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第四章
第四十六夜 【嘘吐きの心得】※
しおりを挟む神々廻との情事は最初こそ、その凶暴なまでの質量に痛みが勝っていたが、円滑油と時間のお陰で、なんとか快楽を拾えるまでになっていた。
「流石、太夫になるだけの事はある。覚えが早いね」
「ッア! んんっ、や、まだ……っ、ゆっくり、して……ッ」
「良い声で鳴くなぁ。女を相手にすると、痛い痛いと喧しくって、うんざりしてたんだよ」
「ひ、ぐッ、ァ……そりゃ……ッそ、だろ……っ! ンな、バカみてぇなの……ッ!」
「ははっ、酷いなぁ。そのうち、コレじゃないと満足出来なくしてあげるよ」
「ッ……く、ぅ……だ、れが……っ! ん、ンんっ!」
朱理は内心、そんな身体にされてたまるか、と毒づいた。同時に、参ったなとも思っていた。
神々廻を上手く囲えば手駒に出来ると考えていたが、こんな物を何度も相手にしていては、確実に身体が持たない。
誤算だった。夜が明けたら、いのいちばんに遣手へ相談せねばならないだろう。
「ははっ、すっかり口調が変わったな。それが素かい? 良いね……興奮する」
神々廻はそう言うと朱理の腰を浮かせ、更に奥へと捻じ入ってきた。初めて経験する深さに、びりびりと電気が走る様な感覚に陥る。
「ァアア゙ッ!! ヒぃっ、ィ゙! ッや゙めぇっ……ッ、ふか、すぎ……ぃッ!!」
「俺の事、知りたいんだろ? なら、お前も全部見せてくれなきゃな」
口角を吊り上げて嗤う神々廻の瞳には、加虐の色が濃く滲み出ている。それを見た朱理は、心とは裏腹に欲情する身体を自覚した。
己の性質が、改めて疎ましく思う。激しく突かれ、強引に抉られてさえ快感に震える性癖は、自分でもどうしようも無いのだ。
気付けば、自ら神々廻の首に縋り付いていた。
「……っふ、可愛いな、朱理ちゃん」
「ッんぁ! アっ、ぁ……イィっ!! すご……っ……し、しば……さンっ!」
「ハァ……ハッ……有吾って呼んでよ……」
「ッゆ、ご……ッ! ゅう、ごぉ……っ」
蕩けきった顔と声で名を呼ばれ、神々廻は総毛立った。先程まで冷たく睨んでいた姿からは想像も付かない乱れ様に、酷く興奮する。
道理で大勢の男が夢中になる訳だ、と思った。
朱理の行為には嘘がない。演技ではなく、本当に感じているのだ。故に、あざとさも、態とらしさも無い。
溢れる嬌声も、跳ねる肢体も、浮き上がる汗も、その全てでもって男の支配欲を満たしてくれる。
大文字や角海老が入れ込んでいるのは、一体どんな男なのか、少し揶揄うだけのつもりだったが、自分も本気で愉しんでしまっている事に気付き、苦笑が漏れた。
「はは……やばいな、俺もハマりそうだ……」
「んんっ、ぁッ! ふ……ぅ、ンッ!」
朱理は、その言葉が聞こえているのかいないのか、判断しかねる妖艶な笑みを浮かべて喘いでいる。
深く穿つと、白い喉が反り返って美しい。思わず、その喉に手を掛けていた。
朱理の視線が、神々廻を捉える。
少し力を込めてみると、反応する様に後孔が締まった。恍惚とした表情の朱理の手が自分の手に重なり、促す様に握られて、神々廻は身震いする程の情欲を覚えた。
一体、どんな経験をすればそんな行動が出来るのか、そら恐ろしささえ感じる。
「っ……怖い男だよ、お前は……」
「アッ、ぁあ゙っ!! ひ、ん゙ん゙っ! ぁ゙ア゙ッ!!!!」
神々廻は徐に朱理の腰を抱え直すと、激しく最奥へ打ち付けた。悲鳴じみた嬌声すら耳に心地良く、只々、行為に没頭する。
抑える理性も余裕もすっかり押し流された神々廻は、欲望のままに朱理を犯し続けたのだった。
────────────────
午前3時半。寝具に大の字になる神々廻の腕の上で、朱理は気怠げに紫煙を吐いていた。
散々、暴かれた後孔は、未だ違和感が残っている。その不快感に顔を顰めながら煙草を燻らす朱理へ、神々廻が顔を向けた。
「身体、平気?」
