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第四章
第四十五夜 【喧嘩上等】※
しおりを挟む午前0時。いよいよ『稲本楼』楼主、神々廻 有吾の初馴染みである。
揚屋では思いの外、静かに宴席が進み、神々廻は恙無く朱理の座敷へと足を踏み入れた。
「ははぁ……これが君のお座敷ですか。陰間茶屋と言っても、内装は廓と同じなんですなぁ」
神々廻は用意された膳から盃を呷り、部屋を見渡してそう言った。
「まぁ、違うのは性別くらいで、やっている事は同じですから。そう大差は無いでしょうね」
「いや、しかし流石は高級大見世の太夫。見事なものだ。調度品の質の良い事と言ったら、うちなど足元にも及びませんよ。インテリアも、細部まで拘りが見える」
「ふふ……ご謙遜を」
痒くなりそうな態とらしい声音に、朱理は片方だけ口角を上げて答えた。
煙草煙管を取り出して火を点けると、神々廻が物珍しそうに覗き込んでくる。
「ほう、面白い物をお持ちだ。それはご自分で?」
「いいえ、同僚からの祝いです。そんなに珍しい物じゃありませんよ。同じ様な物なら、通販で簡単に買えます」
「ほほぉ……此処は娼妓同士も、仲がよろしい様ですな」
「ええ。皆、良き友であり、大切な仲間と思っております」
「格下の娼妓も同様と?」
「表向き格付けされてはおりますが、私どもの中では皆、平等。同じ頃に従事した者たちに、格など関係ございませんから」
「それは素晴らしい。大変、よい心掛けですな」
神々廻は興味津々と言った面持ちで聞いている。その目に悪意は無さそうだが、やはり胡散臭さの拭えない男だ。
「いやぁ、道理で納得です。この見世の雰囲気が和やかなのも、身内の仲の良さゆえなのでしょうねぇ」
「そうかもしれませんね。神々廻様のお見世は如何ですか? 生憎、私はここ以外、存じ上げぬもので。是非お聞きしたい」
質問責めに飽き飽きした朱理が逆に問うと、神々廻は大仰に手にした扇子を振り、眉を顰めた。
「いやいや、全くの別物ですよ! まぁ、私は楼主と言ってもまだ未熟なので、そう感じるのかもしれませんがねぇ」
「大見世の主ともなれば、色々と気苦労もございましょう。神々廻様は何故、跡をお継ぎになられたのですか? 聞けば、御養子であられるとか」
何気なく問うと、神々廻は蛇の様に目を細めて口角を上げた。
「さらりと核心に触れて来ましたなぁ。ははっ、流石だ。私に興味がおありで?」
「そりゃあ、あるに決まっておりますよ。貴方は霞みがかって、まるで実体が見えない。そう隠されては、暴きたくなるのが真理と言うものでしょう」
朱理も負けじと神々廻を流し見て嗤う。まるで狐と狸の化かし合いだ、と頭の隅で思った。
「良い目だ、ぞくぞくするね……。しかし、私だけが暴かれるのは、つまらないな」
神々廻はがらりと口調を変え、ぐっと身体を寄せると朱理の肩を抱き、耳元へ口を寄せた。
「私も君を暴きたい……。まずはその身体から、ね?」
「……御随意に」
寝屋へ移り、行灯に照らされる中でゆっくり着衣を脱がされる。
襦袢を残して神々廻は朱理の手を引き、布団へ横たわる己の上へ導いた。腹の上へ乗せて、朱理の頬や肩、腰を撫でながら鑑賞している。
「美しい……まるで人形の様だ。同じ男だと言う事を忘れそうになる」
朱理は返事はせずに首を傾げ、薄く笑った。
「以前、君には不思議な魅力があると言った事を、覚えているかな?」
「はい」
「その正体がこれだよ。女の様にあざとく無く、男の様に筋骨隆々でも無い。中性的で、無機質な美しさに惹かれたのさ」
するすると身体を這い回る手や、舐める様な視線に、最早、嫌悪は無かった。着物を脱げば仕事の時間だ。相手の悦ぶ様に振る舞い、される事をただ受け入れる。
襦袢の隙間から入ってきた神々廻の手は、思っていたより冷たかった。
上体を倒す様に促され、ぐっと顔が近くなる。頬を撫でていた手が首の後ろに回り、引き寄せられて唇が重なった。
