万華の咲く郷

四葩

文字の大きさ
上 下
50 / 116
第四章

第四十六夜 【嘘吐きの心得】※

しおりを挟む

 神々廻ししばとの情事は最初こそ、その凶暴なまでの質量に痛みがまさっていたが、円滑油と時間のお陰で、なんとか快楽を拾えるまでになっていた。

「流石、太夫になるだけの事はある。覚えが早いね」
「ッア! んんっ、や、まだ……っ、ゆっくり、して……ッ」
「良い声で鳴くなぁ。女を相手にすると、痛い痛いとやかましくって、うんざりしてたんだよ」
「ひ、ぐッ、ァ……そりゃ……ッそ、だろ……っ! ンな、バカみてぇなの……ッ!」
「ははっ、酷いなぁ。そのうち、コレじゃないと満足出来なくしてあげるよ」
「ッ……く、ぅ……だ、れが……っ! ん、ンんっ!」

 朱理は内心、そんな身体にされてたまるか、と毒づいた。同時に、参ったなとも思っていた。
 神々廻を上手くかこえば手駒に出来ると考えていたが、こんな物を何度も相手にしていては、確実に身体が持たない。
 誤算だった。夜が明けたら、いのいちばんに遣手へ相談せねばならないだろう。

「ははっ、すっかり口調が変わったな。それがかい? 良いね……興奮する」

 神々廻はそう言うと朱理の腰を浮かせ、更に奥へとじ入ってきた。初めて経験する深さに、びりびりと電気が走る様な感覚に陥る。

「ァアア゙ッ!! ヒぃっ、ィ゙! ッや゙めぇっ……ッ、ふか、すぎ……ぃッ!!」
「俺の事、知りたいんだろ? なら、お前も全部見せてくれなきゃな」

 口角を吊り上げてわらう神々廻の瞳には、加虐の色が濃く滲み出ている。それを見た朱理は、心とは裏腹に欲情する身体を自覚した。
 己の性質たちが、改めてうとましく思う。激しく突かれ、強引にえぐられてさえ快感に震える性癖は、自分でもどうしようも無いのだ。
 気付けば、自ら神々廻の首にすがり付いていた。

「……っふ、可愛いな、朱理ちゃん」
「ッんぁ! アっ、ぁ……イィっ!! すご……っ……し、しば……さンっ!」
「ハァ……ハッ……有吾ゆうごって呼んでよ……」
「ッゆ、ご……ッ! ゅう、ごぉ……っ」

 とろけきった顔と声で名を呼ばれ、神々廻は総毛立そうけだった。先程まで冷たく睨んでいた姿からは想像も付かない乱れ様に、酷く興奮する。
 道理で大勢の男が夢中になる訳だ、と思った。
 朱理の行為には嘘がない。演技ではなく、本当に感じているのだ。故に、あざとさも、わざとらしさも無い。
 こぼれる嬌声も、跳ねる肢体も、浮き上がる汗も、その全てでもって男の支配欲を満たしてくれる。
 大文字だいもんじ角海老かどえびが入れ込んでいるのは、一体どんな男なのか、少し揶揄からかうだけのつもりだったが、自分も本気でたのしんでしまっている事に気付き、苦笑が漏れた。

「はは……やばいな、俺もハマりそうだ……」
「んんっ、ぁッ! ふ……ぅ、ンッ!」

 朱理は、その言葉が聞こえているのかいないのか、判断しかねる妖艶な笑みを浮かべて喘いでいる。
 深く穿うがつと、白い喉が反り返って美しい。思わず、その喉に手を掛けていた。
 朱理の視線が、神々廻をとらえる。
 少し力を込めてみると、反応する様に後孔が締まった。恍惚とした表情の朱理の手が自分の手に重なり、うながす様に握られて、神々廻は身震いする程の情欲を覚えた。
 一体、どんな経験をすればそんな行動が出来るのか、そら恐ろしささえ感じる。

「っ……怖い男だよ、お前は……」
「アッ、ぁあ゙っ!! ひ、ん゙ん゙っ! ぁ゙ア゙ッ!!!!」

 神々廻はおもむろに朱理の腰を抱え直すと、激しく最奥へ打ち付けた。悲鳴じみた嬌声すら耳に心地良く、只々、行為に没頭する。
 おさえる理性も余裕もすっかり押し流された神々廻は、欲望のままに朱理を犯し続けたのだった。

────────────────

 午前3時半。寝具に大の字になる神々廻の腕の上で、朱理は気怠げに紫煙を吐いていた。
 散々、暴かれた後孔は、未だ違和感が残っている。その不快感に顔をしかめながら煙草をくゆらす朱理へ、神々廻が顔を向けた。

