万華の咲く郷

四葩

文字の大きさ
上 下
78 / 116
第六章

第七十四夜 【朱に交わるは瑠璃色の】

しおりを挟む

 午前0時。たかむらを伴って座敷へ上がり、改めて用意された膳から酒を酌み交わしていると、襖の向こうから声が掛かった。

「失礼致します」

 静かに襖を開いて入ってきた東雲しののめ朱理しゅりへ歩み寄り、耳打ちする。

瑠理るり様がお見えになっております」
「えっ!? なんで!? 彼奴あいつが来るなんて聞いてない!」
「それが……火急かきゅうの御用があるとおっしゃられておりまして……。御予約の無い方はお通し出来ないと申し上げているのですが、全くお聞き入れ頂けないのです」

 困惑して弱りきった東雲に、朱理は一階がどんな騒動になっているか、即座に察した。

「分かった、ぐ行く。此処ここ妹尾せお名代みょうだいを」
「承知致しました」

 東雲が素早く下がると、篁はいぶかしげに問う。

「どうした、何事だ?」
「ああ……ごめん、篁さん。急で申し訳無いんだけど、少し待ってて貰えるかな」
「それは構わんが……。珍しいな、途中で席を外すとは」
「う、うん……。ちょっと野暮用が出来てね……」

 朱理は苦笑しながら嘆息した。
 基本的に、万華郷は飛び入りの指名は受け付けていない。キャンセルがあった場合など、何かしらの理由で予約に空きが出れば受ける事もあるが、この様に急に出て行く事は無いに等しいのだ。

「直ぐに戻るよ。名代は俺が一番可愛がってる子に頼んであるから、優しくしてやってね」
「分かった。だが、あまり焦らされると、意地悪をしてしまうかもしれないぞ」
「おやおや。妹尾を泣かせたりしたら、二度と口きいてやんないから。その覚悟があるなら、好きにしなよ」
「はは、冗談だ。気を付けて行っておいで」

 篁へ軽く口付けると、朱理は座敷を出た。
 足早に階下を目指すが、階段を降りる前から、何やら言い争う声が聞こえてくる。
 やれやれ、と頭を抱えながら声のする方へ向かうと、番頭台の前で困惑する妓夫ぎゆう達に囲まれた、派手な髪色の人物が見えた。

「だーかーらァ! ちょっと顔見たら帰るっつってんだろ! こっちだって仕事抜けて来てんだ、見りゃ分かんだろうが!」
「だったら尚更、さっさと帰れ。お前と違って太夫は忙しいんだよ」
「俺だって忙しいわ! やっと隙見つけて出て来たってのに、ひと目も会わずに帰ってたまるか! 顔見るまで絶対、帰らねーからな!」
「あーそーかい。なら死ぬまで其処そこわめいてろ」
「あいっかわらずムカつくな、てめー。良いから朱理呼んでこいよ!」

 完全に呆れ顔の黒蔓くろづるに怒鳴り散らしているのは、瑠璃色の着流しに波模様の打掛うちかけを引っ掛け、すらりとした細腰の美男だ。耳や首、腕に付けている多数の装飾品が、声を立てる度にかちゃかちゃと鳴っている。
 今にも黒蔓に掴みかからんとする男の様子に、朱理は慌てて二人の間に割って入った。

「待て待て、やめろ! なにやってんだ、瑠理! 人の見世でそんな大騒ぎするんじゃないよ!」
「朱理ぃー!! 超久し振りじゃん! 逢いたかったぜー!」

 瑠理と呼ばれた男は、朱理を見るなり破顔し、その身体を思い切り抱き締める。

「ぐぇっ……く、苦しいッ……! やめろ馬鹿! 騒ぐなっつーの!」
「だってよぉ、ちょっと会えりゃ帰るっつってんのに、何奴どいつ此奴こいつも融通きかねーんだもん」
「当たり前だ! 俺だって吃驚びっくりしたわ! はぁ……取り敢えず落ち着け、な?」
「ん」

