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第四章
第四十八夜 【富と縁】
しおりを挟む13時。朱理の部屋の寝具の上で、黒蔓は顔を顰めていた。
「あーあ、こりゃひでぇな。お前、なんでもっとちゃんと言わなかった?」
「言ったじゃん、えらい目にあったって。てかなに、そんな酷いの?」
「周囲が腫れ上がって、粘膜まで見えてる。脱腸寸前だぞ。相当、痛ぇだろ」
「痛いよー。だから昼は休みたいっつってんの。オロ●イン塗ってりゃ治るかな?」
「オ●ナインは万能薬じゃねぇよ。これ、もう医者レベルだわ」
「医者!? 厭だよ恥ずかしい! 今だって充分、恥ずかしいんだからね!」
「俺相手になに言ってんの、今更」
開かれた脚の間で朱理の開口部を診ていた黒蔓は、やれやれと身体を起こした。
「お前、無茶するなよ。無理なもんはちゃんと言えって、いつも言ってるだろうが」
「そうなんだけどさぁ、流石にこれは想定外だったんだよ。されるまで分かんねぇじゃん、大きさなんて。あ、いっててて……くそっ」
起き上がった朱理は、痛みに顔を歪めながら煙草に火を点けた。
「ったく、もっと早くこんな事になってるって分かってりゃ、吉良に襲わせたりしなかったのに」
「あはは。まぁ、いずれはしなきゃならんのだから、ついでって事で。それにしても流石の演技力だね、黒蔓さん。まじでヤらされるかと思って、震えたわ」
「誰がさせるか、馬鹿。しかし参ったな。こりゃ昼どころか、一日で治るかどうかも怪しいぞ」
「ええー、そんなに? 揚代ゼロとかきっつい。クレカの支払い、大丈夫かな……」
「心配するとこ、其処なのか。一体、今月は幾ら使ったんだか」
朱理は文机から予約表を取り上げ、嘆息する。
「昼2人の夜4人……390万……くぁー、勿体ない! 事情説明して、床入りせずに済まないかね……」
「客にそんなエグい話する気か、辞めとけ。あ、そう言えば確か、今日の客に医者が居なかったか? 折角だから診てもらえよ」
「外科医だよ? これ、完全に肛門科じゃねぇの?」
「外科ならそのくらい診れんだろ、殆ど外傷みてぇなもんだし」
「いや、よしんば診れたとして、薬なんて持ってると思う?」
「まぁそうだよな。やっぱ休むしかねぇだろ」
唸りながら寝具にうつ伏せになった朱理から予約表を取り上げ、黒蔓は煙草に火を点けた。
「あーあ……篁さんに連絡して、夜見世まるっと買い取って貰えねーかなぁ。もしくは大聖……は駄目だな、激怒して殴り込みに行きかねない……。昨日の様子じゃ、卯田さんも駄目かぁ……」
「卯田さんが? あんな温厚が服着て歩いてる様な人が怒るとこなんて、想像出来ねぇわ」
「神々廻と馴染みになるって話したら、珍しく行かせたくないーって言ってた。はぁ……やっぱ篁さんかねぇ」
「お前に休むって選択肢は無いんだな。篁こそ絶対、駄目だろ。どう転んでも死人が出るぞ」
「黒蔓さんが酷いって言うくらいだもんなー。そんなもん見せたら、確かに何人か沈められそう。390万……ちくしょう、神々廻のくそやろ……あっ! そうだ!」
しくしくとべそをかいていた朱理は、はた、とひらめいて上半身を起こした。
「確か、今日の昼見世に神々廻が予約して来てるんだよね? そもそも彼奴の所為なんだから、彼奴に一日分払って貰えば良くない? 迷惑料とかなんとか言ってさ」
「嗚呼、そりゃ良いな。念の為、辰巳と俺も行く」
「いやー、問題解決だわ。良かった、良かった。揚屋には行かなくて良いんだよね?」
「ああ。内容が内容だし、見世で話す方が良い。じゃ、その旨、連絡してくるから、お前はもう少し休んでろ」
「はーい。お願いしまーす」
そして14時。神々廻、朱理、黒蔓、辰巳が、朱理の座敷で向かい合っていた。
「なるほどねぇ。そんなに酷い事になっちゃいましたかぁ。いやぁ、申し訳ないなぁ」
