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第八章
第九十八夜 【閑話・其ノ壱】
しおりを挟む『世代的価値観の相違』
とある日の16時半過ぎ。黒蔓が控え所の前を通り掛かると、中から娼妓の歓談する声が聞こえて来た。
「うっそ、何それ。ほんとかよ棕櫚。俺、そんなの知らねーぞ」
「ホントなんだよ! ねぇ、鶴城」
「まじまじ。俺、リアルタイムで見てたもん」
「ほえー、そうだったのかぁ」
「(賑やかだと思ったら朱理が居るのか。珈琲いれがてら、ちょっと顔見ていくかな……)」
黒蔓が珍しくそんな気を起こして進めようとした歩みは、朱理の言葉によって遮られた。
「2歳しか変わんないと思ってたけど、意外とあるんだな、ジェネレーションギャップって」
「小さい頃の記憶なんて特に顕著だよな。大人になったら、たかが2歳と思うけどさ」
「朱理でこれじゃ、俺、もう新造と話すの怖くなっちゃうよー」
「だって俺がポ●モンゲットしてた頃に、お前らが……小6? 中1?」
「微妙なところだけど多分、小6だね」
「俺もやってたよ。初期に絶対、フ●ギダネ選ぶのが拘りだった」
「朱理らしいねー。俺ゼ●ガメ」
「俺はヒト●ゲだったな」
「「あー、ヒト●ゲ、鶴城っぽいわー」」
「え、何なの? その非難がましい目……」
「(ポケ●ンて……。やった事すら無いし……)」←当時、既に大学で卒論に追われていた人。
「そう言えば、陸奥がバスケ好きなのってス●ダンの影響らしいよ。あんな顔してミーハーだよな」
「あんな顔って……あの人にも青春時代はあったでしょうが。俺もその気持ち、ちょっと分かるし」
「あれは男なら絶対、見たよねー。俺もめちゃくちゃハマったもん。朱理は苦手だったの?」
「だから世代じゃねぇって。うっすら主題歌くらいしか覚えてないよ」
「嘘だろまじか! いやでも、あれは世代を超える名作だろ! ドラゴ●ボールみたいなもんだろ!」
「ぜんぜん違うと思う。因みに、ド●ゴンボールも初期放送なんて産まれてすらないからな。ブー辺りから朧げにしか知らないからな」
「俺らも初期は知らないけど、見返したりするじゃん。それって単に興味無かっただけじゃないの?」
「まぁ否定はしないけど。その代わり、ワ●ピで何回泣いたか覚えてないぜ」
「あれはまじ泣ける。何回読んでも泣ける」
「(……)」←ドラゴンボ●ル初期放送から世代だった人。
「あとハ●ハン、めっちゃハマった」
「あれ? 幽白は?」
「だからぁ、もー、何度も言わせんなっての」
「ええっ!? それも!?」
「俺、当時5才そこそこだぞ。見ても分かんねぇよ。終盤あたりぼんやり見た気がする程度」
「5才かぁ……。それ聞くとやっぱ子供の頃の年の差ってでかいよなぁ」
「たかが2歳、されど2歳かー……馬鹿にできん。まぁ、話のネタとしては面白いっちゃ面白いけどね」
「あはは、だねー」
良い感じに落ちがついて笑い合う朱理達は知らない。部屋の外で黒蔓が〝たかが2歳差だろ、こちとら12歳差だぞ〟とずんやりしていることを。
『世代的価値観の同調と感覚的相違』
内所で書類仕事に勤しんでいた網代は突如、がらりと開いた出入り口の襖に顔を上げた。
「……ちょっと良いか」
「黒蔓? 構わんが……どうした? 血相変えて。何かトラブルか?」
無言で文机の対面に座し、煙草に火を点けた黒蔓は苦々しく紫煙を吐く。
「お前、ド●ゴンボール見てた?」
「え? ま、まぁ見てたが……(なんで突然ドラゴンボー●……? しかも物凄く鬼気迫ってるし……)」
「初期から?」
「一応……。子どもの頃、流行ってたしな」
「ス●ダンは?」
「おー、懐かしいな。コミックス全巻持ってたよ」
