万華の咲く郷

四葩

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第七章

第八十夜 【熱愛発覚中】

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 12時。執務室のソファに仲良く並んで腰掛けながら、タブレットを覗き込む朱理しゅり黒蔓くろづるの姿があった。

「でさぁ、さっさと買い換えようと思いながら、未だ買えてなくて。つか、ベッドなんて何処で買えば良いの? ニ●リ?」
「いや、駄目だろ。経費で落としてやるから、ちゃんとした専門店で買え」
「専門店ねぇ……。ああ、ホームページあった。うわー、結構いろいろあるな……どれが良いとか、全然分かんないんだけど」
「好みあるだろ。硬めが良いとか、低反発が良いとか」
「ちょい硬めでギシギシ言わないやつ。この際だからクイーンか……いっそキングにしようかな」
「あー、良いなそれ。俺もキングにしたくなってきた」
「てか、こんなのネットで見て買うモン? 直接見ないと駄目じゃないの?」
「まぁそうだな。次の休みにでも見に行くか」
「行く行く。なら枕ももう1個買わないとなー。そっちはネットで買えるし、先に注文しとこ」
「お前、やたら枕にこだわるよなぁ」
「昔から不眠症だわ、肩凝り酷いわ、頭痛持ちだわで、下手へたな枕じゃ寝れねーのよ。このメーカーが1番良いの。志紀しきさんも使ったら分かるって」
「何回か使ってるけど、そんなに違わなかったぞ」
「それはひとつを二人で分けてるからだよ。一人で使ったら全然違うから、ほんと。ダブル以上なら、あの枕ふたつ置けるじゃん?」
「はー? そんなに離れて寝るなら、キングなんて買わねー」
「くそ可愛いなオイ」

 もし絵にしたならハートがゲシュタルト崩壊するほど飛び回るであろう、仲睦まじい光景である。
 再び想いを通わせてから半月。二人は以前にも増して寄り添い合い、持てる時間の限りを尽くして共に過ごしている。
 朱理は陸奥むつに買われて以来、自室の寝具を使う事を避けている為、現在、もっぱら黒蔓の部屋で寝起きする毎日だ。

「まぁ、このまま志紀さんの部屋でも良いんだけどさぁ。鍵も掛かるし。ただ……どーしてもコーヒーメーカーが無いのが許せない!」
「あるだろ、バリスタ」
「あれじゃ駄目なんだって、何回も言ってんじゃん! 俺はエスプレッソ用の豆で濃くてたやつに、ミルクと蜂蜜たっぷり入れるのが好きなの」
「あんだけ大量に牛乳入れてちゃ、味もくそも無いだろ。もう珈琲風味の牛乳じゃねぇか」
「だからエスプレッソ用の使うんだよ。もういい加減、どっちかにしようぜ。ベッド買うか、コーヒーメーカー買うか」
「お前はどっちにしろ、ベッド買い換えるつもりだったんじゃねぇの?」
「んあ、そうだった」
「つーかお前、もうホット飲まなくなるだろ。夏はいつも珈琲牛乳のもととかいうやつ、箱買いしてるじゃねぇか」
「うわ、そうだった! 注文しとかなきゃ。はー……気付けばもうそんな時季かぁ」
「なんだかんだで、あっという間だったな、お前が太夫になってから」
「そうだねぇ……。色々あったけど、まぁ結果こうして一緒に居られるなら、どうでも良いけどさ」
「ああ、そうだな」

