万華の咲く郷

四葩

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第八章

第百夜 【閑話・其ノ参】

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『左右に関する問題提議』

 とある日、午後12時過ぎ。
 大玄関の上框あがりかまちには小間物屋がひしめき合い、娼妓しょうぎらがいつもの様に入用いりようの物を購入していた。
 化粧品売りの前では伊まり、香づき、けい菲が、あれやこれやと物色している。

「その化粧水と乳液、ひとつずつ貰うわ」
「俺もこの化粧水とパックちょうだーい。あ、保湿クリームもー」
「毎度、有難うございます」
「んー? そのリップ、新作?」
「はい。先日入荷したばかりです。保湿性が高く、寝る前のリップパックとしてもお使い頂けますよ」
「ええねぇ、もらおかなぁ」
「なにそれ、俺も買うわ。寝とる時ってめっちゃ唇乾燥するんよな。あ、日焼け止めも欲しい」
白粉おしろいもひとつお願い、UV入ってるやつ」
此方こちらですね。有難う御座います」

 一方、菓子売りの前では鶴城つるぎが大量の菓子を買い付けていた。

「あー、これとこれ……あ、それも1個。ぶどう味のやつね」
「有難う御座います」
「鶴城、ロリポップなんて珍しい物買ってるねぇ。好きだっけ?」
「いや、これは……ちょっとな……」
「客にでもやるんじゃねぇの。本当マメだよなー、お前」
「あ、ああ……」

 一茶いっさ荘紫そうしに苦笑で答える鶴城の隣では、陸奥むつが煙草屋に注文の声を掛けている。横から棕櫚しゅろも便乗して身を乗り出す。

「パーラメント、3カートン」
「俺もアメスピのペリック、2カートン下さい」
「毎度どうも。朱理しゅり様は未だ予備はございますか」
「んー、どうだっけな……。忘れたから一応、2カートン買っとくよ」
「一応でその量おかしくね? 湿気しけるぞ。あ、俺も1カートン。ラキストね」
「いーんだよ。どうせ湿気る前に無くなるから。たまに黒蔓くろづるさんが間違えて持ってったりするし」
「あー、そういや2人とも同じの吸ってたっけ」

 朱理が荘紫とそんな事を話していると、陸奥から呼び声がかかった。

「朱理ー、お前の可愛い子が熱い視線くれてるぞ」
「はあ?」
「……っ、お、おはよう、ございます……!」
「あー、花屋さん! おはよー。道中の時は無理言ってごめんねー」
「い、いえっ、とんでもない……! お役に立てて良かったです……」
「若いってのは良いねぇ、初々ういういしい事で」
「いちいち絡むんじゃないよ、陸奥」
「あ、あの……これ……」
「嗚呼、いつも有難う。そんなに気ぃ遣わなくて良いって言ってるのに」
「いえ……余り物ですし……。芸が無くてすみません……」
「そんな事ないよ、凄く嬉しい」
「来るたびに薔薇1本が、もう恒例だな」
「あー、いつもお前の部屋に花あるのって、こういう事だったのね。昇進祝いが活躍してくれて、俺も嬉しいよ」
「そうそう。花屋さんのお陰で部屋が彩られるわー」

 陸奥と棕櫚に挟まれつつ、いつもの花屋に赤薔薇を貰って笑う朱理。
 わいわいと賑わう大玄関は至って平和な日常風景であった。
 その瞬間までは──

「好きですッ!!!! 俺とお付き合いして下さいッッッ!!!!!!!!!!」
「は?」

 突如として響き渡った盛大な告白と呆ける黒蔓に、その場の全員がぽかんと口を開けて固まった。

「……そいつは一体、なんの悪巫山戯わるふざけだ?」
「おッ、俺は真剣です! 以前からずっと、貴方の事をおしたい申し上げておりましたッ!!!!」

 黒蔓を真っ直ぐ見つめているのは、いつも来ている小間物屋の1人だ。年の頃は太夫らと同じ30代ほどで、実直そうな青年である。
 その唐突さと真剣さに気圧けおされた黒蔓は、眉をひそめたまま呆然と突っ立っていた。