「幽白は?」
「あれ面白かったよなぁ。その次のヤツはよく知らないが」
「はー……」
深く嘆息しながら頭を抱える黒蔓の精神状態がまったく掴めない網代は、苦笑しつつ問う。
「な、なぁ……一体どうしたんだ? お前がアニメの話するなんて驚いたよ」
「ポケ●ンてやってた? つかやってる?」
「(完全無視!?)……いやぁ……その頃は卒研で忙しくて、ゲームどころじゃなかったからな。大体、子ども向けだろ? 興味も無いし、今更やらないよ」
「だよなー……」
咥えた煙草を上下に揺らしながら遠い目をする黒蔓。未だかつて見たことのない姿に、網代は内心、激しく動揺していた。
「(なに? どうしたんだこいつ……なにごと? 病気? それとも俺、夢でも見てるのか?)」
「お前、ワ●ピで泣ける?」
「(まだ続くのかよ……)昔は読んでたけど、途中で読まなくなったな。まぁ、最初の頃にうるっと来た事はあったけど」
「まじか!?」
「ぅおっ……突然大声出すなよ、吃驚するから……」
「お前泣けんの? あれで!?」
「む、昔はな……。泣くってほど大袈裟なもんじゃないさ……。もう、なに? どうしたのお前、怖いよ……」
突然、身を乗り出して食い付いてきた黒蔓の情緒に理解が追い付かず、1周回って恐怖を感じ始めている。そんな網代にはお構いなしで、黒蔓はまだ何やらぶつぶつ言い続けていた。
「あー、駄目だわ、ぜんっぜん分かんねぇわ。なんなの? 草むらだか道端から飛び出してくるバケモノゲットして何が楽しいの? みんな海賊王になりてぇの? いやー、まじで分かんねー。何処に泣く要素があんの、アレ。出てくる敵倒して次行っての繰り返しだろ? もうドラゴンボ●ルじゃねーか。クリ●ン何回死ぬんだいい加減にしろ」
「怖い怖い怖い!! ちょっと落ち着け、黒蔓! 個人の好みだから! 分からなくても、そこまで悩む必要ないだろ。何を意固地になってるんだ?」
「意固地じゃない、これは死活問題だ。ひと回りも違う相手との価値観の相違が如何に大きいかってことを、俺はついさっき厭というほど思い知ったんだからな」
「(あー……朱理絡みか。道理でおかしくなるワケだ……)」
ようやく、黒蔓の取り乱し様の原因を理解した網代は、必死で笑顔を作って宥めにかかる。
「そんなに気にしなくても、あいつなら大丈夫だろう。年の割に妙に達観してる所あるし、歳上とも歳下とも上手くやってるじゃないか」
「そういう問題じゃない。あいつ、ド●ゴンボールも幽白もス●ダンも知らないんだぞ? 俺らが必死で卒論やら卒研と格闘してた時に、彼奴はバケモンマスター目指してたんだぞ? 想像してみろ、ゾッとするから」
「……うおぉ……改めて言われると確かにゾッとした……」
「だろ? ただでさえ今の太夫らと10も違うのに、新造に至っては論外だわ。もう未知の領域、未確認生物」
「今まであまり意識したことは無かったが、新造とは20歳も違うのかぁ。子どもでもおかしくないよなぁ」
「あー、やってらんねー。そりゃ老けたわ、話題にもついてけねーわ。あいつらの使う言葉、意味分かんねぇのばっかりだし」
「ああ、あるなぁ……。朱理に〝じわる〟って言われたことあるけど、未だに意味不明。雰囲気で誤魔化したよ……」
「まだ良いわ。唐突に〝えもい〟とか〝大草原不可避〟とか言われてみろ、雰囲気でどうにもなんねぇからな。かと思えば、あっという間に使わなくなるし」
「流行り廃りが激動だもんなぁ、言葉って……。今夜、飲み行くか……」
「奢れよ」
こうして時折、慰め合いつつ、四十路超えの苦悩の日々は続いて行くのであった。
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