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2章【主体的には動かない、諧謔的なオメガ】
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しおりを挟む背後から聞こえた、笑い声。
その声の主に、松葉瀬は心当たりしかなかった。
「センパァイ? 事務所に一人っきりだからって油断してるとぉ、誰かに見つかっちゃいますよぉ?」
「ド低能ヤローが……ッ」
当然、声の主は矢車だ。
矢車は松葉瀬が座るデスクに近寄り、椅子の隣に立つ。
「それにしても……くふふっ。さっきの猫かぶりスマイル……最高に面白かったです! センパイ、芸人の素質あるかもですよぉ? あぁ、この人内心では絶対はらわた煮えくりかえってるんだろうなぁって思ったら、もう可笑しくて可笑しくて……!」
「ザコ後輩風情が、誰のせいだと思ってんだ……ッ」
隣に立つ矢車が、不意にしゃがみ込む。
そしてそのまま、矢車は松葉瀬が落とした書類を拾う。
「だから戻ってきたんじゃないですかぁ。ボクって、こう見えてセンパイ想いのステキな後輩なんですよぉ?」
「ぶち刻まれたくねェんならサッサと帰れ。もしくは今すぐ死ね」
手渡された書類を、松葉瀬は奪い取る。
もう一度パソコンに向き合い、データのチェックを再開した。
だというのに、矢車は帰ろうとしない。
「センパイって、本当にカワイソウですねぇ? 後輩がオメガだから、仕事をこんな風に押しつけられちゃって」
矢車の言葉に。
一瞬だけ、書類とデータを照らし合わせる松葉瀬の目が、止まった。
「寝言は寝てから言えよ、ボケ」
が、すぐにまた松葉瀬の目は動き始める。
「テメェが不出来な後輩なのは事実だが、それはオメガだからじゃねェ。シンプルに、テメェ自身の努力不足だ」
「えぇ~……何ですかソレ。慰めになってな――」
「それとな」
矢車の声を遮り。
「俺に仕事を押しつけてきたのは係長だ。お前じゃねェだろ」
松葉瀬は、データとの照合を終えた書類の束を、矢車に突き出した。
矢車の目が、驚いたように丸くなる。
「……センパイって、ほんと……」
突き出された書類を受け取り、矢車はポツリと呟く。
「……最高に、カッコ悪いですね」
「上司に逆らわねェのとカッコ悪いのとはイコールにならねェだろ、クソが。義務教育からやり直してこい」
データをパソコン上で保存し、松葉瀬は帰り支度を始める。
「その書類のデータ、今メールで送った。明日、確認しとけ」
「はぁい」
松葉瀬から返された書類を、矢車は自分のデスクに置いた。
そしてすぐに、矢車は松葉瀬のもとへ戻る。
「センパイ、センパイ。今晩、うち……来ますか?」
「その後帰るのだりィから、テメェがうちに来い」
「ひどいなぁ……」
パソコンの電源を落とし、松葉瀬は鞄を手にとった。
「先輩想いの素敵な後輩……なんだろ? だったら、礼は体で払えや」
矢車の返事も待たず、松葉瀬はそれだけ言い、歩き出す。
「……ヤッパリ、センパイってカッコ悪ぅい」
後ろで矢車が悪態を吐いたのには、気付かないふりをして。
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