万華の咲く郷

四葩

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第四章

第五十夜 【上手の憂鬱】

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 とある日、16時半。昼見世ひるみせを終えた娼妓しょうぎらが、続々とひかしょつどい始める。

「あー、つっかれたー……」

 荘紫そうしは着物の前をくつろげながら、ソファへどかりと腰を下ろした。

「お疲れぇ」
「お疲れ様、荘紫」
「今日のお相手は大企業のご令嬢だったって?」
「ああ。自意識過剰が擬人化したみてぇな女だぜ」

 既に戻っていた棕櫚しゅろ一茶いっさ鶴城つるぎねぎらいの声を掛けた。
 荘紫は溜息をいて煙草を咥え、顔をしかめる。

「やれ髪色変えただの、ネイル変えただの、挙句の果てに、化粧水変えたのに気づかねーっつってキレやがんの。いやいやいや、分かるワケねーだろ! そもそも、こっちは純然たる仕事ビジネスであって、お前なんかにひとっ欠片かけらの興味もねーから、まじで。あー、ストレス尋常じゃねー」
「お前の愚痴が尋常じゃないよ……」
「その本性が露呈したら血の雨が降るぞ。気を付けろよ、荘紫」

 苦笑する棕櫚と鶴城を横目に、荘紫は片眉を上げて紫煙を吐いた。

「大金積まねぇと、俺らと会話すら出来ねぇヤツらだぜ? 本気で相手にされてると思うとか、頭おかしいだろ」
「まぁまぁ、そこまで言わなくても良いじゃない。可愛いげのある子も、いっぱい居るんだから」
「相変わらず下衆げすいな」
「はー? 良い子ぶってっけど、お前らだって似た様なモンじゃねぇか。特に冠次かんじ、お前にだけは下衆呼ばわりされたくない」

 名指しされた冠次は別のソファに寝転び、タブレットをいじりながら鼻で笑った。

「俺は愚痴る程の興味もねぇよ。顔も名前も覚えてねーしな」
「うわ、更に酷いな、お前……」
「嫌われてるより、興味無いってのが一番きついよねぇ……」

 荘紫に輪をかけて酷い有様ありさまの冠次に、鶴城と棕櫚は引き気味だ。
 見事に上手かみてばかりが居合わせた控え所は、客が聞けば卒倒そっとうする様な話題ばかりである。
 ふと、荘紫が思いついたように声を上げた。

「興味無いと言えばさ、お前ら勃たねぇ時ってどうしてる?」
「なにをやぶからぼうに……」
「あー、でもそれ、俺も気になってたぁ。実際、結構あるしねぇ」
「へえ。棕櫚にもあるんだね、そんな事」
「そりゃ人間ですもの。精神的にも体力的にも影響出るしさぁ。これ、もしかして上手の方が負担大きくない? って思う」
「いや、負担で言ったら明らかに下手しもての方が大変だろ。受け身なぶん、相手に何されるか分からん危険もあるしな」
嗚呼ああ……そう言えばこの前、朱理しゅりが病院行ってたよな……。こえーわぁ……」
「はあ⁉︎」

 荘紫の話に、冠次が跳ね起きた。

「うお、びびったー……。お前その日、吉良きらの抜き打ちテストで会ってんだろ。知らなかったのか?」
「聞いてねぇぞ、何の話だ」
「なんでも客のアレがデカすぎて、脱腸寸前だったらしいぜ。大事には至らなかったみたいだけど。つか、だから吉良が選ばれたって話なのに、冠次が知らねぇって有り得なくね?」
「俺の弟分のテストだぞ。兄貴分に内容教える訳ねぇだろ」
「言われてみればそうか。しかし、あの朱理が休んだっつーくれぇだから、相当、酷かったんだろうな」

 詳細を聞いた一茶は、眉尻を下げて身震いしている。

「うわぁ、聞いてるだけで痛そう……。あの子は本当にNGが少なすぎて、こっちが心配になるよー」
「ったく……何やってんだ彼奴あいつは。身体張りゃ良いってモンじゃねぇだろうがよ」
「まぁ落ち着けって。相手はあの稲本いなもとの楼主だろ? 彼奴なりの考えあっての事だろうし、上にはちゃんと報告してんだから、大丈夫だって」

 荘紫の言葉に、冠次は憤慨ふんがいしつつ再びソファへ寝転び、嘆息たんそくするにとどまったのだった。
 冠次が黙ると、煙草を咥えながら棕櫚が話を戻した。

「それ言われちゃ、身体は下手の方が負荷ふか大きいかもだけどさぁ。こっちはやる気的なアレが、物理的に見えちゃうワケじゃん? 誤魔化せなくない?」
「それな。全く反応しない時とかねぇの?」
「そりゃまあ、無くはねーけど……。俺は大体、何か話したりして誤魔化ごまかしてるな」
「俺もそうかなぁ。お酒勧めたりとか、外に出たりとかー」

 荘紫の問い掛けに、正統派王子系で売っている鶴城と一茶が答える。

「ハナから分かってりゃ、それも出来るけどよぉ。途中で萎えそうになった時とか、くっそ焦るんだが」

 荘紫のぼやきに、全員からあるある、と同意の溜息が漏れる。強く、深く頷きながら、棕櫚が紫煙を吐いて答えた。

「分かるわぁ、焦るよねぇアレ。俺、必死でエッチな事考えるもん」
「なんだそれ。厨二かよ」
「う、五月蝿うるさいな! 仕方ないでしょうが! そう言う冠次は無いの?」
「あるに決まってんだろ」
「すっげー堂々と言うじゃん……。で、やっぱお前もエロい事考えるわけ?」
「エロい事っつーか、相手すり替えてんな、俺は」
「え? なにそれ、どう言う事?」
「別の子だと思って抱くって事じゃない? 好きな子とか、気になる子とか」
「嗚呼、なるほど。それ良いねぇ。でも、好きな相手が居ない場合、どうすんの? てか皆、好きな子居んの?」

