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12.5章【ロバにスポンジケーキ】

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 そんなつもりではなかったが、これはこれで。現金な山吹は、なんだかんだとこの状況を楽しみ始めた。


「それにしても、珍しいな。お前がベッド以外で、俺にこうしてほしがるなんて」


 それはそうだ。そんなつもりで言ったわけではないのだから。

 しかし、桃枝にそんな反論をしてみろ。桃枝は自らの勘違いに気付き、おそらく一週間は引きずるだろう。

 それはそれで面白いかもしれないが、元はと言えば主語を抜いた山吹が悪い。ゆえに山吹は、桃枝が考えている方向に全力で乗っかることにした。


「洗い物をする前に、エネルギーチャージです。だから、もっと強く抱いてくださいね?」
「んッ、そ、そうか。それは、なかなか責任重大だな……」


 と言いながら、抱擁を送る腕に力が籠る。おねだりを叶えてくれたようだ。

 前には大切なシロがいて、後ろには大好きな桃枝がいる。幸せな空間に思わず、山吹の頬は緩んでしまった。

 そんな山吹を見ているのか、たまたまか。桃枝の声音がふと、柔らかくなった。


「俺はこういう、キャラクターもの? には、あまり関心も興味もなかったんだけどな」


 ちょい、と。山吹を抱いている桃枝の手が、山吹の後れ毛に触れた。


「お前と一緒だってこともあってか、存外悪くないな、とは思う。癒されるし、和むな」


 手が、後れ毛を撫でる。そのまま桃枝は、山吹の顎に指を添えた。


「好きだぞ、緋花」


 愛を囁く桃枝は、瞳を細めて笑っている。珍しい表情と贈られた言葉に、山吹の頬は瞬時に赤くなった。


「いっ、いきなり、なんですかっ。そんなこと言っても、シロは渡しませんからねっ」
「あぁ、ソイツ単体にはさほど興味はないからな。お前とセットだから、俺は癒されてるんだよ」

「もっ、もうっ! 今はそういうの禁止ですっ! 後で言ってくださいっ!」
「そうか、言われるのは嫌じゃないが今ではないんだな。なら、また後で」


 なぜか【後で口説く宣言】をされてしまったではないか。これでは、恋愛耐性の無い山吹は『いつ口説かれるのだろうか』と、気が気ではなくなってしまう。

 桃枝は言われた通り、すんなりと引いた。顎から桃枝の冷えた手が離れ、山吹は安堵と物足りなさを抱いてしまう。


「白菊さん……」


 どちらかと言わずとも、強いのは【物足りなさ】で。だから山吹の声には、そんな色が滲んでしまう。

 そろっと桃枝を振り返り、山吹は揺れる瞳を向ける。桃枝はその顔を見て一度だけ驚き、そして、顔を……。


「──あぁ、分かるぞ。そろそろ食器を洗いたいんだろ?」
「──えっ?」


 コクリと、縦に頷かせた。

 桃枝は山吹を抱擁から解放し、どこか誇らし気な顔をしている。『どうだ、俺だって察することができるんだぞ』と言いたげだ。

 無論、違う。山吹が言いたかったのは、そういうことではなかった。
 だから山吹は、シロを抱く手をプルプルと震わせて……。


「全然違いますよ。課長のイジワル、鈍感、バカ、あんぽんたん……」
「なんで俺は可愛く罵られているんだ?」


 思わず、八つ当たりをしてしまった。それはそれで『可愛い』として受け止めた桃枝には、ノーダメージだったが。




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