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第七章
第七十九夜 【やまい】
しおりを挟む妹尾がおずおずと朱理へ近寄り、抱えた段ボールを持ち上げて見せた。
「あの、朱理さん……これ……」
「んー? ああ……捨てといて」
「えっ……? で、でも、確認もせずに……良いんですか……?」
「良いの良いの……。あ、中身、絶対触っちゃダメだよ」
朱理のにべも無いひと言に、新造達はぎょっとして固まった。
「えぇ⁉︎ 朱理さんも意外と容赦無いんすねー」
「律儀にひとつひとつ開封してるイメージでした……」
驚きの声を上げる吉良と九重に、陸奥が笑って答える。
「ははっ、まぁ普通の手紙だったらそうだろうなぁ」
「普通だったらって……それはどういう……?」
怪訝な顔をする碓氷らに、陸奥は無造作に段ボール箱から1枚の封筒を取り出して見せた。朱理は厭な顔をしながら煙草に火を点けている。
「これ、見た目は普通の手紙に見えるけど、鶴城たちのと決定的に違う所があるのさ。何か分かる?」
陸奥の掲げる封筒は可愛らしいピンク色で、〝朱理様へ〟と女性らしい文字の宛名が書かれている。
「いや、至って普通に見えますけど……」
「……ん? それ、差出人が書かれてませんね」
「おー、流石に吉良は目端が効くな。正解だよ」
「本当だ……。差出人の無い恋文だなんて、凄く恥ずかしがり屋の方なんでしょうか」
天然な反応をする妹尾に、陸奥は苦笑しながら他にも何通か取り出し、トランプの様に並べて裏面を見せた。そのどれにも差出人は書かれていない。
しかし、差出人不明が即ち何を意味するのか、理解出来ていない新造たちは首を傾げるばかりだ。
陸奥は手にした封筒の中から1枚を選び取った。
「じゃあ、これとか見れば分かり易いんじゃないか?」
「おい、開けんな馬鹿」
朱理の制止を無視して開かれた封筒を見た新造達から悲鳴が上がる。
「ひっ……」
「うぅわ、怖ッ! 端のところ全面に剃刀って、マジじゃないっすか!!」
「ああ……だから触るなって言ってたんですね……」
声も出ない榛名、ぎょっとする吉良、碓氷は青ざめながらさっきの朱理の発言を噛み締めていた。
「他にもこれとかー……あ、これもかな」
「爪に髪の毛? 気持ち悪いな……。何なんですか、これ」
「俺、なんかそう言う呪いみたいなのがあるって、聞いた事あります……」
「うわー……これなんか血文字で〝殺ス〟って書いてあるよ……。モロ脅迫文じゃないっすか……」
陸奥によって次々と開封される手紙に驚愕する渡会、九重、吉良。それを横目に、朱理は心底、うんざりしながら紫煙を吐いた。
「辞めろ辞めろ。朝っぱらから胸糞悪ぃ」
「な、なんでこんな物が大量に届くんですか……?」
「まぁ、憎まれるのがお職の商売だからなぁ。さっさと太夫になっちまえば楽なものを」
「馬鹿か。憎まれんなら太夫の方が上だろうが。しかも、それとこれとは話がちげーだろうがよ」
「格上げの条件は揃ってるくせに格子太夫に甘んじてるから、余計に顰蹙買ってるって気付かないんだもんなぁ」
「はー? なんだその言い方、むかついた。謝れコラ」
「ははっ、痛い痛い。ごめんってー」
普段の数倍、機嫌と口の悪さが増している朱理が、げしげしと陸奥を蹴りつける。
「朱理さん……お可哀想に……」
「それにしても、こんな嫌がらせされるなんて尋常じゃないですよ……」
「和泉さんや東雲さんも居るのに、なんでピンポイントに朱理さんばっか…………あ」
妹尾や渡会が困惑する中、どうやら吉良は思い当たるふしがあったらしく、言葉を詰まらせ、顔が引き攣っている。
「……ま、まさかこれ……冠次さんのお客様からなんじゃあ……」
「ま、八割方そんな所だよ。残りは朱理人気に嫉妬した花魁とかだろうな」
笑顔で肯定する陸奥に、その場の全員が納得する反面、憐憫の眼差しを朱理に向けた。
「やれやれ……困った奴だよ、冠次は。お前も毎年、余計な苦労してるな」
「とんだとばっちりだよねぇ、可哀想に。まぁ、なんと言うか……気にしなくて良いからさ」
「ありがと……。ホント毎年毎年、朝から最悪の気分だぜ……。今日休もうかな、俺……」
げっそりする朱理を、両脇から鶴城と棕櫚が苦笑混じりに慰める。
「元気出してよ、朱理。俺の愛あげるから」
「いらんわ。同情するなら金をくれ」
「良いよ、いくら?」
「とりあえず100万」
「おっけー。振り込みと現金、どっちがいい?」
「陸奥さん……何処までが冗談なのか、きわど過ぎて笑えないんだが……」
「あの人なら、サクッとやりかねないもんねぇ……」
不機嫌丸出しの朱理と、笑顔でとんでもない事を言ってのける陸奥に皆が苦笑する中、ふと渡会が声を上げる。
「そう言えば陸奥さんの荷物って見かけませんけど、お断りしてるんですか?」
「ああ、うん。モノは要らないって言ってあるから」
「モノは……?」
「陸奥は金しか受け取らねぇんだよ。絵に書いたみてーな守銭奴」
朱理のひと言に、全員から何とも言えない呻きが漏れた。
「守銭奴だなんて酷いなぁ。朱理からなら何でも貰うぜ。ていうか貰いたい。一生、大事にします。結婚して下さい」
「うるせぇ黙れ。ナチュラルに貰うの意味すり変えてんじゃねーよ、朽ち果てろ」
「今日は一段と辛辣ですね、朱理さん……。しかし、流石に冷帝となるとレベルが違うっすわー」
「それで行くと、前太夫の方々も凄い物貰ってそうですよね」
碓氷の言葉に、棕櫚が思い出した様に声を上げる。
「あー、そう言えばどっかに別荘貰ってた人が居たよね。なんか凄い高いとこ」
「モナコだよ……絶賛バカンス中だと……。嬉しげに絵葉書送り付けてきたわ……」
「あー……蝶二さんだったか……。ま、まぁ、元気そうで何より……だな……」
「モナコ!!??」
「別荘!!??」
「まじで太夫ハンパねぇわ……」
かつての直属の太夫を思い出してげんなりする鶴城をよそに、新造達は驚いたり感嘆したりと賑やかである。
良くも悪くも太夫の威光が示される、年に一度のお祭り騒ぎなのであった。
【おまけ】
その夜。
「黒蔓さん、これどーぞ。ホットチョコ・オン・ザ・マシュマロー!」
「何だ、珍しい。今日は珈琲じゃないのか」
「バレンタインという事で、ちょっと趣向を変えてみました」
「なるほどな。じゃ、俺からはこれ」
「なになに? おおっ!! 美味しそうなプリン! 何処の?」
「俺の」
「え、うそ、まさか作ったの?」
「作っちゃ悪いか? お前の好物だろ」
「なにそれ、凄いんだけど。黒蔓さんプリン作れるの?」
「まぁな」
「やばい、凄い感動、泣きそう。台所に居るとこ想像したら超可愛いんですけど。ホットチョコとかショボ過ぎて恥ずかしいんですけど」
「大袈裟な奴だな。良いんだよ、お前が作ったものなら何でも嬉しいから」
「……っ、もー、ホント愛してる」
「俺も」
そうして、恋人たちの甘い甘い夜は更けていくのだった。
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