角度を変えながら幾度も舌を絡めているうちに、今度は朱理の上へ神々廻が馬乗りになる。首、胸、腹へとゆっくり舌が這わされ、ついに後孔へ辿り着くと、そのぬるりとした感触に吐息が漏れた。
正直、其処をどんなに舐められても、快楽は全く感じない。あくまでも慣らす為の行為なのだが、不思議とそれに執着する客は多い。
受け入れる側としては、充分に解された方が楽なので文句は無いが、何が楽しいのだろう、と朱理はいつも疑問に思っていた。
神々廻は其処が充分、潤んだ事を確認すると、口元を手の甲で拭いながら顔を上げた。薄っすら笑みを浮かべたその仕草は妙に色っぽく、見上げる目の鋭さも相まって、ぞくりとさせられる。
長い指が1本、2本と徐々に増やされ、丁寧な行為は得体の知れない神々廻と結びつかず、戸惑った。神々廻はその間、朱理の反応をじっと見ながら、探る様に指を動かしている。
「……っ、ぅ、ぁ……ぅッ、ん、ンっ……」
此奴、相当慣れているな、と朱理は押し流されそうな理性の中で思った。
胡散臭い風貌からは、想像も付かなかった冷静さと技巧に、厭でも声が漏れてしまう。静まり返った寝屋の中で、己の声がやけに大きく響く気がした。
軈て、ずるりと指が出て行き、膝の裏に手が掛かる。
「いくよ」
短く告げられたかと思うと、神々廻のそれが押し入って来た。
「ぃ゙っ……!? ヒッ……ア、ぁ゙ア゙ッ!!!!」
その質量の凶暴さに、息が詰まった。散々、慣らされた筈なのだが、強引に押し拡げられる勢いは止まらず、驚愕と痛みが呼吸を忘れさせる。
喉を反らせて強張る朱理の耳に、独特の色気を含む艶やかな声音が響いた。
「辛い? ほら、息を吐いて」
「ッ、ふっ……ぃ゙、ヒ、ぐッ……ハッ……ッ、ン゙ん゙っ!」
無理だと首を振ると侵入が止まり、慣らす様に緩々と動かされる。
奥歯を噛み締め、声も出せない圧迫感に、冷や汗が噴き出す。生理的な涙が出ていた目元を、神々廻の赤い舌が拭った。
口付けられ、生き物の様に動く巧みな舌技に、身体の力が抜けていく。
朱理の強張りが解けると、神々廻は妖艶に笑いながら言った。
「驚いたなぁ、まるで生娘じゃないか。君ほど廻しを取っていれば、もう少し緩いと思ってたんだけど」
「っ……馬鹿に、してんのか……ッ」
「いやいや、褒めているのさ。期待以上だとね」
「ぅ゙、あ゙──!! ッぐ、ゔ……ん゙っ、ア゙ァ!」
ゆっくり律動を開始され、朱理は再び言葉を繋げなくなる。必死で息を吐きながら、神々廻の着物に縋り付く。
「案外、可愛い反応をするね。もう少し我慢すれば、きっと悦くなる筈だよ」
本当かよ、と言ってやりたいが、そんな余裕は無い。
目一杯、神々廻の物に拡げられた後孔は、漸く慣れ始め、痛みも少し和らいできた。
朱理は初めて経験するその大きさに、嗚呼、馬並みとはこういう事なのか、とぼんやり思う。妹尾が失神するのも無理はない、と納得した。自分とて、未だ目の奥がちかちかと瞬いて、意識は昏倒寸前である。
慣れてきた事を敏感に察した神々廻が、ずず、と腰を進め、内臓が押し潰される様な圧に、朱理の思考は掻き消された。
「ああ゙ッ!! ゔぁっ! ぃッ……ゃ゙、め……待っ……ん゙ン゙ン゙──!!!!」
反射的に神々廻の胸を押して抵抗するものの、がっちりと腰を掴まれた状態では逃れられる訳もなく、そのまま根元まで挿入される。
「はァ……やっと全部挿入った。凄くイイよ。熱くて狭くて、最高だ」
「ハッ……ハァッ……ぁ゙、ぐッ……ゔぅ……」
余程、興奮しているのか、神々廻の目元は上気し、唇は加虐的な弧を描いている。その顔に当てられ、ぞわりと欲情した。
苦しい中にも、僅かずつ快楽を見出し始めている。ほとほと呆れた身体だ、と我ながら嘆息しつつ、朱理もまた、微かに口角を上げたのだった。
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