上 下
416 / 466
13章【雨垂れ石を穿つ】

2

しおりを挟む



 宙ぶらりんになった山吹の手を避けた後、桃枝は強張った表情で山吹を見る。


「いっ、いきっ、いきなりっ、触るのは……きっ、緊張するだろうが……ッ」


 いつもの、桃枝だ。普段と変わらない反応を見せながら、桃枝は山吹を見ている。
 山吹は手を下げて、堪らずそのまま、視線も下げてしまった。


「嫌われたのかと、思っちゃいました。……白菊さんに避けられるの、イヤです」


 山吹は、内心で『どうしよう』と焦ってしまう。

 桃枝がそんなこと、するわけない。分かっているのにふと、山吹は『嫌われたのかもしれない』と思ってしまったのだ。

 俯いた山吹を見て、桃枝は手を伸ばす。……が、ここはスーパーだ。すぐに桃枝は手を引っ込め、そのまま自らの後頭部を掻いた。


「俺がお前を嫌うわけねぇだろ、馬鹿」
「すみ、ません……」
「……悪い。俺の方が馬鹿野郎だったな」
「いえ、そんなことは……」


 山吹は視線を落としたまま、言葉を探す。


「え、っと。……襟に、ゴミが付いています。取っても、いいですか?」
「あぁ、頼む。ありがとな」


 今度は、手を伸ばせた。桃枝に、触れられる。山吹は桃枝の襟に付いていた小さなゴミを取り、ニコリと笑う。


「あははっ、スミマセン。最初からこうして一言、断りを入れないとビックリしちゃいますよね」
「いや、俺が過剰すぎるだけだ。悪かったな、妙な気を遣わせて」

「いえいえっ。お外で見る課長の狼狽えっぷりも、なかなか好ましいものですよ~っ?」
「揶揄うなよ」


 桃枝の表情は依然として険しいままだが、だからと言って山吹が落ち込んでいては空気が重たいままだ。


「もう気にしていませんから、そんな顔しないでください。言っておきますけど、これはウソでも見栄でもありませんからね? それと、ずっと気にされるのでしたら今日のご飯は抜きですよっ」
「……それは、困るな。分かった、普段通りにする」

「まぁ、白菊さんは普段から怖いお顔をしていますけどねっ」
「ここがスーパーでさえなければ、お前の頬を引っ張ったんだがな」


 どうやら、いつも通りに戻れたらしい。明るく笑う山吹を見て、ようやく桃枝も気持ちを切り替えてくれたようだ。山吹はホッとした後で再度、笑みを浮かべる。


「買い物カゴ、貸せ。俺が持つ」
「白菊さんはお米を持ってくれるじゃないですか。一人だけに荷物を持たせると、ボクがカッコ悪く見えちゃいます」

「いや、お前は──」
「カワイイのは知ってまぁ~す」


 桃枝は不服そうにムッとしたが、山吹がカゴを渡す気がないと分かり、渋々引いた。……本当に、渋々と。

 優しい桃枝を見て、山吹はつい笑ってしまう。そんな山吹を見て、桃枝もどこか嬉しそうに口角を上げている。

 ……山吹は最近、いつもいつも思っていた。『自分はとても幸せで、贅沢者で、嬉しい日々を過ごしている』と。

 だが、そんな喜ばしい気持ちが強くなっていく度にもうひとつ、強まる感情があった。心の中に明るい光が差し込むと同時に、暗い影が色濃く生まれていくのだ。


「……山吹? どうした?」
「いえ、なんでもありませんっ」


 その感情は、不意に。唐突に、山吹の前だけに姿を見せる。

 その感情の名は──。


「今、ボクはとっても幸せだなって。そう、再認識しただけですよ」


 ──【不安】だ。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...