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第八章
第九十四夜 【昼下がりの心中立て】
しおりを挟む「よぉ、久し振り」
14時。揚屋の座敷で盃を傾けていた蘆名が片手を上げる。
朱理は隣へ座しつつ笑って答えた。
「ご無沙汰。元気そうだね」
「まぁな。お前も顔色良くて安心したわ。最近、またごたついてたろ」
「もう落ち着いたよ。真面に話すの、どれくらい振りだろう」
「2、3ヶ月くらいか? 葬儀の時に見かけたのが随分、久しかったし」
「来てたの? 気付かなかった」
「だろうな。卯田さんと稲本の野郎も来てたぜ」
「楼主だもんな、そりゃ来るか。参列者見る余裕なかったから、誰が来てたとか全然知らないわ」
「屋城に張り付かれてたもんな。つくづく、お前は怖ぇ遣手に好かれるから吃驚するわ」
「ははっ。やっぱり大聖はあの人も苦手なんだなぁ」
「別に苦手ってわけじゃねぇよ、大して関わりもねぇし。けど、あの男があそこまで憔悴するとはな。ちょっと意外だった」
「……そうだね。まあ、屋城さんも人の子だったってことさ」
「ふん。参列者は喪服のお前が美人だったと、後から大騒ぎしてたぜ。ったく、人の葬儀でなに考えてんだか。色惚けじじい共め」
「あはは。喪服美人とはよく聞くけど、俺らの場合、ただの黒い着物なのになぁ」
ぷかりと紫煙を吐きながら微笑った朱理に、蘆名は眉を顰める。
「……大変だったな、友達があんな目に合っちまって。かける言葉もねぇよ」
「有難う。でも、もう大丈夫だよ。ちゃんと受け入れてるから」
「そうか……。それにしても、本当にお前の周りは色々起こるよな。見てて肝が冷えるぜ」
「そうだねぇ。怒濤のトラブル続きだなーと我ながら思ってる。流石に疲れるわ」
「今日はゆっくりしろよ。俺の時は休憩だと思えば良い」
「相変わらず優しいねぇ。どうせなら夜見世に来てくれりゃ良いのに。やっぱ忙しいの?」
「……いや……そうじゃねぇけど……」
珍しく歯切れの悪い蘆名に顔を向けると、困ったような気不味いような、複雑な表情を浮かべていた。
「なに、その表情」
「べ、別に……なんでもねぇよ……ッ」
「はー? あからさまに何かあるような顔して、よくそんなことが言えるな」
「五月蝿ぇな! もともとこんな顔だわ!」
やれやれ、と朱理は嘆息しつつ紫煙を吐いた。脇息に肘を付きながら、じとりと蘆名を見遣る。
「で? なんなの」
「だから、なんでもねぇって……」
「いいから早く言え。俺が短気なの知ってるよな?」
「ぅぐ……ッ」
冷たい声音と吊り上がった双眸で嗤いかけられ、蘆名は冷や汗を滲ませて俯き、もごもごと呟いた。
「……ッから……お前を休ませてぇから……敢えて昼を選んでんだよ……っ」
「それはさっき聞いた。どうせ休ませてくれるんなら、最後の時間にしようとか思わない? 昼の2時間より夜の方が長く休めるだろ、普通に考えて」
「だからッ……そんなにてめぇと居たら、休ませるどころか襲いかねないっつってんだよッ! 言わせんな馬鹿!」
「──……っ」
真っ赤になって捲し立てる蘆名に、呆気に取られる朱理。数秒の間の後、座敷に朱理のけたたましい笑い声が響いた。
「あはははっ! まさかそんな青い理由だったとは、予想の斜め上過ぎたわ! ひー、笑いすぎて腹痛ぇー」
「笑うなッ! あー、くそ……だから言うの厭だったんだよ、みっともねぇ……」
腹を抱えてひと頻り笑った後、目尻の涙を指で拭いながら蘆名に撓垂れ掛かる。
「ほんともー、くそ可愛い。久し振りに会うくせに随分おとなしいと思ったら、そういう魂胆だったのね」
「魂胆ってお前……もう少し言い方ってモンがあるだろうがよ。人の好意と我慢を笑い飛ばしやがって、ちくしょう……」
「んー? 誰がそんなことしてくれって言った? 馬鹿だねぇ。我慢されるより毎日でも通い詰めて、朝までお前に独占されてたいんだぜ……」
真っ赤になっている耳元へ口を寄せて囁くと、蘆名の身体が熱を孕むのが分かった。
「……っ、煽るなよ……。今だってぎりぎりなんだ……」
「だって事実だし。信じないだろうけど、お前と添い寝がしてみたいと思うくらいには離れ難いのさ」
「ふん……また王道な都々逸だな」
ごろりと膝へ仰向けになりながら、朱理は蘆名の頬へ手を添える。
「三千世界の鴉を殺し、ぬしと添い寝がしてみたい……か。ねぇ大聖、心中とかしてみる?」
