万華の咲く郷

四葩

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第八章

第九十三夜 【前代未聞の文明開化】

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 午前11時。執務室には珍しい面子めんつが集められていた。
 陸奥むつ鶴城つるぎ棕櫚しゅろ和泉いずみ朱理しゅり上下かみしも太夫全員が居並ぶ眼前のソファには、黒蔓くろづるが脚を組んで煙草を吹かしている。

「……あの、この状況は一体……? 何かトラブルですか?」

 恐る恐る口火を切った鶴城をじろりと睨み、黒蔓は紫煙を吐きながら面倒そうに言った。

「お前ら、相良さがら大臣は知ってるな」
「え、ええ、そりゃまぁ。政界の重鎮じゅうちんですし……」
「和泉の顧客だろ。何かあったのか?」
「俺は何も聞いてませんが」
「朱理ー、立ったまま寝るなー」
「ふぁッ!?」
「え、寝てたの? 器用だね、お前……」
「……おきてる、おきてる……。相模原がどうしたって……?」
「八割方寝てんじゃねぇか。相良大臣だよ」

 嘆息する和泉を横目に、黒蔓は話を続けた。

「今月末、大臣主催で宴席を設ける事になった。名だたる政界人を伴う為、セキュリティと機密性の観点から揚屋あげやではなく、この見世で行いたいと頼み込まれた訳だ。それに当たり、座敷には太夫格の娼妓しょうぎ5人をげたいと言ってきた」

 黒蔓の説明に、一同はぎょっとする。確認する様に鶴城が身を乗り出した。

上手かみても全員ですか!? 下手しもてのみでは無く?」
「そうだ。太夫を全員揚げて威光を示しつつ、豪華な接待で先方の気を引く事が、大臣の目的だ」
「面倒くせぇなぁ……。奈央なおだけで充分、華やぐだろ。後は適当に新造でも付ければ良くね?」
「それじゃ駄目なんだと。意地でも〝太夫を揃って並ばせる事〟にこだわってるんだよ。そもそも和泉だけじゃ、ただの嫁自慢だろ。他の議員が面白くも何ともない」
「妙な言い回しは辞めて下さい、不快です」
「何処が妙だ。擬似夫婦なんだから言葉通りだろうが、自覚しろ」
「やれやれ、また厄介な事を思い付くもんだ。俺ら全員揚げりゃ、人数分の新造も付くし、相当な散財だろうに。見栄張りも大変だねぇ」
「しかし、この件については此方こちらに全く利が無い訳でもない」

 黒蔓の言葉に皆が首を傾げる中、陸奥が皮肉めいた声を上げた。

「……なるほど。相良大臣は租税回避側の親玉だ。大方、ド派手な宴席でBEPSベップス寄りの議員を更に取り込んで、念を押そうって腹積もりか」
「ま、そんな所だろうよ」
「はぁ……その話、未だ続いてたの? まじ面倒くせー」
「念押しと言う事は、ほぼ阻止の方向で固まっていると考えて良いだろう。相良大臣が動いているなら心配無い」
「そうだな。そういう理由わけなら、突飛な要求を見世が呑むのも理解出来る」

 面倒そうな朱理と冷静な和泉、したり顔の陸奥と黒蔓の中で、鶴城と棕櫚はいまいち話が見えずに困惑している。
 そんな2人を取り残して、黒蔓はさくさくと話を進めて行く。

「鶴城、棕櫚、和泉には直属の新造を。陸奥には吉良きら、朱理には妹尾せおを付ける。良いな?」
「了解です」
「あーい」
「宴席では其々それぞれに芸をさせるから、ちゃんと準備しとけよ」
「えー!? やだ! 輪をかけて面倒くさい!」
「子どもみたいな駄々を捏ねるな。お前らを引き立てる演出の一環いっかんだ。朱理はうた、和泉はそれに合わせて舞を披露しろ」
「承知しました」
「あ、奈央が舞うの? なら良いや。久し振りに見れるの楽しみー」
「お前は呑気で良いな。念の為に合わせるから、後で付き合えよ」
「りょーかい」
「鶴城と棕櫚は二人演武、陸奥は一人演武で貫禄を見せ付けてやれ」
「分かりました」
「あーあ、俺の時も朱理が唄ってくれないかなぁ」

 つまらなそうに声を上げる陸奥に、黒蔓は呆れながら答える。

「お前のは舞じゃないんだから無理だろ」
「演武向きの雄々しい曲も出来るでしょ、朱理なら」
「そりゃまぁ、出来無くはないけどさ。別に良いじゃん、独壇場だぜ。めろめろにしてやれよ、傾城けいせい
「厭だよ。おっさんめろめろにしてどうするの」
「男惚れって意味では間違ってねーな。やってやれよ、傾城」
「本当あんたら、時も場所も選ばなくなって来たよね。腹立つわぁ」