 背を撫でられながらさとされた瑠理は、さっきまでの剣幕が嘘の様に従順にうなずいた。
 朱理の口添えによって少しだけ話せる事となり、空き座敷へ入ると瑠理はすぐさま朱理の腹に抱き着いて甘えた声を上げる。

「あぁー、朱理だぁー、本物だぁー……癒されるぜー」
「一体どうしたんだよ、突然。仕事は?」
「抜けて来た」
「なんて事してんの……。また折檻せっかんされるぞ。お前んとこの見世、厳しいんだから」
「いーんだよ。お前に会えるんなら、それくらい屁でもないね」
「馬鹿、俺が良くねぇんだよ」

 朱理は嘆息しつつ瑠理の頭を撫でた。
 肩より少し長い髪を白金に脱色し、毛先を瑠璃色に染めた柔らかい髪を指でくと、嬉しそうに擦り寄って来る。
 瑠理は『桐屋きりや』という陰間茶屋の太夫だ。
 吉原には現在、遊郭と並んで陰間茶屋も多く存在している。その殆どが男性のみを対象としているが、中には女性のみや、男女問わず接客する見世もある。
 但し、どの見世も万華郷の上手かみて下手しもての様な、明確な区別はしていない。
 瑠理は男性のみを対象にする見世の太夫だが、男役も女役もこなせる売れっ子である。
 そして、朱理と瑠理は高校時代の同級生なのだ。それなりに仲の良かった二人だったが、瑠理が高校を中退して以来、音信不通となっていた。
 朱理が大学を卒業して吉原へ来た時、偶然の再会を果たして、旧交を温める事となった訳である。
 再会できた事が余程、嬉しかったらしく、わざわざ以前の妓名を改名して〝瑠理〟と名乗っているのだ。
 朱理は膝の上に瑠理を抱いたまま、呆れた様に問うた。

「連絡くれれば、昼見世の後にでも逢いに行くのに。何かあったのか?」
「んー……別に、何ってこたァねぇけど。お前が太夫になってから全然会えてなかったから、限界だっただけ」
「だからって、仕事抜けてこんな大騒ぎしてちゃまずいだろ。お前も人気太夫なんだから」
「分かってるけどさぁ……。会いてぇって思ったら、もう仕事どころじゃなくなったんだよ 」
「全く……あんま無茶すんな。お前は昔から、俺より破天荒なんだから」

 むう、とうなりながら頬を膨らませる瑠理に苦笑が漏れる。ふと、瑠理は決まり悪そうに視線を逸らせて呟いた。

「……悪かったよ、迷惑かけて。お前も仕事中なのに、わざわざ来てくれたんだよな……」
「なんだ、急にしおらしくして。俺は別に良いけど、問題はお前の方だろ。そっちの遣手、めっちゃ怖ぇじゃん」
「こっちの遣手の方が怖ぇわ。眼帯に黒手袋って、見たまんまじゃねぇか。言う事もやる事も、完全にカタギじゃねーし」
「まぁ……見た目はヤクザでも、あの人はそこまで無茶振りしねぇよ。お前んとこは普通に暴力ふるうからなぁ……」
「……何処だってそうさ……。吉原ここは地獄だ。この見世が特別なだけだよ……」
「瑠理……?」

 声のトーンが落ちた瑠理をいぶかしんで覗き込むが、うつむいて髪に隠れる表情は見えなかった。
 それきり黙り込んだ瑠理に、朱理もそれ以上の言及はせず、ただ優しく頭を撫でてやるのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

one night

雲乃みい
BL
失恋したばかりの千裕はある夜、バーで爽やかな青年実業家の智紀と出会う。 お互い失恋したばかりということを知り、ふたりで飲むことになるが。 ーー傷の舐め合いでもする? 爽やかSでバイな社会人がノンケ大学生を誘惑? 一夜だけのはずだった、なのにーーー。

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

君が俺を××すまで

和泉奏
BL
【執着攻め】ただ、いつもと同じように平凡な日を過ごすはずだった。 イラスト表紙、赫屋様

処理中です...