃には慣れと諦めによる開き直りで、すっかり擦れ者になっていた。
 そんな経験から、なるべく清楚系の男女には関わらないよう、無意識に避ける癖が付いたのだ。鶴城が東雲に興味を持たないのは、そんな癖の所為だった。

「なんて顔してんだよ、お前。今の状況、分かってる?」

 朱理の声で我に返った鶴城は、困惑の色を浮かべる瞳と目が合った。急にばつの悪さが込み上げる。
 自分から仕掛けたことだが、本気で最後までするつもりは無かった。少し脅して聞き出せば良いと考えていたが、相手を舐め過ぎていたようだ。息がかかるほど近くで顔を付き合わせている状況に、鶴城もどう始末を付ければ良いのか分からなくなっていた。
 しばらくそうして固まっていると、朱理の冷たい指先が頬へ触れた。落ちた髪を耳へ掛けられながら、妖しい笑みで問われる。

「で、どうすんの? ごーかんプレイ続行?」
「……辞めとく。なんか、すげぇ後悔しそうだし……。てか、もうしてるし……」
「あっそ。じゃ、退いてくれる? 風呂行くから」

 すごすごとベッドから降り、しょぼくれる鶴城の肩を通りすがりにぽんと叩く。

「何があったか知らねぇけど、あんま昔のことばっか気にすんなよ。お前よりクズな奴なんて、山ほど居るんだからな」
「……有難う……」

 颯爽と出ていくその背に、鶴城の言葉が届いたかは定かではない。

 翌日。廊下で黒蔓くろづるとすれ違いざま──

「次、あいつに指一本でも触れてみろ。去勢してやるからな」

──と低く囁かれ、鶴城の心胆を寒からしめた。

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