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11章【喉元過ぎれば熱さを忘れる】
12
しおりを挟むモフモフな毛もなければ、耳や尻尾だってない。それなのに、今の山吹は桃枝のペットにでもなったような気分だ。
赤くなった山吹が、黙ってしまった。内心で『モジモジして黙ってる山吹も可愛いな』と思いながらも、桃枝は会話を続行する。
「ちなみに俺は、猫より犬派だ。なのに、実家の犬は懐いてくれねぇんだよな……」
「ボクが懐いているんだからいいじゃないですか」
「それもそうだな。よしよし」
「ボクもツッコミ待ちだったのですが、イヤな気が全くしないので不問とします。……ふふっ」
またしても、犬のように撫でられてしまった。それでも全く不快ではないので、山吹は素直に撫でられ続ける。
「お望みとあれば今度、動物の耳を付けてあげましょうか? ニャンニャンしますし、ワンワンもしますよ」
「だったら俺はお前にウサ耳を付けてもらいてぇんだが」
「別の派閥が現れましたね。あと、課長ってヤッパリ意外とオジサンっぽい──……いえ、なんでもないです」
「聞こえてるぞ」
今度は、グリグリと強い手つきで頭を撫でられた。それもほんのり嬉しいのだから、山吹は確かに犬っぽいのかもしれない。
ありもしない尻尾を振りたくなってきたところで、山吹はふと気付く。
「だが、言い得て妙かもしれねぇな。お前は犬より兎っぽいかもな」
桃枝の目が、やけに優しいことに。
瞳を丸くさせた後で山吹は、向けられた眼差しの意味を知りたくなった。
「それこそ、どういう意味ですか? 性欲が強いって意味でしょうか?」
これはまさか、そういう展開へと突入するのでは。淫らな期待を抱きつつ、しかし『それにしては眼差しがギラついていないな』と、違和感を抱く。
頭を撫でていた桃枝の手が、するりと滑って、山吹の頬を撫でる。そして、桃枝は薄く口角を上げた。
「寂しいと死にそうだって意味だ」
刹那。ドキッと、山吹の胸が切なく跳ねた。
嗚呼、そういうことか、と。桃枝の眼差しが意味することを、山吹はようやく理解する。
「──もしかして、ボクを放っておいたことを気にしてますか?」
理解すると同時に、山吹は訊ねた。
すぐに、桃枝はほんのりと眉尻を下げて笑う。どうやら、正解らしい。
「悪かったな。初めから、仕事なんか持ち帰ってこなけりゃ良かった」
なんて不器用な男だろうか。やけに頭を撫でたり顔に触れたりしてきたのは、そういうことだったのだ。さすがの山吹も、これにはため息を吐くしかない。
「それを言われると、むしろボクは『仕事があると知った上でお部屋に来てしまってごめんなさい』としか言えないですよ」
「それは、困るな。お前に謝られるのは本意じゃねぇ」
「ボクもです。課長の頑張り屋さんな面を謝られたくないです」
しかし、きっと違う。今の桃枝が欲している言葉は──山吹が口にすべき言葉は、こういうことではない。
桃枝はいつも、どうしてほしいと言っていたか。悩む必要もないほど、答えはハッキリしている。
「でも、それじゃあ……今からは、寂しくさせないでください」
きちんと、甘えてほしいのだ。だから山吹は、近い距離をさらに縮めた。
桃枝はいつも、山吹にそう望んでいるのだから。
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よろしくおねがいします。
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