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第八章
第九十九夜 【閑話・其ノ弐】
しおりを挟む『下手娼妓的下着事情』
とある日。
1階の階段下に渡会、玖珂、吉良が何やら高揚した面持ちで屯していた。皆、ひそひそと小声で遣り取りしつつ、落ち着かない様子である。
そこへひょっこり鶴城、棕櫚、陸奥が通り掛かった。
「なにしてんのお前たち、そんな所で」
「お疲れー」
「お疲れさん」
「げっ……」
「お、お疲れ様です!」
「……お疲れ様です……」
渡会達は鶴城らを見ると、分かり易くぎくりと身体を強ばらせた。
「吉良? お前、今あきらかに『げっ』って言ったよね?」
「えっ!? い、いやいや! 言ってないっすよぉ!」
「何の悪巧みしてんのー? お兄ちゃんにも教えてよ。ねぇ、玖珂ちゃん?」
「ぃ……いえ、その…………」
「何でも無いです! ほんと! たまたま居ただけです!」
「そ、そうそう! まじ偶然っす! ハハハ……!」
分かりやすく挙動不審になる新造らを、じとりと見遣る鶴城と棕櫚。
すると、至って朗らかに陸奥が声を上げた。
「お前ら、狙うなら上がる時より降りる時だぞー。みんな打掛、引き摺ってるからなぁ」
「ああ! 確かにそうですね!」
「うわー! そこ盲点だったぁ! 反射的に上がる時が狙い目って脳が判断し、て……」
「…………」
余りにも自然に発せられた助言に答えてしまった渡会らは数秒後、一様にさっと顔色を悪くして口を噤む。
「悪い子の渡会君、どういう事か説明してくれるか?」
「……鶴城さん……あの……いや、ちょっとした出来心と言うか、男の性と言うか…………すみません……」
「出来心? え、まじで何しようとしてたの?」
首を傾げる棕櫚に、しどろもどろながら玖珂が答えた。
「……そ、その……下手の方々は下着を履いていないと言う噂を聞いたので、真偽を確認しようと……」
「はあ? じゃあお前達は、下手の下着を覗こうとして階段下に張り付いてたって事か?」
「……はい」
「あはは! 流石、発想が若いねぇ」
「全く……仮にも万華郷の上手ともあろう男どもが、揃ってなに馬鹿な事してるんだ。下世話にも程があるぞ」
「「「すみません……」」」
鶴城のひと睨みにより、すっかり縮こまってしまった新造達。
と、何かに気付いた棕櫚が陸奥を見遣る。
「ってかさっきの台詞、陸奥さん最初から気付いてたんですか?」
「ああ、まぁそんな事だろうなと」
「凄いですね。状況見ただけで其処まで判断出来るとは」
「ははは。いやぁ、俺も昔、蝶二さん達と覗こうとした事あったからさー。懐かしい姿だなと思ってなぁ」
「あんたもか!!!! ったく……あの人達はどこまでも恥ずかしい真似を……ッ!!」
「堂々と言うの辞めて下さいよ、陸奥さん……。鶴城の示しがつかなくなるじゃないですか……」
あっけらかんと言い放った陸奥に、頭を抱える鶴城と苦笑する棕櫚。
「でも結局、待てど暮らせど誰も通らなくてさぁ。ずっと気になってたんだよなー。花魁は履いてないもんなんだろ? やっぱ下手もそれに倣ってんのかねぇ」
「ちょ、辞めて下さいって! またこの子らが興味持っちゃうじゃないですか!」
「まぁまぁ鶴城、陸奥さんはともかく、新造は大目に見てあげようよー。まだ若いんだし、お年頃だし」
「俺はともかくってなんだ」
棕櫚の執り成しに、鶴城は諦めた様に嘆息した。
「はぁ……全く、仕方無いな。1回だけ目を瞑ってやる。但し、絶対にバレるなよ」
「まじですか!!??」
「やったぁ!!!! 全力で挑むぞ、玖珂!!」
「あ、ああ……!」
やれやれと額に手を遣る鶴城とは対照的に、許可の降りた新造らは先程よりも更に息巻いて、階段に熱視線を送り始めた。
傍から見れば全くもって間抜けな絵面であるが、新造達は本日1番の盛り上がりを見せている。
勿論、陸奥と棕櫚もちゃっかりその輪に加わっている事は言うまでも無く、鶴城も横目でちらちらと気にしている辺り、やはり男の性であるらしい。
暫くして2階の下り口から足音が聞こえ、一同は俄に騒つく。
