スノードロップに触れられない

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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5章【突発的に輝かれても、静観的に】

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 矢車は『パーソナルスペース? そんな言葉、知らないです』と言いたげに、松葉瀬と距離を詰める。


「この表、頑張って作ってみたんですけどぉ……よく分からないところがあってぇ……?」
「近いよ、矢車君」
「やんっ。……いきなり耳元で囁いちゃダメですよぉ、センパイ」
「あははっ、ごめんね」


 内心で『クソビッチが』と罵りつつ、松葉瀬は矢車が持ってきた書類に目を通す。

 と言っても、表に打ち込まれた数式は紙を見たって分からない。


(何のつもりだ、このクソガキ……?)


 そう訝しんでいると。

 カサリ、と……書類以外の紙が、手に触れた。


(……普段、仕事の質問なんて俺にしてこねェクセに)


 書類はブラフだと、松葉瀬は気付く。

 触れたメモ紙をそっと受け取った後、松葉瀬は笑顔で矢車を見上げた。


「紙だとよく分からないから、後でデータを添付してメールで送ってくれないかな?」
「助かりますぅ! もう、何回やってもエラーしか出なくてぇ」
「あははっ。数式を打ち込むのって、難しいよね」


 会話を早々に終わらせ、松葉瀬はすぐさまメモ紙に視線を落とす。

 カサリと音を立てたメモには、短く……こんな一文が、書かれている。


『焼き肉でいいですよ』


 もう一度、矢車を見上げた。

 けれど矢車は、ニコニコと笑みを浮かべているだけ。

 メモ紙に書かれたことへは、一切触れない。


「どうかしましたかぁ?」
「いや」


 こちらだけ動揺するのは、面白くない……というのが、松葉瀬の本心。


「メール、早く送ってね」
「ふふっ、はぁい」


 クルリと、矢車は踵を返す。

 ヒョコヒョコと揺れる髪を眺めた後、松葉瀬はもう一度、メモ紙に視線を落とした。


(ふざけやがって……)


 松葉瀬が矢車を気にしていたことを。

 矢車本人は、気付いていたのかもしれない。

 そう思うと、尚更面白くなかった。


(可愛くない奴だな。……って、そんなのは随分と前からか)


 メモ紙を折りたたみ、後で処分しようとしていた書類の間に挟む。

 そしてパソコンに視線を向けると、一通のメールが届いていた。

 差出人は勿論……矢車だ。

 送られてきたデータを開き、松葉瀬は眉間に皺を寄せた。


(アイツ……数式、滅茶苦茶にぶち壊してるじゃねェか……ッ)


 それはわざとなのか、それとも、本気で取り組んでこうなったのか。真相は分からない。

 普段の松葉瀬なら、きっと……矢車の仕事なら無視していただろう。

 しかし、松葉瀬は腕まくりをした。


(まぁ、今は余裕があるからな……)


 急ぎの案件は、なし。

 なので松葉瀬は、矢車から送られてきた悲惨すぎるデータの修正に取り掛かることとした。




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