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第二章
第二十五夜 【御遊戯會】
しおりを挟む16時半過ぎ。
「ポン」
「うわ、やべぇ。朱理テンパったんじゃねぇの」
「さーあ? 良いから早く捨てろよ、荘紫」
朱理は控え所の炬燵を囲んで、麻雀としけこんでいた。
16時に昼見世を終えて見世へ戻り、座敷衣装を脱いでから18時までは自由時間である。
女性と違って化粧をしないぶん、支度も最低10分あれば整う。その為、毎日どう暇を潰すかが、此処の娼妓の最重要課題なのだ。
卓を囲む面子は、朱理、荘紫、冠次、一茶だ。ソファでは、棕櫚がタブレットで何やら鑑賞中である。
現在、東一局で親は朱理だ。
「鳴きの朱理は健在だね。うっかり振り込まない様にしないと」
「此奴、引きがクソ強い上に顔に出さねぇからな。捨て牌も滅茶苦茶だし、待ちが全然分かんねぇから厭なんだよ」
「仕方ねぇだろー。俺、流れとか読めねぇし、役名だって殆ど覚えてねーもん」
「正に本能で打ってるよね。それで二着、三着キープするんだから、本当に凄いよね、朱理は」
「馬鹿言え、一茶。油断したら此奴、あっさり一着取ってくじゃねーか」
荘紫が厭そうに牌を切りながら一茶を睨む。
「そのくせ異常なギャンブル嫌いって、勿体ねぇよな。リーチ」
「良いじゃん。頭使うし面白いし、健全だろ」
冠次が牌を捨て、立直棒を場に置いた直後、牌を取った朱理が静かに手牌を倒した。
「ツモ。悪ぃな、冠次」
「…………」
「はー!? 上がるの早すぎだろ! お前だけ運ゲーじゃねぇか!」
「あはは。大丈夫、大丈夫。安い安い」
へらへらと笑う朱理の手牌を見た荘紫は、見世中に響き渡りそうな絶叫を上げた。
「なにが安いだ大嘘つきぃ!!!! 役満じゃねぇかぁ!!!!!!」
「大三元とか、怖。ツモでまだ良かったわ。振り込んでたら飛んでたぞ」
「1万6000オール。流石は朱理だね。何でも出来るんだから、本当に凄い子だよー」
「たまたまだよ、あにぃ」
「また朱理が親かよぉ……。超イヤなんだけどー……」
各自、点棒を渡しつつ、荘紫は苦い顔で朱理を見遣った。
卓上の牌を混ぜながら、冠次が気怠げな声を上げる。
「あー、自動卓欲しいな。手積み面倒くせぇわ」
「分かる。皆で割り勘して買うか?」
「えー、俺は手積み好きだけどな。なんか麻雀してるって気分になる。このジャラジャラやる音とかさ」
「そうだね、風情があるよね」
「いや風情って……。相変わらず、一茶はちょっとズレてんだよな……。まぁ、なんだかんだ皆、牌もマットも持ってるから、何処ででも出来る利点はあるけどさ」
牌を積みながら一茶を見遣り、苦笑する荘紫。
「ただ夜中にやってると、遣手と下手どもが五月蝿いって喚くんだよな。鬱陶しい」
「あー、あったなー。俺がまだ二階に居た頃、遣手が冠次の部屋の襖蹴破って怒鳴り込んで来たこと」
「あれの修理費、俺の揚代から引かれたんだぜ。理不尽だろ」
「でも楽しかったよなー。客が寝てから、こっそり抜け出して打つ麻雀。スリルあったわー」
「何やってんだ、お前ら……。仕事しろよ……」
「うんうん、懐かしいねぇ。此処って壁と床は防音だけど、襖だけは紙だから、どうしても音漏れしちゃうもんねぇ。リーチ」
「えっ!? あにぃ早くない!?」
「あー、もうヤダ。俺、ヤキトリになる気しかしねぇわ」
二巡目にして一茶がリーチを掛けた。勿論、待ちなど誰も分かる筈が無く、荘紫は諦めたように項垂れる。
そんな荘紫を他所に、朱理は話を戻した。
「でも、確かに自動卓は有りだよね。あったら絶対使う、毎日」
「だろ? なぁ、棕櫚」
「……なんで俺に振るのかなぁ、冠次くん?」
「お前も使うだろ」