「誰か下りて来るぞ……!」
「足音が軽いな……間違い無く下手だぜ」
「うはぁ……なんか緊張してきた……」
「誰でしょうね……」
「誰でも良いけど、和泉だと後が怖いな……」
「色んな意味でスリリングですね……」
「あ、つま先が見えた! みんな静かにっ!」
棕櫚の言葉に皆が息を殺しつつ固唾を呑んで見守る中、すらりと白い爪先が軽やかに下りて来る。
足首からふくらはぎと、徐々に近付く獲物に期待と鼓動が最高潮に達しようとしたその時、突如、一同の視界が何者かによって遮られた。
「ああっ!!!!」
「うわっ!!!!」
「え、なに!!??」
「ちょ、邪魔だ! 退け!!」
口々に非難の声を上げて遮蔽者の正体を見上げた上手らは次の瞬間、鋭い殺気を孕んだ隻眼に射抜かれて血の気をなくした。
「ほーお、誰が邪魔だって?」
「ゔぁ゙……」
「ヒィッ……!!」
「げ……」
「あー……死んだな、俺ら……」
「もぉー、なんて事してくれてんですか黒蔓さん! あとちょっとだったのにぃ!」
青ざめる鶴城らとむくれる陸奥を仁王立ちで見下ろす黒蔓は、紫煙を吐いて深く嘆息した。
「またお前か、陸奥。本当に懲りない奴だな。鶴城も棕櫚も、良い歳して何やってんだ」
「いやいやいやッ!! 俺は止めたんですよ!!??」
「おまっ……裏切るなよ鶴城! 一緒に見てたろ!!」
「はいはい。お前ら全員、折檻決定なー」
「「「えぇ────っっっ!!!!」」」
「「「────…………」」」
太夫らの絶叫が大玄関の外まで響き渡り、新造達の声にならない絶望がその場を満たした時、やおら2階から下りて来た人物から声が上がる。
「盛り上がってんなー。なんの祭りだ?」
のほほんと間延びした声の正体は朱理だ。再び階段下は悲哀の叫びに包まれる。
「お前だったのかよ!! ちくしょう! 惜しい事したぁ!!!!」
「あー……つらい……。今日もうなんもやる気起きない、まじで……」
「棕櫚さんに激しく同感です……」
「うあぁー!! 超見たかったぁー!!!!」
「くっ……俺も見たかった……ッ!」
「鶴城さん、本音が漏れてますよ」
「え、なに? なにごと?」
板間に両手をついて嘆く上手達に、朱理は全く状況が掴めず、眉を顰めている。愕然とする鶴城らを鼻であしらい、黒蔓は朱理に流し目を寄越しながら嗤った。
「ふん。此奴ら、下手の下着事情が気になって仕方無かったんだとさ」
「はあ? なんだそれ、中学生かよ」
「男は幾つになってもハートは少年なんだよ! 週刊少年ジャ●プなんだよ!」
「確かにそうだけど……その言い方すげぇ恥ずかしいから辞めて、陸奥さん……」
事情を把握した朱理は階段の手摺りに肘を突き、煙草に火を点けながら呆れ顔で上手らを見下ろす。
「まぁ新造らの気持ちは分からん事も無いけど、太夫のお前らはどうなの? 特に陸奥、お前だよ」
「はっ!? なんで俺だけ名指し!!??」
「だってお前、俺のタマ裏まで見てんじゃねぇか。下着なんて、今更も良いとこだろーが」
そのひと言に上手達の思考は一瞬停止し、数秒後、地を震わせる号哭が響き渡った。
「ゔあ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙────っっっっ!!!!!!!!!!!」
「言葉選びぃぃ!!!!!!!! デリカシィィイイイ!!!!!!!!」
「黒蔓さんん!!!! この子教育し直してぇえ!!!!!!!!」
「うお……なんだお前ら、怖」
上手達の哀しい雄叫びを華麗に無視して、黒蔓は朱理の背を突く。
「ほら、馬鹿どもは放っといてメシ食いに行くぞ」
「ああ、うん。なんか今日は卵かけご飯の気分だわ」
「お前それ、わざと言ってる?」
「なにが?」
「……なんでもない」
未だ何やら喚きながら這い蹲っている鶴城らを置いて、朱理と黒蔓は何事も無かったかの様に歩き去って行く。
そうして吉原随一の高級大見世、万華郷の階段下には、男の細やかな夢と希望を打ち砕かれた上手達の、無残な姿だけが残ったのであった。
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