万華の咲く郷

四葩

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第七章

第七十八夜 【あまい】

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 これは未だ、朱理しゅりが太夫へ格上げされる、少し前のお話。

────────────────

 2月14日。
 世間はバレンタイデーと浮き足立っているが、万華郷の娼妓しょうぎたち、特に上手かみてと新造にとっては、仕事量と無駄な手間が増える災厄日である。

 10時半。大玄関に次々と運び込まれる花束や贈り物が詰まった段ボール箱を、妓夫ぎゆうや新造が宛名の太夫の座敷へ届ける為に奔走していた。

「これと、これ……これもか……。去年もだったけど、相変わらず修羅場だな……」
「うわー。流石、鶴城つるぎさん、すげぇ量だな。それ全部チョコ?」
「いや、どうだろう……。チョコにしちゃ、やけに重かったりするんだよ」
「重い? なにそれ、怖」
「怖いよな……。そう言えば、吉良きらのとこは?」
「あー……全部捨てとけって言われてる。一応、差出人メモって渡すけど……多分、あんま意味無いわ」
「容赦の無さは相変わらずだな、冠次かんじさん……」
「容赦無いっつーか、あの人はもう別次元に生きてっからなー……。みんなジャガイモかゴボウくらいにしか見えてないと思うぜ、一人を除いては」
「ああ……そうだったな……」

 それぞれ直属の太夫らを思い浮かべて嘆息する渡会わたらい吉良きらの横で、碓氷うすいがメモを取りながら声をあげる。

「容赦の無さで言えば、荘紫そうしさんも似た様なもんだよ。流石に差出人と貰った物は、ちゃんと暗記してるけど、やっぱり全部捨てろって言われてるもん」
一茶いっささんは、真面目にひとつずつ開けてるなぁ。鶴城さんといい、王子様系ってマメな分、こういう時に苦労するよね」

 九重ここのえが丁寧に箱を詰め直す後ろで、何やら玖珂くがの奮闘する声が聞こえてきた。

「くそ! なんだこれ……重い……ッ!」
「だから何なんだよ、重いって。ちょっと貸してみ」

 小包と格闘していた玖珂の傍から、見かねた吉良が手を出した。

「……ッ!!?? え、なにこれ、全然持ち上がんねぇんだけど……」
「だろ? 一体、何を入れたらこんな重さになるんだか……」
「な、ちょっと開けてみねぇ?」

 悪戯いたずらっ子の様にニヤニヤと笑いながら言う吉良に、真面目な玖珂は冷や汗を浮かべて首を横に振る。

「いやいや、駄目だ! 勝手に開けるなんて失礼だろ!」
「だってこんなくそ重てぇモン、どうせ上まで運べないだろ? 危険物かもしれねーしさ。ちょっと中身確認するくらい、棕櫚しゅろさんなら怒んねーって」
「い、いやぁ……でもなぁ……」
「玖珂に持ち上げられない重さとなると、流石に怖過ぎるな。安全確認も俺らの仕事だし、少し覗く程度なら良いんじゃないか?」
「うーん……。じゃあ、少しだけ見てみるか……」

 渡会の言葉に渋々、包みを開ける玖珂の横から、興味津々で吉良が覗き込み、九重、碓氷も何だ何だと集まって来た。
 そして、恐る恐る開かれた蓋の間から見えた物に、一同は絶句した。

「これって……」
「……ダンベル、か?」
「ダンベルだな、純金製の」
「100キロって書いてないか、それ……」
「…………」

 玖珂は無言でそっと蓋を閉じた。

「流石、棕櫚さんのお客様は予想の斜め上を行くな、いつも」
「100キロって、金の延べ棒およそ8本分じゃん」
「確か1本が約4500万だから……3億6000万……」
「いろんな意味で重いな。果たしてこれは換金用なのか、それとも筋トレ用なのか……」
「気になるとこソコなのかよ、渡会……。やっぱ太夫付きは、発想も普通じゃねぇよな」

 ふむ、と思案する渡会に苦笑する吉良。

「……と、とにかく、危険物ではない事が分かったから、後で報告する……」
「とは言っても、そんな高価な物を、無造作に置いておく訳にもいかなくない?」
「それもそうだな……。うーん……」

 九重の忠告に玖珂が頭を悩ませていた所へ、大きな段ボール箱を抱えた妹尾せおが通りかかった。隣には同じ様な箱を持った榛名はるなが苦笑を浮かべている。

「それなら俺、今から上行くから棕櫚さんに伝えて来ようか?」
「助かる。頼むよ、妹尾」

 と、碓氷が榛名の抱える段ボール箱に目を止めた。

「榛名のそれ、もしかして景虎かげとらさんのか?」
「そー。香づきさんに捨てとけって言われてるからさぁ。一応、内容はこっそり景虎さんに伝えてるけどね」
「相変わらず、香づきさんの嫉妬心も生半可じゃないねぇ……」
「じゃあ妹尾が持ってんのはけい菲さんの? 下手しもてもそんなに貰うんだな、意外だわ」
「違うよ、これは朱理しゅりさんの。軽いから、手紙とかじゃないかな」

 玖珂の問いに妹尾が箱を抱え直しながら答え、渡会が思い出した様に声を上げる。

「ああ、そう言えば何故か朱理さんにだけ、やたらでかくて軽い荷物が来るよな」
「なんでだろう。手紙ばっかりってのもおかしくない?」
「言われてみれば、確かにそうだな」

 碓氷と玖珂が首を傾げていた所へ丁度、階段から寝惚けまなここする朱理に続き、陸奥むつ、棕櫚、鶴城が降りて来た。

「ふあ──ぁむ……。眠いなりぃー……」
「おー、今年もやってるなぁー」
「毎年思うけど、まるで引っ越しだねぇ。すごい量の荷物」
「もう座敷に入らないって言いに来たんだが……未だそんなにあるのか……?」

 渡会が仕分けている荷物を見た鶴城がうんざりしていると、棕櫚の姿を見とめた玖珂が駆け寄って来る。

「棕櫚さん、丁度良かったです! ちょっとご報告が……」
「やばーい、とてつもなく厭な予感しかしなーい……」
「お前って、妙に尖った物ばっかり貰うもんな、毎年」

 げそっとする棕櫚に例の小包を示しながら報告する玖珂。そして更にげっそりする棕櫚を、鶴城が慰めるのだった。
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