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11章【喉元過ぎれば熱さを忘れる】
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しおりを挟む同棲の誘いを受けてから、数日。
山吹が使っていたアパートの片付けは、意外にも早く終わった。もともと物が少なかったからだろう。断じて、浮かれまくって猛スピードで終わらせようと奮闘したわけではない。断じて。
諸々の手続きを桃枝と終えて、引っ越しを完了させた後。住所が変わったことを同じ管理課の担当職員に伝えたら、それはそれは大袈裟なほど強く驚かれた。
そして予想通りのような、想定外のような。当日中には社内がお祭り騒ぎするほどのビッグニュースとなって、山吹たちの同棲話は広まった。
だが、当の本人──桃枝はと言うと。
『就業時間中にそんな無駄話をしている暇があるなら、自己研鑽でもしろ』
要約すると『羨むのは勝手だが、せめて勤務時間外にしてくれ』と伝えたのだが、当然ながら伝わらず。
ならばと、山吹が標的になるも。
『仕事に集中しないと、課長にチクッちゃいますよ?』
と、本命の余裕じみたものを晒して『幸せいっぱいですっ』とアピールするものだから、本人たちへの直接的被害は少なかったとか。
生活の拠点が変わったのだから、山吹の日常は当然変わった。すると自動的に、同棲相手である桃枝の生活も変わる。
例えば、仕事の面。朝だけは桃枝の車で一緒に通勤し、どうしても合わない退勤時間だけ山吹は電車で帰るようになった。
依然として電車が苦手な山吹を桃枝は心配したが、山吹は決して折れない。熱い眼差しで『克服したいんです』と強く主張すれば、折れるのは桃枝だった。
大なり小なり問題を抱えつつも、無事に同棲がスタート。そして……。
「──おかえりなさい、白菊さんっ」
本日、同棲して初めての出勤日を終えて。先に帰っていた山吹が玄関扉の向こうで、桃枝を出迎えた。
愛する山吹から眩い笑顔と挨拶を送られ、桃枝の表情は自然と和らぐ。
「出迎え、ありがとな。思っていたよりも嬉しいもんだ。……おっと、言い忘れてた。ただいま、緋花」
「あっ、えと、はい……っ」
帰宅早々、頭を撫でてもらえた。『同棲万歳』と、山吹は単純思考が導くままに胸の中で叫ぶ。
「えっと、ホントは『ご飯かお風呂かボクか』っていう定番ネタでお出迎えしようと思っていたのですが、それよりも……おかえりなさいの、キス。してもいい、ですか? したい、です」
「んんッ! ……あ、あぁ。よろしく、頼む……ッ」
突然、桃枝が胸の辺りを強く押さえたものの。とりあえず、キスの了承は得られた。山吹は桃枝に近寄り、背伸びをして、唇にキスをする。
「へへっ。ヤッパリ、ちょっと照れちゃいますね」
照れ笑いをしながらも、幸福そう。モジモジしつつも笑う山吹を見ていた桃枝が不意に、そっと屈んだ。
と同時に、今度は桃枝からキスをされた。全くのノーマークだったために、山吹はピシッと硬直してしまう。
「あー、その、あれだ。……ただいまのキス、ってことで」
照れくさそうに明後日の方を向く桃枝を見上げて、山吹はワナワナと体を震わせた。
それから……。
「──同棲って、すごいですね……!」
「──偶然にも、俺も今そう思っていたところだ」
目撃者が居たとしたら、きっと目撃者の方が恥ずかしくなってしまうほどに。二人は顔を赤らめながら強く強く、幸福を噛み締めた。
11章【喉元過ぎれば熱さを忘れる】 了
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