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10章【疾風に勁草を知る】

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 近付いてきた青梅から、山吹は慌てて顔を逸らす。
 こんなこと、したくない。山吹は叫ぶように、青梅を拒絶し始める。


「バカ、やめろ! ボクはもう、あの人以外とこんなこと──」


 だが、怒りを露わにしているはずの青梅は、やけに冷静で。


「──さっきからアンタが言ってる『あの人』って、もしかして桃枝課長のこと?」
「──ッ!」


 急速に、それでいて確実に。山吹に残る冷静さを、削ぎ取っていった。
 動揺を露わにする山吹を見て、青梅はいつもと同じような笑みをニタリと浮かべる。


「アッハハッ! マジかよ、図星じゃん! アンタ、嘘吐くのそんなにヘタだったっけ?」


 青梅の態度を見て、山吹はようやく気付く。
 青梅は、なにかしらの方法で山吹と桃枝の関係性を知った。そうした確信を持っていたくせに、さらに確信の色を濃くしようとしたのだ。

 いったい、どこで桃枝との関係が知られたのか。考えたところで、分からない。
 分からないが、この状況はよろしくなかった。青梅の発言が確信に変わった瞬間、これは山吹と青梅、二人だけの問題ではなくなったのだから。

 ここから、どうすれば桃枝を守れるのか。必死に考えを巡らせる山吹を尻目に、青梅はそれでも笑っていた。


「──別に気にしないだろ。だってアイツ、オレとアンタの関係を喋ってもなにも言わなかったんだぜ?」
「──え、っ?」


 山吹を追い詰める切り札は、まだまだ手の内にある。青梅の笑みは、そんな余裕から生まれていた。

 山吹の目が、驚愕から丸くなる。まるで戦意を削がれたかのような様子の山吹を見ても、青梅は笑顔を絶やさなかったが。


「話した、の? ボクと、オマエの関係……」
「あぁ、話した。オレがアンタの元カレだって」


 続いた、青梅の言葉に。山吹の肩が、ピクリと跳ねた。
 そして──。


「──誰がいつ、オマエのカレシになったんだよ……ッ!」


 先ほどまでの青梅と同様──それ以上に、山吹は怒りを露わにした。


「オマエ、ホンット最低ッ! なんでそんなウソを吐いたんだよッ!」
「いい反応だな! 僥倖、僥倖! って言うか、アンタが訊いてる『なんで』の意味は分かってるんじゃないの? オレがわざわざ、桃枝課長にそんな嘘を話した意味がさ?」

「なに言って──……ま、さか」


 だがすぐに、山吹の怒りも青梅に削ぎ取られてしまう。


「──さすが、賢い山吹だ。そっ、お察しの通り。ただの腹癒せ~っ」


 笑った青梅が、あまりにも楽しそうに答えたから。

 抵抗をする力も、怒鳴る余力すらも残っていない。突き付けられた動機に、山吹は完全に勢いを失ってしまった。


「……ひ、どい。酷い、酷いよ……っ」
「『酷い』? なにがだよ、自業自得だろ。アンタはそうやって、誰かに傷つけられるのを学生の頃から求め続けてた。だからオレはアンタのために──……えっ?」


 しかし、ここでようやく。


「課長に嫌われたら、ボクはもう……っ。ボクのカレシは、あの人が初めてなのに……それを信じてもらえなくなったら、ボクは……どうしたら、いいんだよ……っ」


 ──泣き出した山吹を見て、青梅から笑みが消えた。

 山吹の両腕を壁に押さえつけたまま、青梅は狼狽する。はらはらと静かに泣き出した山吹を見て、青梅は笑みを浮かべる余裕がなくなったのだ。


「山吹? なに、えっ、はっ? まさか、マジで泣いてんの?」
「うるさい、見るな。……見るな、バカ……っ」
「マジ、かよ。アンタ、そんなふうに泣けたりするのか……」


 泣き顔を、初めて見たわけではない。山吹を泣かせたことが、青梅には一度だけあった。自分で言った通り、山吹に優しく接した時だ。

 だが、この涙は。山吹が流すこんな涙を、青梅は知らない。


「な、なぁ? 悪かったって。まさか、そんな……アンタがそんな、そこまで……っ」
「ヤダ、触るなよ、バカ……っ。ボクは仕事をしたいんだから、放っておけよバカ、マヌケ、サイテー男……っ!」
「違うって、オレはアンタが悦ぶと思って……っ! だから──」


 そこで、またしても最悪のタイミングで。書庫に、人が現れる。


「山吹。お前、いつまで書庫に──」


 青梅に両手首を掴まれ、壁に押し付けられている状況で。

 ──桃枝が、姿を現した。




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