万華の咲く郷

四葩

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第四章

第四十七夜 【我慢くらべ】

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「……で、なにこの状況」
「何度も言わせんな。正確かつ詳細な情報収集の一環いっかんだ」

 11時半。一階の新造寝屋にて、ひと組の布団の前に立たされているのは朱理しゅり吉良きらである。その横では黒蔓くろづるが腕組みをして仁王立ちだ。

「だからって、なにこれ」
「お前が、神々廻ししばのナニがデカ過ぎて問題あるとか、昼見世は身上がりしたいとか言うから、どんだけのモンなのか確認すんだよ。此処ここじゃ、此奴こいつが一番デカいからな」

 にやりと口角を上げる黒蔓は、明らかに楽しんでいる。

「あんたね……俺ら一応、大事な商品よ? 暇つぶしの玩具じゃねぇの。こんな事出来るかよ。なぁ? 吉良」
「えーっと……まぁ、だいぶ複雑な気分っすね……」
「なにも最後までやれって言ってんじゃねぇんだ。ちょっとたせて、サイズの比較するだけで良い」
「そんなもん、昨日の映像で確認すりゃ良いじゃん! どうせ未だ録画残ってるんでしょ?」
「さっき確認してきたが、角度と解像度が悪くて、あんま分かんなかったんだよ」
「ぱっと見で良いだろ! 大体分かるでしょうが!」
「それじゃ、正確な情報とは言えねぇだろ」
「言っとくけど、俺だってじっくり見た訳じゃないし、触ってもないからな。吉良がどうだろうと、比べらんねーよ」
「はあ? ったく、しょうがねぇな。なら、れた感じで判断しろ」
「はぁぁあああ──!!!!!!!!????????」

 恐らく大玄関にまで響いたであろう朱理と吉良の絶叫に、黒蔓は思いきり顔をしかめて舌打ちした。

五月蝿うるせぇなぁ。俺だって苦渋なんだよ、我慢しろ」
「なにが苦渋かっ! 身上がりしてまで休みたいっつってんのに、なんだ、挿れろって! そもそも、そんなの吉良が無理だろ!!」
「…………」
「まんざらでも無さそうだぞ」
「嘘だろオイ。いや、まじで、ちょっと待って。冗談だよね? 一旦落ち着こうよ、ね、黒蔓さん」
「冗談なワケねーだろ、落ち着いてるわ。これも仕事のうちだ」
「ええ……そんなに詳細な情報が必要? ここまでするほどに?」
「まあ、今後の付け廻しの問題点が、サイズだってんならな。お前が言い出した事だろ」
「二度と通すなとは言ってないでしょうが! 頻度を減らしたいって言っただけで、こんな事までやらせる!? あんなに無理するなって言ってた癖に、ちょっと話がおかしくないかなぁ!?」
「相手が相手だからな。お前も、手駒にしたいと思う程度には、重要視してるんだよな? 幸い、彼処あちらさんは大層、気に入ったらしく、今日の昼見世に予約入ってんだわ。それを身上がりしてキャンセルするとなると、相応の理由と説得力がねぇとなー」

 うぐ、と言葉に詰まった朱理は唇を噛み、しばしの沈黙の後、絞り出す様に言った。

「……分かった、もう良い……。昼見世に出る……」
「ほーお、流石にお前はお利口さんだなぁ。吉良の方がデカかった時の事を想定したか」
「仰る通りだよ! もしそんな事になったら、まじで身が持たねぇ! 万が一の地獄より、昼出たほうがまだマシだわ! なんとかして、床入りしない流れに持っていけば──」

 怒り心頭で座敷を出て行こうとした朱理の腕が、がっしり掴まれる。

「駄目だ。ちゃんと確認して報告しろ。もし吉良の方がデカくても、きっちり報告すりゃ、昼見世は許してやる」
「は? 何の為に?」
「吉良の教育にもなるし、情報も得られる。一石二鳥だからだ」
「ぅぎゃっ!!!!」