 棕櫚の問いに、冠次以外の全員が首を横に振った。紫煙を吐きながら、荘紫が声をあげる。

「正直、俺は結構、色んなのとすり替えしてんな。つーか、下手はひと通り想像した事ある。あ、香づきは抜きで」
「それは俺もあるなー」
「もしかして、全員やってる?」

 鶴城の質問に無言の肯定こうていの空気が流れ、話は誰を使う事が多いかと言う、修学旅行の男子さながらの話題で盛り上がり始めた。
 中でも、やはり群を抜いているのは東雲しののめ和泉いずみ朱理しゅりのスリートップである。

「鶴城は良いよなー、あんな清楚美人の東雲が突き出し相手で。さぞ可愛かったろうなぁ、とこの東雲は」
「いや、そんな10年以上前の事、殆ど覚えてねぇし。荘紫こそ京美人のけい菲が相手だったんだから、充分過ぎるだろ」
「それこそ、俺だって覚えてねーわ。確かに綺麗だった気がするけど、緊張してそれどころじゃなかったっつーの」
「なんだー、荘紫も昔は可愛いかったんだなぁ」
「黙れ棕櫚。そう言うお前はどうだったんだよ。絶対零度ぜったいれいどの和泉相手に、ちゃんとやれたのか?」
「あー……なんか向こう慣れてた感じだったからさ……。淡々と始まり、淡々と終わったよね……」
「お、おお……そっか。なんか、すまん……」

 遠くを見つめる棕櫚に、流石の荘紫も憐れみを覚え、そっと肩に手を置いた。

「でも、すり替え過ぎるのも、ちょっと問題あるよねぇ。思い込み過ぎて、名前間違えそうになった事あるよ」
「ハハ……そこまで思い込めるのも、凄ぇけどな……」

 一茶の発言に苦笑する鶴城を見遣って、冠次はさも当然と言った風にひらひらと手を振った。

「そんなもん、しょっちゅう間違えるぜ。普通だろ」
「お前、いつか絶対に刺されるぞ。って言うか、名前出された子が刺されそうで怖いわ。大体、誰だか見当つくしな」
「まじで勘弁してよぉ……。これ以上あの子が危ない目にあったら、遣手がキレて何されるか分かんない……」
陸奥むつさんが居る事も忘れんなよ。全力で潰されるぞ」

 鶴城と棕櫚に釘を刺されるが、冠次はどこ吹く風と、タブレットから視線すら上げない。

「そう言やぁ、やっぱ陸奥さんも冠次と同じなのかね。あんだけ執着してるし」
「おい荘紫、一緒にすんの辞めろ」
「まあまあ……。さぁ、どうだかねぇ。あの人のメンタルの強靭きょうじんさ、半端ないから」
「だな。なんせ太夫になってからずっと御職おしょく張ってるし、はかり知れねぇわ」
「でもさ、あの人のお客さん、色事いろごとより経理とかかぶ関係の相談が多いじゃない? 実際に床入とこいりする事って、俺たちより少なそうだよねー」
「あー、確かに。すげぇよなぁ。彼処あそこまで行くと、もう本職が何なのか分かんねーわ」

 荘紫の言葉を受けて、棕櫚が控え所の入り口を見遣りながら囁いた。

「あくまで噂だけどさぁ、次の楼主は陸奥さんで、ほぼ決まってるらしいよ」
「まぁ、あれだけ名声とどろかせてたら納得だよね。二代目小面こおもて太夫とか言ってる人も居るし」
「そうなると、なんか因果だよなぁ。二代目小面と二代目般若が突き出し相手ってさ」
「それなら、あの二人は絶対くっつかねーから、俺は大歓迎だぜ」
「冠次……そんな怖いこと、よく平然と言えるよねぇ……」

 苦笑する棕櫚の横で、荘紫が不思議そうに呟く。

「しっかし、なんであの二人ってくっつかねぇんだろ。二人って言うか朱理だけど。あんだけ完璧な男に何年もアピられ続けてんのに、惚れねぇなんて謎だわ。かと言って、嫌ってる風でもないし」
「それは俺も不思議。まぁ、単に全く興味が無いのかもしれないけどさ。恋愛対象じゃないけど、仲間として大事にしてる、みたいな」
「あの子ならそれも有り得るなぁ。て言うか、彼処あそこまで遣手に張り付かれてちゃあ、他の男が付け入るすきも無さそうだけどねぇ……」

 棕櫚の言葉に、一同から嗚呼、と憐憫れんびんの混じった声が漏れる。
 結局、話は逸れに逸れた挙句あげく、本来の趣旨しゅしとは全く違った話題で終わった。

「おっと、もうこんな時間だ。さて、夜もほどほどに頑張りますかね」
「ぅあぁー、眠いー。また寝落ちしそう」
「棕櫚っていつも眠そうだよねー」
「あー……まじで行きたくねーわー」

 そうして上手太夫達は各々おのおの、憂鬱を抱えながら、今夜も仕事に励むのだった。

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