 思えば、この4ヶ月程で目まぐるしく状況は変化した。
 様々な事件が起こり、別れや出逢いを繰り返しながら、濃い歳月は過ぎて行った。きっとこれからもそうなのだろう。

「……とは言っても、やっぱり太夫になんてなりたくなかったなー。こんなに短期間で何度も離れる事になるとは、思いもしてなかった。得した事なんて、ひとつもねぇよ」
「陸奥の件はお前の格上げとは別問題だ。まぁ、間が悪かったとしか言えんな。それで、彼奴あいつはあれから大人しくしてんのか?」
「あー、うん。元に戻ったって感じ。そもそも何か無理強いしてくるヤツじゃなかったし。今考えると、彼奴も相当、切羽詰まってたんだろうなぁ」
「そうか。しかし、お前も相変わらず甘いよなぁ。手篭てごめにされた相手に仕方ないとは、恐れ入るわ」
「手篭めって……間違っちゃいないけど、時代劇みたいだな……。っていうかそれ、志紀さんにだけは言われたくないね。俺より先に手篭められてたくせに。いや、手篭められにいった、が正しいか」
五月蝿うるさいな。お前の言葉を借りりゃ、互いにそうするしか無かったって事だろ」
「はぁ……ほんと面倒くせぇ世界だなぁ、吉原ここは。貴方が居なきゃ、とっくに辞めてたわ」
「なんかその言い方だと、俺の所為みたいに聞こえて厭なんだが」
「所為って言うより、お陰だよ。どうせ俺には何の取り柄もねぇし、やりたい事も無かったからさ。志紀さんに拾われてなきゃ、今頃、引きニートだったわ」
「この仕事も、良いとは言いがたいがな。もっと違う道もあったと思うぞ、お前なら」
「はいはい。どうだって良いさ、そんな事。貴方に出逢えただけで、俺は幸せなんだから」
「俺も、産まれて初めて幸せだと思えた。それこそお前のお陰だよ」

 微笑み合いながら唇を重ねる。ようやく戻った幸福に二人共、身も心もすっかり浸っていた。
 それは大変喜ばしい事なのだが──

「(この人たち、俺が居るって事を忘れてるんじゃないだろうか……)」

 ソファ脇のデスクで仕事をしていた辰巳たつみは、身を縮こまらせながら嘆息していた。
 幸せ満喫中の二人はここ最近、執務室で鉢合わせると、決まってこんな調子なのだ。
 いくら他の娼妓が居ないとは言え、辰巳も立派な役職付きの関係者である。
 以前から只ならぬ関係である事くらい、見当は付いていたが、こうまであからさまにされても対処に困る。
 加えて執務室ここは一応、誰でも出入り可能な場所であり、いつ、誰が入って来てもおかしくないのだ。
 本人らより辰巳の方が余程、気を揉んでいる。
 そんな辰巳の心労など御構い無しに、朱理たちはまた、不毛な遣り取りを始めていた。

「で、話戻すけど、ベッドは休みに見に行くとして、コーヒーメーカーどうすんの? 夏でもホット飲みたい時だってあるぜ? 此処ここのエアコン、効きすぎて寒ぃし」
「お前のその冷え性、どうにかなんねぇのか? 夏場でも手足冷たいって、ちょっと異常だぞ」
「夏でも眼帯に手袋で、汗ひとつかかない人に言われたくない。こりゃもう治んないのよ。手足の抹消血管、先の方がぼろぼろに切れてて、血液行ってないんだってさ」
「不摂生してるからだろ。若いうちからそれじゃ、先が思いやられるわ」
「えー、良いじゃん。添い寝する時、冷たくて気持ち良いって評判なんだぜ。つか、また話逸れてるし」
「はいはい、コーヒーメーカーな。分かったって。なら、今置いてあるヤツどうすっかなぁ」
「それならひかしょに寄付してよ。彼処あそこにも欲しいと思ってたんだよねー」
「嗚呼、そうだな。そしたら俺も仕事の合間に飲めるし、丁度良い」
「やった! じゃあ俺、そろそろ風呂入って支度するね」
「もうそんな時間か、俺も行くわ。お疲れ、辰巳」
「先生、お疲れ様ぁー」
「お、お疲れ様です……」

 やおら腰を上げた二人は辰巳を振り返り、挨拶しながら出て行った。

「やれやれ……。朱理さんが元気になって良かったものの、こう堂々と見せ付けられては参るな。それだけ信用されていると取れば良いのか、隠す気も無くなったと言う事か……」

 辰巳はまた一人になった執務室で、苦笑混じりに嘆息する。
 二人の仲の良さに当てられつつ、本日もおおむね平和な一日が始まったのだった。
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