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10章【疾風に勁草を知る】

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 言いたかったことを、伝えたかったことを全て口にできた。山吹は、ふぅと息を吐く。


「以上が、ボクと青梅の関係です。……説明が足りていない部分は、あったでしょうか。なにか気になることがあったら、なんでも訊いてください。どんなことでも、正直に答えますから」


 覚悟は既に、決めていた。これ以上、知られたくないことなんてない。山吹は落としていた視線を上げて、桃枝を見る。

 きっと、今の山吹は桃枝と同じような顔をしていることだろう。どこかつらそうで、どこか苦しそうで。重々しい表情をしているに、違いない。

 言葉を、探しているのだろうか。桃枝は少し悩んだ後、ゆっくりと口を開いた。


「……青梅のこと、ちゃんと『友達』だと思ってたのか?」


 思わず、山吹は笑みを浮かべる。そう問われる気がしていたからだ。
 だから山吹は、笑顔のまま答えた。


「それはないです。ボクと青梅は、そんな関係じゃないですから。……そんな関係になったら、青梅が可哀想です」
「そうか。……そう、だよな。お前なら、そう言う気がした」


 依然として重たげな面持ちのまま、桃枝は続いて訊ねる。


「なぁ、山吹。なんでもっと早く、俺にこのことを話してくれなかったんだ? 少なくとも駅で青梅と再会した日に教えてくれてたら、お前はこんなに悩まなくて──傷付かなくて、済んだのに」


 過ぎたことを言っていると、自覚があるのだろう。桃枝の表情は、どこまでも暗い。

 どうして、と。その答えも、山吹の中では決まっている。だからこそ、やはり山吹は笑みを浮かべて答えた。


「ボクが青梅とのことをなにひとつ課長にお話ししなかったのは、課長にこれ以上、過去のことで心配をさせたくなかったからです」
「山吹……」

「──と言うのは、建前です。ホントは、ただの【保身】が理由でした」


 どうせすぐに、この笑みは枯れる。分かっていたからこそ、山吹は笑みを浮かべられた。


「知られたくなかったんです。課長と出会う前のボクが、どれだけ情けなくて弱い男なのかを。……呆れられたく、なかったんです。父さんと一緒に暮らしていた時のボクが、どれだけ愚かな男だったのかを」


 笑みを枯らした山吹は、泣きそうな顔をしてしまう。目の奥から涙が滲む中、山吹は潤んだ瞳を真っ直ぐと桃枝に向けた。


「──ただボクは、課長に嫌われたく、ないんです……っ」


 ここで泣くのは、確実に卑怯だ。山吹は必死に泣くのを堪えて、桃枝の目を見る。
 それでも、今にも山吹が泣き出しそうだとは伝わっていた。桃枝は腰を浮かし、それから顔を上げる。


「山吹。そっちに──隣に座っても、いいか?」
「っ。……はい。来て、ください」


 すぐに桃枝は山吹の隣へ移動し、泣き出しそうな顔をしている山吹をその腕で抱き締めた。


「話してくれて、ありがとな。それと、俺の不安を取り払ってくれて、ありがとう。……勇気を出してくれて、ありがとう」
「……っ」


 ここで、感謝をするなんて。桃枝の狡さに──優しさに、ついに山吹の感情は決壊した。


「ごめんなさい、課長。ごめんなさい、ごめんなさい……」


 謝り続ける山吹を、桃枝は静かに抱き締め続ける。
 溢れ出る謝罪も、涙も受け止めて。二人は、お互いを抱き締め続けた。




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