 黒蔓はそう言って朱理の腕を引き、あっさり布団へ転がした。余談だが、黒蔓には柔術の心得がある。

「おい吉良、さっさとやれ」
「い、いやぁー、ちょっと……これは流石にやりづら……」
「いーから早く」
「うぉわっ!!!!」

 朱理が逃げ出す間も無く、黒蔓に蹴飛ばされた吉良が馬乗りになる。

「ちょ……ちょっと待って……。嘘だろ吉良……まさか、やんないよね……?」
「……っ」
「き、吉良……? ねぇ、やだ……やめて……? お願いだから……」

 半分脱げかかった襦袢じゅばんから覗く白い肩、鎖骨、胸元。太腿の付け根あたりまで肌蹴はだけた裾。
 加えて潤んだ瞳、弱々しく震える声で切なげに訴えられ、普段とのあまりのギャップに、吉良の変なスイッチが入った。

「……すいません、朱理さん!! 優しくしますから──ッ!!!!」
「ひぃッ」

 と、叫んで朱理へ飛び掛かった吉良の襟首がぐいっとつかまれ、背中から畳へ引き倒された。すかさず下着が降ろされ、携帯の連写モードの撮影音が座敷に響き渡る。
 吉良の襟首を捕まえたのは、怒りを通り越して呆れ返る冠次かんじだった。

「はーっ……本当に馬鹿だよな、てめぇは。何が優しくしますだ。あっさり乗せられてんじゃねーよ」
「か、冠次、さん……?」
「おー、綺麗に撮れたわ。これでしっかり比較できるな。もう起きて良いぞ、朱理」
「うあー、怖かった。まじでやられるかと思ったわ」
「俺が止めてなかったら今頃、確実に剥かれてたぜ」
「……え? なに、これ……」
「吉良、後で折檻せっかんな。冠次も連帯責任だ」
「は? 何でだよ。俺は関係ねぇだろ」
「関係なくねーわ。兄貴は弟分の責任を負うもんだろ。あれしきの誘惑で崩壊する理性の脆さは、お前の教育が悪い所為に他ならねぇからな」
「くっそ……」

 さっさと布団から這い出た朱理は気怠げに着物の乱れを直し、冠次は不満丸出しで舌打ちしたきり黙り込んだ。
 黒蔓は淡々と携帯を操作して、撮った写真を見張みはかたのPCへ送信している。
 未だに状況が把握できていない吉良は、その場にへたり込んだまま固まっていた。そんな吉良を、朱理が覗き込んで声をかける。

「おーい、吉良ー。大丈夫かー? 帰ってこーい」
「……何なんすか、一体……」
「まぁ、抜き打ちテストみたいなもんだよ。上手かみて如何いかに誘惑をかわせるか、下手しもては如何に相手を思い通りに動かせるか、ってね。この仕事の必須スキルだから、突き出し後の新造はもれなく全員、やらされるってワケ」
「テスト……? って事は、さっきの遣り取りは全部、嘘だったんですか……?」

 朱理は無造作に髪をかき上げ、首を傾げた。

「いや、半分は本当。神々廻のがエゲツなくて黒蔓さんに相談したら、テストも兼ねてお前を誘惑しろって言われたんだよ。勃ったら写真撮って映像と比較するって」
「じゃあ、最初から、致すつもりじゃなかったと……?」
「当たり前だ、阿呆かてめぇは」

 じろりと吉良を睨む黒蔓に、冠次は諦めた様に煙草へ火を点けて嘆息した。

「ったく、真実混ぜ込んでくる嘘吐きはタチ悪ぃぜ。ま、この二人にやられたんじゃ、引っ掛かっても仕方ねぇわな。運が悪かったとしか言えねぇよ」
「いやいや、待て待て。俺は合格させる方向で進めてたって、まじで。あんなあざとい演技で勃つなんて、夢にも思わなかったもの」
「いや勃つだろ、バキバキだろ。いい加減に自覚しろよ、自分の破壊力」
「五月蝿いなー。元気なのは冠次の弟だからだろ。どんまい、吉良。次は頑張れよー」

 朱理にぽんと肩を叩かれた数秒後、ようやく状況を理解した吉良の絶叫が、朝の万華郷にこだましたのだった。
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