「そりゃまぁ……ってお前、絶対俺に買わせる気だよね」
「だって太夫だし。なぁ?」
冠次の問い掛けに、卓を囲む全員が首を縦に振る。
「おじさん、全員一致の財布扱いに吃驚しちゃったよ……。待って、それで言うなら朱理だって太夫だよね」
「俺、まだビギナー太夫だから」
「なに、ビギナー太夫って……。もー、皆で出し合えば良いじゃん。そしたら俺だって出すよぉ」
「ま、そうだよなー。幾らくらいで買えんだろ」
「棕櫚、ググれ」
「冠次ってさ、俺の扱い雑だよね、最近」
「後は鶴城と陸奥さんと、誰かやりそうな奴いる?」
「うーん、楼主辺りは喜びそうだけど」
と、一茶の言葉に朱理が目を輝かせて叫んだ。
「そうだ! それだ! オーナーに買ってもらえば良いんじゃね⁉︎ お正月ボーナスとか、クリスマスプレゼントとか、適当に理由こじつけてさぁ!」
「朱理よぉ……そのイベント、終わってまだ4ヶ月くらいしか経ってねーぞ……。まぁ、ダメ元で言うだけ言ってみようぜ。割り勘仲間くらいには、なってくれるかもしんねぇしな」
苦笑を漏らす荘紫の後ろから、商品を検索していた棕櫚が唸り声を上げる。
「んー……値段ピンキリだなぁ。安けりゃ1万前後だし、高いのだと70万とか」
「70万!? なにそれ!? ピンからキリまでの差が酷ぇよ!」
憤慨する朱理の横で、一茶は冷静に指折り数えながら計算している。
「70だとしたら、楼主抜きにして7人で1人10万か。まぁ、買えなくはないよね」
「お前たち、これを強請ろうとしてたんだよね、俺に」
「別に使えりゃ、高いやつじゃなくても良いんじゃねぇの。つか、棕櫚なら70万でも余裕で買えるだろ」
「いや、冠次も買えるでしょ」
「でもさ、どうせなら良い品の方が持ちそうだし、便利そうじゃない?」
「まぁなぁ。よく壊れるって聞くし──」
「あ」
そんな話をしながら朱理が牌を切った時、一茶が小さく声をあげた。
「あ、あにぃ……まさか……?」
「うーん、あはは」
どう見ても朱理の捨て牌が当たりだった様で、一茶は困った様に笑っている。参加していない棕櫚が一茶の手牌を覗き込むと、朱理に憐憫の眼差しを向けた。
事態を察した朱理は、泣きそうな顔で一茶を見つめた。
「えぇー! やだやだ! その顔、絶対吹っ飛ぶやつだろ! 見逃してぇー!!」
「おいおい、そりゃ無理だろ……。って言うかお前、さっき上がったからハコるこたぁ無いと思うぞ、多分」
「厭だよ怖い! あにぃ、お願い! 好きなだけ膝枕させてあげるからぁー!」
「えっ、ほんと? じゃあ流して良いよー」
「やった!! あにぃ好きー!」
「嘘だろまじか!! お前それ、一生上がれねぇぞ!?」
「あはは、膝枕には抗えないよねー。ツモか、次局で朱理以外に当てるから、問題無いさ」
「一茶……相変わらずの猫可愛がりだな……」
「出た出た、朱理ルール」
朗らかに怖い事を言う一茶に、顔を引き攣らせる荘紫。慣れた様子で再び牌を取り始める冠次らを見ながら、棕櫚はぽつりと朱理へ問い掛けた。
「それ、狡くない?」
「だって振り込みたくないもん」
「そんな事言い出したらもう麻雀じゃねぇよ!」
「お前もいい加減慣れろよ、荘紫。朱理飛ばしたら最低3日は無視されるぞ」
「ぅぐッ……」
「そうだよー。無益なゲームに勝つ事より、如何に振り込ませて好条件を引き出すかの心理戦だよー。頑張って、荘紫」
「俺は点棒がいっぱいあれば、それで満足」
「……うん……皆が楽しいなら、良いや……」
何事にも全力で数字を取りに行く朱理と、それを逆手に取って甘い蜜を吸おうと画策する上手陣。
棕櫚の中で、麻雀とは何たるかが崩壊したのであった。
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