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10章【疾風に勁草を知る】

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 桃枝が、山吹を探しに来るなんて。そんな少女漫画の修羅場的展開が仕組まれるなんて、二人は思うはずがなかった。


「あ、っ」
「桃枝、課長……?」


 現状の危うさに真っ先に気付いたのは、山吹だ。気付くと同時に、涙をとめどなく溢れさせる中、山吹は顔を真っ青にした。

 少し遅れて、青梅も桃枝の登場に驚く。ただ、相手の名を呼ぶことしかできなかったが。

 即座に混乱し始めた青梅とは違い、山吹は徐々に状況を理解していく。
 泣き落としていると思われたら、どうしよう。仕事のフリをして、人気のない所に元カレを呼び出していると思われたら、どうすればいいのか。


「ち、ちが……っ。ボク、ちが……っ」


 慌てて、弁明をしなくては。この状況は、桃枝が想定してしまうようなものではないと、伝えなくてはいけない。

 けれど、うまく言葉が出てこなかった。なにを言ったところで、信じてもらえるはずがないと分かっているからだ。それ相応のことを、山吹は今までしてきたのだから。


「お前、こんな所で……ッ」


 普段以上の、怖い顔。近付く桃枝に、山吹は『怒鳴られる』と覚悟をした。
 伸ばされた手に対し、山吹は思わず目をつむり──。


「──青梅ッ! 山吹になにをしたッ!」


 怒声に、山吹は目を開いた。

 山吹の腕を押さえつけている青梅を、山吹から引き剥がすために。伸ばされた桃枝の手は、青梅の肩を力任せに引いていた。
 怒りにまみれたあの顔も、伸ばされた手も。全て、桃枝が山吹を想うがゆえのもの。

 どれだけ強い力なのか、青梅は肩を掴まれたと同時に表情を歪めた。それからすぐに、山吹の腕を解放したのだ。

 だが、違う。ここで桃枝が青梅を責めるのは、きっと違うはずだ。山吹は力が抜けた足腰へ必死に命令を送って、怒る桃枝の腕を掴む。


「やめっ、や、やめてください……っ! 課長、やめて……やめて、ください……っ」
「山吹、なんでお前がコイツを──」
「青梅を、責めないで……っ。ごめんなさい、ごめんなさい……ッ」


 涙を流して、必死に懇願されて。山吹のそんな姿を見て、桃枝がそれでも青梅を責められるはずがない。小さく「クソッ」と悪態を吐き、桃枝は青梅の肩から手を放した。

 すぐに山吹は、桃枝から手を放す。そして、山吹は自分の目を乱暴に擦り始めた。


「ごめん、ごめんなさい。ごめん、青梅……っ」


 目元を手で拭う山吹を見て、桃枝はなにも言わずに山吹を抱き寄せる。そうされるとさらに、山吹は涙を溢れさせてしまった。

 桃枝のスーツにしがみついた山吹を見て、青梅は憎々しそうに舌打ちをする。


「やめろよ、バカヤロー。なんで、アンタが謝るんだよ。アンタが謝ったら、オレは……っ」


 目を背けるように、青梅は視線を下げた。それから、自らの後頭部を乱暴な手つきで掻く。


「……事務所、戻るわ。なんか、萎えた」


 それだけ言い、青梅は歩き出す。
 当然、桃枝はそれを良しとしない。山吹を抱き留めたまま、桃枝は青梅を引き留めようとした。


「待て、青梅。お前との話がまだ──」
「──今はオレをどうこうするより、ソイツのケアをした方がいいんじゃないんですか」


 だが、意外にも青梅が正論をかますから。桃枝はなにも言えなくなり、泣きじゃくる山吹を抱き締めることしかできなかった。




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