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11章【喉元過ぎれば熱さを忘れる】

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 モフモフな毛もなければ、耳や尻尾だってない。それなのに、今の山吹は桃枝のペットにでもなったような気分だ。

 赤くなった山吹が、黙ってしまった。内心で『モジモジして黙ってる山吹も可愛いな』と思いながらも、桃枝は会話を続行する。


「ちなみに俺は、猫より犬派だ。なのに、実家の犬は懐いてくれねぇんだよな……」
「ボクが懐いているんだからいいじゃないですか」

「それもそうだな。よしよし」
「ボクもツッコミ待ちだったのですが、イヤな気が全くしないので不問とします。……ふふっ」


 またしても、犬のように撫でられてしまった。それでも全く不快ではないので、山吹は素直に撫でられ続ける。


「お望みとあれば今度、動物の耳を付けてあげましょうか? ニャンニャンしますし、ワンワンもしますよ」
「だったら俺はお前にウサ耳を付けてもらいてぇんだが」
「別の派閥が現れましたね。あと、課長ってヤッパリ意外とオジサンっぽい──……いえ、なんでもないです」
「聞こえてるぞ」


 今度は、グリグリと強い手つきで頭を撫でられた。それもほんのり嬉しいのだから、山吹は確かに犬っぽいのかもしれない。

 ありもしない尻尾を振りたくなってきたところで、山吹はふと気付く。


「だが、言い得て妙かもしれねぇな。お前は犬より兎っぽいかもな」


 桃枝の目が、やけに優しいことに。
 瞳を丸くさせた後で山吹は、向けられた眼差しの意味を知りたくなった。


「それこそ、どういう意味ですか? 性欲が強いって意味でしょうか?」


 これはまさか、そういう展開へと突入するのでは。淫らな期待を抱きつつ、しかし『それにしては眼差しがギラついていないな』と、違和感を抱く。

 頭を撫でていた桃枝の手が、するりと滑って、山吹の頬を撫でる。そして、桃枝は薄く口角を上げた。


「寂しいと死にそうだって意味だ」


 刹那。ドキッと、山吹の胸が切なく跳ねた。
 嗚呼、そういうことか、と。桃枝の眼差しが意味することを、山吹はようやく理解する。


「──もしかして、ボクを放っておいたことを気にしてますか?」


 理解すると同時に、山吹は訊ねた。
 すぐに、桃枝はほんのりと眉尻を下げて笑う。どうやら、正解らしい。


「悪かったな。初めから、仕事なんか持ち帰ってこなけりゃ良かった」


 なんて不器用な男だろうか。やけに頭を撫でたり顔に触れたりしてきたのは、そういうことだったのだ。さすがの山吹も、これにはため息を吐くしかない。


「それを言われると、むしろボクは『仕事があると知った上でお部屋に来てしまってごめんなさい』としか言えないですよ」
「それは、困るな。お前に謝られるのは本意じゃねぇ」
「ボクもです。課長の頑張り屋さんな面を謝られたくないです」


 しかし、きっと違う。今の桃枝が欲している言葉は──山吹が口にすべき言葉は、こういうことではない。

 桃枝はいつも、どうしてほしいと言っていたか。悩む必要もないほど、答えはハッキリしている。


「でも、それじゃあ……今からは、寂しくさせないでください」


 きちんと、甘えてほしいのだ。だから山吹は、近い距離をさらに縮めた。
 桃枝はいつも、山吹にそう望んでいるのだから。




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