相変わらずへらへらと笑いながら頭をかく神々廻に、朱理が苛ついた声を上げる。
「謝って済むかよ。まだ痛ぇんだぞ」
「ハハ、ごめんごめん。俺もつい夢中になって、加減を忘れちまってねぇ。どれ、ちょっと見せてごらん? 確認の為にもさ」
朱理は厭そうに顔を顰めつつ寝屋へ移動し、布団の上へ座って脚を開いた。神々廻はにやけ顔を隠しもせず、開口部へ顔を近づける。
「うわぁ、痛そうだ。確かにこれじゃあ、仕事は無理ですねぇ」
大袈裟に心配そうな声音で言いながらも、さり気なく太腿を撫でられ、朱理は舌打ちしながらその手を払って立ち上がった。
「触んじゃねぇ。もう充分だろ」
座敷へ戻ると、黒蔓が後を引き継ぐ。
「お分かり頂けたかと思いますが、これでは今日の予約は全て、キャンセルせざるをえません。大事な商品が傷物にされたとあっちゃあ、此方も黙っている訳にはいかんのですよ」
「ええ、承知しております。では、これで許して頂けますかね」
神々廻は懐から小切手を取り出して座敷へ置き、黒蔓の方へ押し出した。
どうやら話を聞く前から用件を察していたらしく、既に記入済みでる。それを確認すると、黒蔓は小さく息を吐いた。
「……結構です。お気持ち、確かに頂戴しました」
「今後はもっと加減しますよ。出来れば、の話ですけどねぇ」
「出来ればじゃねーわ、しろっつってんだよ。じゃなきゃ二度と会わねぇからな」
「ハハッ、分かってるってぇ。ね、今度はもっと出すからさ、デートしてよ、デート!」
「はー? この状況でなに言ってんだお前、頭湧いてんのか?」
「こら、口が過ぎるぞ。行儀良くしろ。神々廻様も、そういうお話は揚屋を通して頂かねば困ります」
「アハハ、そうでしたねぇ。目の前にすると可愛くて、つい構いたくなるんですよぉ」
「お気に召した様で、何よりです。では、本日は御足労頂き、有難う御座いました」
「いえいえー、此方の責ですので、当然の事です。ご迷惑お掛けして申し訳有りませんでした。それじゃまたね、朱理ちゃん」
「暫く来んな、ばーか」
ひらひらと手を振って遠ざかる神々廻の背に中指を立て、朱理は煙草に火を点けた。それを横目に見ながら、黒蔓は眉を顰める。
「お前、めちゃくちゃ態度悪ぃな。吃驚したわ。まさか、どの客にもあんな口のきき方してんじゃねぇだろうな」
「口の悪さだけは、貴方にとやかく言われたくない。って、そんなワケ無いでしょうが。彼奴はああ言うのが好きなの。ドSでドMの、タチ悪くて面倒くせぇド変態なんだよ」
神々廻が去っていた方を顎で指し、朱理は紫煙を吐きながら言った。隣で辰巳が不思議そうな声を上げる。
「未だ一度しか真面に話していないのに、何故そんな事が分かるんですか?」
「一度しかって言うけど、5時間も一緒に居てヤりまくってりゃ、大体の性癖くらい分かるさ。客ってのは、寝屋へ入ると本性が出るからね」
「確かに、それもそうですね」
「にしても、お前の客は異常に金払いが良い代わりに、癖の強過ぎる奴しか居ねぇな」
「ほんとそれ、もう厭になるわ。で、神々廻は幾ら出したの?」
「500万」
さらりと告げられたその金額に、朱理はげそっとしてぼやいた。
「……くそ……。絶対、また噂になるわ、これ……」
「流石、太夫の周りは大金が動きますね」
「此奴だけだよ、こんな短期間に億単位を転がしてやがんのは」
「転がしてんのは俺じゃない、客だ。俺、殆ど被害者じゃねーか」
「やはりトラブルドロワーですね、朱理さんは」
「ここまで来るとマネードロワーだな」
「身内まで人を金の亡者みたいに言うの、辞めてくれないかな……」
なんだかんだ有りつつも示談を纏め、揚代の心配が無くなった代わりに、頭痛の種が増えてしまった朱理であった。
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