443 / 466
最終章【地獄への道は善意で舗装されている】
4
しおりを挟む思い出すと同時に、山吹は深く考えずに口を開いた。
「白菊さん、覚えていますか? ボクたち、付き合ってから初めてのデートでホテルに行ったじゃないですか」
「あぁ、忘れるわけがない。確かに行ったな」
「そこで白菊さん、ボクに体当たりみたいなキスをしてくれたじゃないですか。……体当たりより、突進? みたいな、そんなキス」
「うっ。……あ、あぁ。確かに、した、な。覚えているぞ、鮮明に」
「──実はあれ、ボクのファーストキスだったんですよ」
ピクリと、山吹を抱き締める桃枝の腕が震える。
その、ほんの少し後で──。
「──なんで言わないんだよッ!」
「──わっ、ビックリしたっ! いきなり頭の近くで怒鳴らないでくださいよっ」
山吹はガシッと、それはそれは力強く、桃枝に肩を掴まれた。
強引に椅子ごと向きを変えられ、山吹は望む望まない関係なく桃枝の方を振り返る。
視線の先に在る桃枝の目は、マジだ。本気で、伝えてくれなかった事実を憂いている様子だった。
まさかそんな反応が返ってくるとは思っていなかった山吹は、オロオロと狼狽えながら【理由】を口にする。
「だって、あの頃はまだ白菊さんとのお付き合いを【仮】だと思い込んでいたからっ。『ボクの初めてを奪った』って知ったら、白菊さんがいつかボクを好きじゃなくなったときにその事実が引っかかって、ボクのことを捨てられなくなるかなって……」
「なんでお前の善意はそんなに険しいんだよ……!」
事実を隠されていたのがよほどショックなのか、桃枝の表情は未だに険しい。喜んではいる様子だが、知らされなかったことがなによりもショックなようだ。
複雑な心境を抱いている桃枝を見上げたまま、山吹は投げられた単語に対して淡々と答える。
「善意なんて、結局は地獄へ進む道に敷き詰められているものですよ。いいことばかりじゃないんです」
「確かにそうだな。現にお前は、ファーストキスの相手が俺だって教えてくれなかったからな。善意ってのはいいことばかりじゃねぇな」
「えっ、そんなに怒りますっ?」
「怒ってはいない。悲しいだけだ」
そんな顔には見えないのだが。この言葉を呑み込んだ自分を褒めたいと、山吹は心から思う。
桃枝は肩を掴んでいた手を動かし、山吹の両頬を軽く引っ張る。
「お仕置きだ」
「あうっ。嫌いじゃないぃ~……」
頬をムニムニと優しく引っ張られながら、山吹は口角を上げてしまう。
こんなやり取りができるようになるなんて、本当に自分たちは変わった。二人は口に出さないまま、お互いにそんなことを思う。
「次から、そういう類の隠し事はやめてくれ。悲しい」
「分かりました。白菊さんも、ボクを喜ばせちゃうような隠し事はナシですよ?」
「……サプライズをしてお前を喜ばせるのは、駄目か?」
「っ。……ダ、ダメじゃ、ないです。ボクも、そういう隠し事はしたいなって思っちゃいましたから……」
紆余曲折あり、周りから見ると滑稽なほど遠回りをし、自分たちで進む道を複雑にしていたような恋愛模様。
それでも、きっと。誰かに見られたのなら、二人は見せつけるのだろう。
桃枝は、普段と変わらない仏頂面で。
山吹は、どこか勝ち誇ったかのような笑みを浮かべて。
「そうか。お前は今日も可愛いな。好きだぞ」
「頬を撫で回しながら口説かないでくださいよ、まったくもう。……ボクも、白菊さんが大好きですけどねっ」
善意によって舗装された道の先にある【地獄】を。
──そこよりもさらに奥の【天国】が、ここなのだと。
二人はきっと、互いを抱き締め合いながら見せつけるのだ。
最終章【地獄への道は善意で舗装されている】 了
20
お気に入りに追加
80
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる