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第七章
第八十七夜 【禁じられた遊び】
しおりを挟む朱理は足元の暗さに普段の倍以上の時間をかけつつ、黒蔓の自室へ辿り着いた。早速、百物語の提案と勧誘を始める。
蝋燭に照らされた文机で仕事に勤しんでいた黒蔓は、思い切り不機嫌そうに紫煙を吐いて朱理を振り返った。
「だから駄目だっつってんだろ。蝋燭の無駄だ。却下」
「えぇ──っ、なんでぇ!? 電気使わないし、皆が1箇所に居た方が安全じゃん!」
「殺人犯が彷徨く洋館みたいな理由付けんな。別に見世から出なきゃ、何処に居ようと問題ねぇよ」
「……あまりにも退屈すぎて、伊まり辺りが脱走するかもよ」
「玄関の見張りは増員してある。子鼠1匹だって出入りできゃしねぇよ」
にべも無く一蹴する黒蔓に対し、朱理は駄々っ子さながらに手をぱたぱたやりながら喚いた。
「も──!!!! なんでそんなに頑ななんだよ! 皆で怖い話するくらい、別に良いじゃん! 誰も困らないじゃん! ただのお遊びじゃん!」
「お前もしつこいな。困る困らないの問題じゃねーんだよ。駄目だと言ったら駄目だ」
「だったら何が問題だっつーの?」
「くだらねぇからだよ。そんな事に従業員を巻き込むんじゃねぇ。いくら臨時休業とは言え、やる事は山ほどあるんだ。見て分からねぇのか」
珍しく厳しい黒蔓の物言いに、朱理は納得出来ないながらも、それ以上の勧誘を諦めた。
「むぅ……。分かった、もーいい。だったら黒蔓さんは来なきゃ良いさ。俺らは勝手にやるから。じゃあね!」
「あーそーかい。折角、今夜はお前とゆっくり出来ると思ってこんな暗い中、1人で必死に仕事片付けてる俺を放ったらかして遊びに行くってのかー。へーえー、お前がそんな薄情者だったなんてなぁ。残念だなぁ」
「──……っ」
ぷいと部屋を出ようとした朱理は、黒蔓の言葉に完全に動きを封じられてしまった。
立ち竦んだまま、同僚らとの今しかできない遊びと、黒蔓との貴重な逢瀬との板挟みで鬩ぎ合う。
そんな朱理に追い討ちをかけるように、黒蔓は声高に畳み掛ける。
「もう直ぐ終わるのになー。労いの言葉も掛けて貰えずに独り寝しろってか。はー、寂しいねー」
「っ……べ、別に、夜通しやるとは言ってないでしょ!」
「百物語だぞ? 1話5分の計算で、8時間以上かかるって分かって言ってんのか? 3分にしても5時間だ。夜通しも同然じゃねーか。まぁ、それでもやりたいって言うなら止めねぇけどなー」
「ゔっ……。そう言えば、どれくらい時間かかるか計算してなかった……」
唸りながら暫し悩んだ朱理だったが、結局、遊びにしては予想以上に長丁場になりそうな上、黒蔓と過ごす時間を無下にする事など出来る訳がないのだった。
「……分かったよぉー。百物語は諦める……」
「よし、良い子だ。鳥目なんだから、あんまりうろちょろすんなよ。大人しく其処で待ってろ」
「はぁーい」
一方その頃、控え所では。
「……ああ、まぁそうだろうな。分かった。皆には俺から伝えておく。じゃ、お休み」
ふう、と息を吐いて和泉は耳に当てていた端末を置いた。横から棕櫚が様子を伺う。
「朱理から? 何だって?」
「やっぱり駄目だったとさ。ま、予想通りだけどな。皆に言わなくて正解だった」
「へぇ、意外。あの子が頼んで駄目だった事ってあったっけ?」
「遣手はこういう事には異常に厳しいんだよ。まるで新撰組の軍中法度だ」
「そうなの? 知らなかった。しかし、ちょっと残念だなー。こんなに皆で顔合わせる機会も少ないし、割と楽しみにしてたんだけどねぇ」
「そうだな。こんな非常事態、そうあるもんじゃないし、あってたまるかとも思うしな。ま、それぞれ好きに楽しめば良いだろ」
「だねー。朱理はもう休むって?」
「ああ。あの鳥目じゃ、往復もひと苦労なんだろ。変に動かれて怪我されても困るし」
「んー、そっか。あの子の事だから、折角の企画が駄目になって拗ねてそうだし、ちっと様子見に行こうかなぁ」
と、棕櫚が腰を上げかけた時、少し離れた場所で数人と酒を酌み交わしていた荘紫から声が掛かった。
「おーい、棕櫚ー! 麻雀やろうぜー。あと1人足りねぇんだわ」
「ええー? こんだけ居て足らないワケないでしょ」
「新造どもはルール知らねぇって言うし、景虎は香づきと部屋篭もってるだろ? んで鶴城は気分じゃねぇんだと」
「やれやれ……鶴城のやつ、まだ落ち込んでるのか……。分かった分かった、やるよー」
「うっし、揃ったな。つっても、結局いつもの面子だけど。冠次、牌とマット頼むわ」
「なんで毎回毎回、俺のなんだよ。取ってくんのだりぃ」
「だってお前のが1番モノ良いから打ち易いんだもんよ」
「わーったよ、ったく……面倒くせぇな」
「折角だから、新造の子たちにもルール教えてあげながら一緒にやろうよ」
「お、良いねそれ。玖珂ー、ちょっと皆連れてこっちおいでー」
「はーい!」
そんなこんなで残念ながら百物語は遂行ならずも、珍しく大人数で過ごす控え所は和やかな歓談の声で賑わったのだった。
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