 息ぴったりに畳み掛けてくる朱理と黒蔓に、陸奥は顔をしかめた。

「厭だ厭だ。男の嫉妬はみっともねぇぞ、陸奥」
「怖い怖い。傾城ともあろう者が余裕無いねぇ、陸奥」
「爆発しろ」
「え、なにごと?」
「怖」

 毒づく陸奥をけらけらと笑う黒蔓らに、他の3人はクエスチョンマークを頭上に浮かべつつ、何ともゆるい打ち合わせは終了したのだった。

 皆で階段を上りながら、朱理は盛大に溜息をく。

「はぁーあ……まじ面倒くせーわぁ。相良大臣が連れてくんだから、相当な大物ばっかだろ? 俺、政治家って苦手なんだよなー」
「こればっかりは仕方無いだろ。お前も腹くくって愛想振れよ」
「けど、俺ら上手ってやる事知れてるよねー。女性相手ならともかくさ。俺も政治家受け良いとは思えないし」
「棕櫚は見た目がなぁ……。陸奥さんくらいになれば、逆に顧客増えそうですけどね」
「どうだかな。むしろ、見知った顔ばっかでつまんなそうだわ」
「流石はコンサルタント兼アナリスト。そもそも、相良大臣は陸奥さんの顧客でもあるでしょう」
「陸奥に限っては二重指名許可されてるもんなー。揚代あげだいも俺らより高いし」

 和泉と朱理の言う様に、この特殊な見世の中でも陸奥は更に別格の太夫である。
 その膨大な知識量と的確な判断力、機転力により、国中の議員や資産家、経営者が助言を請いに来るのだ。
 最早、仕事の大半がコンサルタント業に限りなく近い為、揚代も他の太夫は30分につき15万の所を、陸奥は15分で15万とかなり高額に設定されている。
 そして客は他の太夫を指名していても、陸奥と床入とこいりは行わないと言う条件で二重指名が許可されるのである。
 正に娼妓の域を超越した、逸材中の逸材と言う訳だ。

「別に狙ってやってる訳じゃないんだぜ。成り行きよ、成り行き」
「くぁー! 成り行きでこんな化物が出来上がったとか有り得ねー! 受精ん時、ビックバンレベルの超常現象でも起こったんじゃねぇの?」
「ある意味、遺伝子学的セカンドインパクトと言えるかもねー。人間業の域を凌駕してるもの」
「大袈裟だなぁ棕櫚は。だったら、朱理はサードインパクトの産物って事になるな。お前も充分、化物だよ」
「なんでだよ、意味分かんねー」

 顔をしかめて紫煙を吐く朱理に、棕櫚が嬉々として声をかけた。

「しかし、お前の唄は見世1番のお墨付きだからなぁ。久し振りに聞けるの楽しみー」
「和泉の舞も、今居る娼妓の中じゃトップクラスだ。2人のタッグが見られるんなら、今回の話も悪くないかもな」
「ったく……お前らも相当、能天気だな。俺らは良いとしても、新造の精神負荷が半端じゃないぞ」
「大丈夫じゃないのー。松雪まつゆきなんて散々、奈央の名代みょうだいしてるんだし、大物政治家なんて見慣れてるでしょ」
「うわぁ……玖珂くが、大丈夫かな……。あの子めちゃくちゃ真面目だから、ガチガチになりそう……」
渡会わたらいはなんとかなるとして、妹尾も緊張して固まりそうだなぁ」
「政治家ってああいう可愛い系の美人好きだし、イケるだろ。なんなら彼奴に顧客付くかも知れねーよ」
「確かに、妹尾は顔だけで全て許されそう。モロ相良さんの好みっぽい」
「あー、確かにぽいわぁ。和泉、指名変えされない様にしっかり捕まえときなよ」
「冗談。寧ろ変えてくれて結構だ」
「嘘だろおい、相良大臣だぞ。あんな大物手放すのは勿体ないって」
「流石にそりゃまずいぜ、奈央。遣手に怒られるよ。って言うか松雪が可哀想だわ」
「なら松雪には他の奴ら軒並みくれてやるわ」

 ふん、と鼻を鳴らす和泉に鶴城が苦笑を漏らす。

「相変わらず物欲が無いな、和泉は」
「欲が無いって言うより、議員相手にし過ぎて拒否反応が出てるんじゃないの……」
「ははっ、和泉はナイーブだなぁ。もてあそんで捨ててやるぐらいの気で居りゃ良いのに」
「まぁ相良大臣は別として、他の議員は和泉には手ぇ出せないだろ。大臣の手前」
「どうかねぇ……。色恋絡むと分かんないもんよ、案外。こっそり登楼しようと思えば出来るもんだから」
「辞めろ、お前ら。そんなの今話す事じゃないだろう。それよりきちんと準備しておけよ。特に朱理、いつもみたいに適当じゃ済まされないんだから、歌詞飛ばさない様に練習しとけ」
「分かってるって。あーあ、まじ面倒くさいな」
「俺らも何回か合わせとかないとな、棕櫚」
「だねー。二人演武は久し振りだから、トチんない様にしないとね」

 そうして前代未聞の座敷遊びが催される事となり、太夫らは其々それぞれ、来たる日の為の支度と心算しんさんを始めるのであった。

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