「身体、平気?」
「平気なワケあるか。まだ痛ぇし、じんじんするわ」

 不機嫌に答える朱理に、神々廻は愉快そうな声を立てて笑う。

「それにしちゃあ、俺より元気そうじゃないの」
「へろへろだっつーの。そっちこそ、年甲斐も無く頑張り過ぎて、ぐったりしてんじゃねーか」
「いやぁ、自分でも吃驚びっくり。こんなにハマるとはねぇ。完全にミイラ取りがミイラよ、これ」
「ふん。言ってろ、たぬきじじい」
「うわぁ、朱理ちゃんって意外と口悪いねぇ。超ギャップ萌えなんだけど」
「超とか萌えとか言うな、おっさんが気色悪ぃ。元々こういう性格なんだよ」
「良いよ良いよぉー、正に俺の好み、ドストライク!」

 先程までの鋭い眼光は何処へやら、へらへらと鼻の下を伸ばして笑う神々廻を横目で睨み、紫煙を吐いた。

「で、あんたはそのチャラいのが素なワケ? 馬鹿っぽくて軽薄で、胡散臭い事この上ねぇな」
「この世界、素顔なんてさらして生きてけないでしょ? いつ、誰に出し抜かれるか、分かんないんだからさぁ」
「ま、本音と建前は確かに必要だけどね。どうせならもっと上手くやれば? あんた、悪い噂しか聞かないよ」
「良いの良いの、言わせとけば。新参者が叩かれるのは、世の常だから」

 神々廻は煙草を咥え、仰向けになったまま火を点けた。ふう、と天井へ紫煙を吐きながら、片目だけで朱理を見遣る。

「誰も俺を信用してない事くらい、分かってるさ。でもねぇ、俺としちゃ、君とは今後も仲良くしてもらいたいと思ってるワケよ」
「はっ、どういう意味で?」

 神々廻は朱理の後頭部へ手をかけて引き寄せ、深く口付けた。苦い煙草の味と共に、たくみに動く舌が口腔を犯す。
 しばらくして顔を離すと、神々廻は片方だけ口角を上げて笑った。

「こういう意味で」
「……チャラ」

 神々廻は心底、愉快そうに笑い声を立てた。溜息を吐く朱理の髪を指でもてあそび、上機嫌である。

「なんでアンタみたいなのが跡取りなのかね。先代は何考えてんだか、さっぱりだわ」
「嗚呼、それ? 先代は血にこだわる前時代的な人でねぇ。会った事ある?」
「挨拶程度に。いかめしい爺様だったよな、確か」
「そーそー、正に頑固ジジイ。本来なら、彼処あそこの一人娘が婿養子を貰う筈だったんだが、そうもいかない事情があったんだよ」
「事情?」
「娘は子が産めない身体だったのさ。そうと分かって、爺様は大慌て。分家だが、正統な血の繋がりのある俺が急遽、跡継ぎに呼ばれたってワケ」
「へえ……。未だにあるんだな、そんな話。まるで旧華族みたいだ」
「ホントだよー。時代錯誤も良いとこだよねぇ」
「で、なんで受けたの? 吉原とは全然関係ない仕事してたんでしょ?」
「うだつの上がらんヒラリーマンだったよ。所謂いわゆる、脱サラ楼主ってやつ? 会社勤めにもウンザリしてたし、吉原地獄ってのも面白そうだと思ってさぁ」
「所謂ってなんだよ。居ねぇよ、そんな楼主」
「ははっ! まぁそーいう事なのよ。遣手は嫡女の娘に任せて、俺は勉強がてら、のんびりやらせて貰ってるのさ」
「アンタ、どれだけデカい家継いだか分かってんの? 大見世の名前に泥塗ってないで、しっかり仕事しろよ」
「平気だよ。俺の仕事は、見世の切り盛りじゃないからね」
「は? じゃあ何なんだよ」

 ふっ、と神々廻は天井を見つめて薄く笑った。

子種こだねく事さ。楼主なんて名ばかりの、跡取りを残す為の種馬だ。最初から、俺に課せられてんのは息子を作ること、それだけさ。ただの道具なんだよ」
「…………」

 声音こそ無感情で単調だが、何処となく投槍なげやりな言い方に、朱理は押し黙った。のらりくらりとしている様でいて、この男にも色々と抱える物があるのかもしれない。
 しかし、蘆名あしならが知らなかった内情を、こうもあっさり言ってのけるとも思えず、嘘か真か怪しいものだ。
 嘘をき慣れている人間特有の気配を感じ、深追いは無駄だと判断した朱理は、無言で煙草を揉み消すのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

one night

雲乃みい
BL
失恋したばかりの千裕はある夜、バーで爽やかな青年実業家の智紀と出会う。 お互い失恋したばかりということを知り、ふたりで飲むことになるが。 ーー傷の舐め合いでもする? 爽やかSでバイな社会人がノンケ大学生を誘惑? 一夜だけのはずだった、なのにーーー。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

処理中です...