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最終章【地獄への道は善意で舗装されている】

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 思い出すと同時に、山吹は深く考えずに口を開いた。


「白菊さん、覚えていますか? ボクたち、付き合ってから初めてのデートでホテルに行ったじゃないですか」
「あぁ、忘れるわけがない。確かに行ったな」

「そこで白菊さん、ボクに体当たりみたいなキスをしてくれたじゃないですか。……体当たりより、突進? みたいな、そんなキス」
「うっ。……あ、あぁ。確かに、した、な。覚えているぞ、鮮明に」

「──実はあれ、ボクのファーストキスだったんですよ」


 ピクリと、山吹を抱き締める桃枝の腕が震える。

 その、ほんの少し後で──。


「──なんで言わないんだよッ!」
「──わっ、ビックリしたっ! いきなり頭の近くで怒鳴らないでくださいよっ」


 山吹はガシッと、それはそれは力強く、桃枝に肩を掴まれた。

 強引に椅子ごと向きを変えられ、山吹は望む望まない関係なく桃枝の方を振り返る。
 視線の先に在る桃枝の目は、マジだ。本気で、伝えてくれなかった事実を憂いている様子だった。

 まさかそんな反応が返ってくるとは思っていなかった山吹は、オロオロと狼狽えながら【理由】を口にする。


「だって、あの頃はまだ白菊さんとのお付き合いを【仮】だと思い込んでいたからっ。『ボクの初めてを奪った』って知ったら、白菊さんがいつかボクを好きじゃなくなったときにその事実が引っかかって、ボクのことを捨てられなくなるかなって……」

「なんでお前の善意はそんなに険しいんだよ……!」


 事実を隠されていたのがよほどショックなのか、桃枝の表情は未だに険しい。喜んではいる様子だが、知らされなかったことがなによりもショックなようだ。

 複雑な心境を抱いている桃枝を見上げたまま、山吹は投げられた単語に対して淡々と答える。


「善意なんて、結局は地獄へ進む道に敷き詰められているものですよ。いいことばかりじゃないんです」
「確かにそうだな。現にお前は、ファーストキスの相手が俺だって教えてくれなかったからな。善意ってのはいいことばかりじゃねぇな」

「えっ、そんなに怒りますっ?」
「怒ってはいない。悲しいだけだ」


 そんな顔には見えないのだが。この言葉を呑み込んだ自分を褒めたいと、山吹は心から思う。

 桃枝は肩を掴んでいた手を動かし、山吹の両頬を軽く引っ張る。


「お仕置きだ」
「あうっ。嫌いじゃないぃ~……」


 頬をムニムニと優しく引っ張られながら、山吹は口角を上げてしまう。

 こんなやり取りができるようになるなんて、本当に自分たちは変わった。二人は口に出さないまま、お互いにそんなことを思う。


「次から、そういう類の隠し事はやめてくれ。悲しい」
「分かりました。白菊さんも、ボクを喜ばせちゃうような隠し事はナシですよ?」

「……サプライズをしてお前を喜ばせるのは、駄目か?」
「っ。……ダ、ダメじゃ、ないです。ボクも、そういう隠し事はしたいなって思っちゃいましたから……」


 紆余曲折あり、周りから見ると滑稽なほど遠回りをし、自分たちで進む道を複雑にしていたような恋愛模様。
 それでも、きっと。誰かに見られたのなら、二人は見せつけるのだろう。

 桃枝は、普段と変わらない仏頂面で。
 山吹は、どこか勝ち誇ったかのような笑みを浮かべて。


「そうか。お前は今日も可愛いな。好きだぞ」
「頬を撫で回しながら口説かないでくださいよ、まったくもう。……ボクも、白菊さんが大好きですけどねっ」


 善意によって舗装された道の先にある【地獄】を。

 ──そこよりもさらに奥の【天国】が、ここなのだと。

 二人はきっと、互いを抱き締め合いながら見せつけるのだ。




最終章【地獄への道は善意で舗装されている】 了




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