「良いぜ、お前となら」
「即答かよ」
「当然だろ」
ふふ、と朱理は微笑った。
「……そんなに愛してるなら、いっそ殺してくれよ」
「心中じゃなかったのか」
「お前の手で終わらせて欲しいのさ」
「厭だね」
「えー、なんで? さっき即答で良いって言ったくせにー」
「心中はな。お前を殺して俺だけ生きるなんて、絶対に御免だね。生きてお前と幸せになるのが1番だからな」
嗚呼、真っ当な男だ、と朱理は思った。揺らぐことなく見下ろしてくる瞳には、迷いも曇りも無い。過ぎるほどの一途さは、何処となく陸奥に似ている気がしたが、やはり目の奥に宿る光が決定的に違うのだ。
それで良いのだと思う。蘆名にはそのまま、何も変わらず生き抜いて欲しい。この吉原で生まれ育ち、強く真っ直ぐに己の道を行く、穢れなき高邁な精神は尊敬に値する。
「……本当に良い男だよ、お前は」
「なんだよ、突然」
「頭良くて、イケメンで、金持ちで、性格良いとか狡くね? どっか欠落してないとバランス取れねぇくらい完璧だわ」
「あるだろ、欠落してる所」
「はー? どこ?」
「お前に惚れ抜いてる」
朱理は一瞬、目を見開き、ふっと眉根を寄せて微笑った。
「……嗚呼、そいつぁどうしようもない欠陥だ」
「責任取れよな」
「だから殺せっつってんだろ。俺の最期の男になれるんだ。一生、独占できるぜ?」
「厭だっての。俺が求めてんのは、そういうことじゃねぇ。前から思ってたが、お前のそれはただの死にたがりだ」
「……五月蝿ぇよ……」
朱理はそれきり黙り、蘆名の膝に頭を預けたまま紫煙を吐く。気紛れに煙管を蘆名の口元へ運ぶと、素直に吹かしておいて苦々しく顔を顰めるのはいつものことだ。
「お前の煙草、メンソがキツくて喉が痛ぇ。よくずっと吸ってられんな」
「俺はメンソじゃなきゃ駄目なの。逆にレギュラー吸ってる方が信じらんねーわ」
「吸ってりゃ慣れんじゃねぇの」
「慣れなくて結構。つか、大聖っていつからパーラメントなの?」
「……まぁ……何年か前からだな……」
「ふぅん。前はなんだった?」
「赤マル」
「あー、ぽいぽい」
「お前は? 最初からそれだったワケじゃねぇんだろ」
「最初はマルメン。そっから色々試して、二十歳くらいん時にパラメンに落ち着いたな」
「嗚呼、なるほど」
「ってことは、俺らの煙草遍歴ってメンソかどうか抜きにしたら同じだな。マルボロからパーラメント」
「そうだな」
「もしかしてパーラメントにしたのって、俺がそうだからだったりして。なんつって……」
「…………」
何気なく発したひと言で、またしても赤面して黙り込んだ蘆名に、朱理も再び呆気に取られる。
「え? 嘘だろ、まじで?」
「あー、もう! なんでそういうとこ妙に敏いんだよ! 今日こんなんばっかじゃねぇか、俺……」
「うは……煙草の銘柄揃えるって、乙女かよ……。なんか俺まで恥ずかしくなってきたわ……」
「辞めろ辞めろ! 煙草なんて何処のも同じだ! 吸えりゃ良いんだよ、吸えりゃ!」
「照れ隠しが雑だよ、お前……。更に事故ってるし」
「五月蝿ぇな! 犯すぞ!」
「お? やれるモンならやってみろよ」
「この……ッ、擽りの刑だ!」
「あははっ! ぜんぜん擽ったくねーんだよ、ばーか。お返しだ!」
「ぃっ!? アハハハ! くすぐってぇってッ! やめっ……しぬっ! しぬ──ッ!」
「やめてやんないよー」
そうして、昼下がりの揚屋には、2人の無邪気で楽しげな笑い声が響くのだった。
◇
後日談。
「なぁ、陸奥っていつからパーラメントだっけ?」
「もう随分前だよ。大学の頃くらいだったかな」
「あー……じゃあ違うか」
「なに、もしかして朱理がパラメンだからだって思った?」
「ちょっとな。この前そういう話になったからさ」
「ははっ、いくら愛してても、流石にそこまで子どもじみたことはしないなぁ」
「やっぱそうだよなー」
「まぁでも、自然と同じ銘柄ってほうが、なんか運命感じない?」
「ない。ただの偶然。何の意味も感じねぇ」
「相変わらずバッサリ言うよねー。ちょっと寂しいぜ」
「じゃあお前、遣手にも運命感じるってのか? あの人もパラメンだぞ」
「へー! そんなことってあるんだぁ! すっごい偶然だね!」
「だろ」
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