「ぶふぁッ!!!!」
「おい朱理ッ! 笑うなって!! 俺らも必死で堪えてんだぞ……っ!!!!」
「ぷ……く、くく……ッ! だ、だってアレ……黒蔓さんの顔ッ……!! っダメだ……! ツボったッ!!!!」
「ゃ、辞めて……っ! 我慢できなくなる……ッ!」
「ウケるわー。命知らず過ぎるだろ、あの商人。て言うか、あんなのの何処が良いのかねぇ」
「命知らずは貴方だ、陸奥さん……」
「えっとぉ……取り敢えず、皆さんはお帰りになった方が良いんじゃないかなぁ。なんだかややこしい事になりそうだし……」
「え、ええ……そうですね……」
「それでは、私共はこれで失礼致します……」

 気を利かせた一茶の言葉に、他の小間物屋達は空気を読んで、そそくさと退散して行った。
 必死で吹き出すのを堪える娼妓らを他所よそに、熱烈な告白は続いている。

「お願いしますッ! 今お付き合いしている方が居ないなら、俺の恋人になって下さいッ!!!!」
「……あー、付き合ってるヤツ居るから無理だわ」
「なっ……!? い、一体、どなたと……!?」
「…………」

 食い下がる青年を見下ろしながら、黒蔓は溜息をきたくなるのを必死で我慢していた。

「(ゔあぁ──面倒臭ぇ──! なんで俺なんだよ! 他にもっと居るだろ! くそ……誰か適当な奴でもでっち上げるか……。しかし、こんな時に限って網代あじろ辰巳たつみと出てるし……どうするかな……)」

 と、其処そこへ事情を知らない東雲しののめが都合良く通り掛かる。黒蔓は躊躇ためらう事なく、東雲の腕を掴んで引き寄せた。

此奴こいつと付き合ってる」
「!!!!!!!!????????」

 青ざめて口をぱくぱくさせている東雲を目で威圧し、黒蔓は青年に向かって見せ付ける様にその肩を抱き寄せ、身体を密着させる。

「そ、そんな……っ」
「悪いが諦めてくれ」
「…………ッ、貴方が左側だったなんて……あんまりだぁあ!!!! うわぁあああ────!!!!!!!!」

 涙ながらに絶叫しながら、青年は大玄関を飛び出して行った。
 後に残された黒蔓と硬直したままの東雲に、娼妓らは一斉に堪えていた物を噴出した。

「ぶわははははッッッ!!!!!!!!」
「ひ……左って……ッ!! あははははは!!!!!!!!」
「ヒィ──腹痛ぇ!!!! 初めて聞いたわ、そんな捨て台詞!!!!」
五月蝿うるせぇぞお前ら! こっちは笑い事じゃねぇんだよ!」
「番頭……災難だったね…………ぷっ……くくく……っ」
「鶴城太夫ッ! ねぎらうか笑うか、何方どちらかにして頂きたいッ!!」
「ハハハッ! けど、あの商人もちょっと考えりゃ、嘘だって分かりそうなモンだけどなぁ。どっちも元下手しもてなのにさぁ」
「ふふっ、だからこその〝左ショック〟なんじゃないのぉ? あの2人じゃ、どう見ても遣手が攻めにしか見えないしぃ」
「そうだなぁ。元下手だからって、一生、下で居続けなきゃならんワケでもないし。ヤりたい相手がヤる側になっちまってたら、流石に食い下がれないわなぁ」

 にやにやと荘紫へ答える香づきに、陸奥が同調する。

「ぶっ……くくくっ……!! ゃめ……もー辞めてっ! 息できねぇ……ッ!!!!」
「朱理、後で覚えとけよ」
「ぅへぇッ!!?? なんで俺!? みんな笑ってんじゃん!!!!」
「お前に笑われるのが1番腹立つ」
「ええ!? なんでぇ!!??」
「これは朱理が悪い。鈍い朱理が悪い」
「棕櫚まで! 何なんだよぉー!」
「なんか知らんが、どんまい!」
「うっせぇ鶴城! お前は番頭にお仕置きされて来い!」
「ははは、平和だなー」

 なんだかんだありつつ、やはり本日もおおむね通常運転の万華郷なのであった。
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