「平気なワケあるか。まだ痛ぇし、じんじんするわ」
不機嫌に答える朱理に、神々廻は愉快そうな声を立てて笑う。
「それにしちゃあ、俺より元気そうじゃないの」
「へろへろだっつーの。そっちこそ、年甲斐も無く頑張り過ぎて、ぐったりしてんじゃねーか」
「いやぁ、自分でも吃驚。こんなにハマるとはねぇ。完全にミイラ取りがミイラよ、これ」
「ふん。言ってろ、狸じじい」
「うわぁ、朱理ちゃんって意外と口悪いねぇ。超ギャップ萌えなんだけど」
「超とか萌えとか言うな、おっさんが気色悪ぃ。元々こういう性格なんだよ」
「良いよ良いよぉー、正に俺の好み、ドストライク!」
先程までの鋭い眼光は何処へやら、へらへらと鼻の下を伸ばして笑う神々廻を横目で睨み、紫煙を吐いた。
「で、あんたはそのチャラいのが素なワケ? 馬鹿っぽくて軽薄で、胡散臭い事この上ねぇな」
「この世界、素顔なんて晒して生きてけないでしょ? いつ、誰に出し抜かれるか、分かんないんだからさぁ」
「ま、本音と建前は確かに必要だけどね。どうせならもっと上手くやれば? あんた、悪い噂しか聞かないよ」
「良いの良いの、言わせとけば。新参者が叩かれるのは、世の常だから」
神々廻は煙草を咥え、仰向けになったまま火を点けた。ふう、と天井へ紫煙を吐きながら、片目だけで朱理を見遣る。
「誰も俺を信用してない事くらい、分かってるさ。でもねぇ、俺としちゃ、君とは今後も仲良くしてもらいたいと思ってるワケよ」
「はっ、どういう意味で?」
神々廻は朱理の後頭部へ手をかけて引き寄せ、深く口付けた。苦い煙草の味と共に、巧みに動く舌が口腔を犯す。
暫くして顔を離すと、神々廻は片方だけ口角を上げて笑った。
「こういう意味で」
「……チャラ」
神々廻は心底、愉快そうに笑い声を立てた。溜息を吐く朱理の髪を指で弄び、上機嫌である。
「なんでアンタみたいなのが跡取りなのかね。先代は何考えてんだか、さっぱりだわ」
「嗚呼、それ? 先代は血に拘る前時代的な人でねぇ。会った事ある?」
「挨拶程度に。厳しい爺様だったよな、確か」
「そーそー、正に頑固ジジイ。本来なら、彼処の一人娘が婿養子を貰う筈だったんだが、そうもいかない事情があったんだよ」
「事情?」
「娘は子が産めない身体だったのさ。そうと分かって、爺様は大慌て。分家だが、正統な血の繋がりのある俺が急遽、跡継ぎに呼ばれたってワケ」
「へえ……。未だにあるんだな、そんな話。まるで旧華族みたいだ」
「ホントだよー。時代錯誤も良いとこだよねぇ」
「で、なんで受けたの? 吉原とは全然関係ない仕事してたんでしょ?」
「うだつの上がらんヒラリーマンだったよ。所謂、脱サラ楼主ってやつ? 会社勤めにもウンザリしてたし、吉原地獄ってのも面白そうだと思ってさぁ」
「所謂ってなんだよ。居ねぇよ、そんな楼主」
「ははっ! まぁそーいう事なのよ。遣手は嫡女の娘に任せて、俺は勉強がてら、のんびりやらせて貰ってるのさ」
「アンタ、どれだけデカい家継いだか分かってんの? 大見世の名前に泥塗ってないで、しっかり仕事しろよ」
「平気だよ。俺の仕事は、見世の切り盛りじゃないからね」
「は? じゃあ何なんだよ」
ふっ、と神々廻は天井を見つめて薄く笑った。
「子種を撒く事さ。楼主なんて名ばかりの、跡取りを残す為の種馬だ。最初から、俺に課せられてんのは息子を作ること、それだけさ。ただの道具なんだよ」
「…………」
声音こそ無感情で単調だが、何処となく投槍な言い方に、朱理は押し黙った。のらりくらりとしている様でいて、この男にも色々と抱える物があるのかもしれない。
しかし、蘆名らが知らなかった内情を、こうもあっさり言ってのけるとも思えず、嘘か真か怪しいものだ。
嘘を吐き慣れている人間特有の気配を感じ、深追いは無駄だと判断した朱理は、無言で煙草を揉み消すのだった。
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