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第七章 ストレス発散のつもりが

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 中学高校時代は上下関係の厳しい公式テニス部に所属して毎日運動していました。
 だから僕は一週間身体を動かさないと調子が悪くなります。

 とはいえ、公式戦では三回戦にすら進めたことがないし、買ったばかりのG-Shockの時計を先輩に貸したきり紛失されたり、部活自体にあまりいい思い出はありません。
 極めつけはOBとして参加した夏合宿でのことです。
 恒例の夜の肝試しの途中、(後輩を驚かせるため)森の中に隠れて前を通る新入部員の口にハバネロソースを塗って回っていたら、ゴールである合宿所が大混乱となり、その晩は散々説教をされ、遂には退部通告を受けたのです。
 悪気がなかったとはいえ、その時のことは反省していますし、迷惑をかけた方にはこの場を借りてお詫びをしたいです。
 本当にすみませんでした。

 そんな黒歴史があっても、「スポーツやるの?」と聞かれた時には、「テニスやってました」と答えていたので、ウィーン留学中にも何度か練習に誘ってもらう機会はありました。
 ところがある日練習に参加した帰り、電車の中に友だちに借りていたラケットを忘れてしまい、それ以降テニスは断念しました。

 また、欧米風の通学を夢見て日本から持ってきたローラーブレードも、インラインホッケーに誘われて参加した帰り、同じく電車の中に忘れてきてしまいました。

 これはいかん、と特別な装備の要らないランニングを始めました。
 大学も卒業が近づくにつれ授業がほとんどなくなり自習ばかりになるため、ストレス発散のためにも定期的に走りました。

 僕は夜にドナウ川沿いを走るのが好きでした。
 しかし再び事件が起こります。ある晩、ジョギングを終えて家に帰ると、鍵がないことに気づきます。
 これではドアが開かず自分の家にも入ることができません。
 ポケットに入れていた鍵をどこかに落としてしまったのです。
 ランニング後で疲れ切っていた僕は愕然としましたが、幸運なことに同居人がまだ起きていたので冬の野宿は避けられました。
 しかし、ポケットから落ちた鍵は当然ながら弁償させられました。

 さらに不幸は続きます。
 これはウィーンから引っ越した後の話なのですが、ウィーンのマラソン大会に出ることになった時、前日入りをしなくてはならなかったのでホテルを取りました。
 次の日、無事にフルマラソンを走り切った僕は、ボロボロになってホテルに辿り着き、チェックアウトをしようとしました。
 しかし、規定のチェックアウト時間である午前十時を過ぎていたので当然のことながらレイトチェックアウト制度が発動し、一泊してないのに二泊分の料金を払うことになってしまいます。
 ちなみに、マラソンの方も不幸なことに中盤から雨が降り出したので、目標だった四時間の壁も超えることができませんでした。

 そもそも入学当時「オーストリアの大学でも部活はあるかな?」と探してもみたのですが、そういった類のものは見つからず、代わりに、大学が学生に格安であらゆるスポーツコースを提供しているのを知りました。
 キックボクシングや合気道など、前々からやってみたかったスポーツを片端から試し、仕舞にはエアロビやラテン系ダンスエクササイズのズンバといった女子しかいないコースにも健康のために参加しました。


 僕はオーストリアのインスブルックという町が大好きです。
 しかし、渡欧前はこの町の存在自体知りませんでした。
 それがなぜこの町を推すようになったのか。
 それは、片端から参加しただけのエアロビのコースで出会った女の子がきっかけです。
 偶然帰る方向が一緒で、乗り合わせたトラムの席で彼女が前に座り話しかけてくれたのです。
 僕が日本人だから近づいてきてくれる親日家のオーストリア人は多いですが、国籍に関係なく話しかけてくれたのが嬉しくて、それからは毎週一緒に帰ることになりました。インスブルックに彼女を訪ねにも行きました。

 その学期最後のエアロビが終わり、僕たちは帰路につきます。
 そして、彼女の降りる駅に着きました。意を決した僕は、実際にどんな言葉だったかは覚えていませんが、彼女の目を見て告白しました。
 しかしその女の子は「ごめんね、私、今学期でインスブルックに帰るの」と言ってトラムを降りていきました。

 そう、前章で触れた「ウィーンは人が多いから、静かなインスブルックに帰るわ」と言って転校していった女の子こそ、彼女なのです。
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