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10章【疾風に勁草を知る】

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 鈍い音が、事務所に響いた。桃枝が、力任せにデスクを叩いた音だ。

 青梅と山吹が、交際関係にあったなんて。……そんなこと、山吹は一言も言っていなかった。当たり前だ。青梅は今、嘘を吐いているのだから。なにかと鈍い桃枝にも、そのくらいは分かる。

 山吹にとってセフレは多かったとしても、恋人と言う肩書きを持たせた相手は桃枝以外にいないはず。ならば、青梅の発言は不愉快極まりない戯言以下の虚言で、妄言だ。そんな発言を許される理由も、赦す価値も無い。

 第一、桃枝は青梅に『嘘が嫌い』と伝えたばかり。それなのにこんな低俗な嘘を吐かれるのは、喧嘩を売られている以外に考えられなかった。

 今にも掴みかかりたい衝動を堪え、桃枝は青梅を睨み続ける。


「なに言ってんだ、お前。俺は嘘が嫌──」


 しかし、桃枝はついに──。


「──アイツの胸にあるヤケドの痕、課長はもう見せてもらいました?」
「──ッ!」


 動揺を、露わにしてしまった。

 胸にある、火傷の痕。それを、山吹は滅多に見せたがらない。
 最近ようやく、セックスの際に服を脱ぐようになったほどだ。よほどの信頼感がないと見せないことを、桃枝は身をもって知っている。

 山吹は以前、火傷の痕は『セフレにも隠していた』と言っていた。それが原因で山吹は服の上から胸を弄られ、胸が性感帯になったと言っていたのだ。


「あれ、エグいっすよねぇ。父親が息子にあげるプレゼントにしては、センス云々のレベルじゃないと思いませんか? ……って、アイツは親からプレゼントなんて貰ったことないんだったっけかな」


 山吹にとって青梅は、恋人関係にはなかったはず。ならばなぜ『山吹の胸に火傷の痕がある』と知っているのだろうか。

 まさか、強引に服を捲って? 青梅と関わった時間は少ないが、現段階の印象から言うと『青梅ならやりかねない』と感じてしまう。

 山吹からの同意もナシに、青梅が強引に火傷の痕を見たとしたら。やはり、青梅が言う【山吹との関係】は嘘だ。

 このくらい、言われるまでもなく分かる。……分かり切っている、はずなのだ。
 なのに……。


「アイツ、甘ったれで重くないです? しかも、考えがいちいちガキっぽいんですよね。……桃枝課長はどうですか? そろそろ【お揃いのアイテム】くらいプレゼントされましたかね?」


 なぜ、この男はこんなにも雄弁に山吹を語るのか。


「なんだか動揺しているように見えますけど、もしかして知らないんですか? アイツが、かなりの【遊び人】だって。……いや、知らないわけはないですよね。アイツならきっと、そういうのはちゃんと報告しそうだ。あぁ見えて、無駄に律儀な面もありますからね」


 どうして、桃枝も知っている話を語るのだ。

 ──これでは、青梅の発言を否定できないではないか。


「セックスの度に腕は縛ってあげてます? それと、首は絞めてあげましたか? アイツ、すっげぇ悦んだでしょう? アレが演技じゃなくてガチのマジなんだから、救いようがないヘンタイですよね、マジで」
「黙れ……ッ」

「学生の頃も可笑しな奴だったなぁ。被虐性愛の気でもあるのか、オレによく──……って。これ以上は、彼氏にわざわざ話すのも失礼ですよね? スミマセン」
「黙れッ!」


 これ以上、こんな男に山吹を語られるのは我慢ならない。ついに桃枝は立ち上がり、余裕綽々と言いたげな態度で立つ青梅の胸倉を掴んだ。

 だが、しかし。


「カワイソーですね、桃枝課長は。アイツからなにも、大事なことを教えられてないなんて。だから、昨日知り合ったばっかりなオレの言葉に、こんなにも動揺しているんでしょう?」


 怒鳴りつけ、胸倉を掴み、鋭い眼光で睨み付けたって。青梅の態度は、なにひとつ変わらなかった。

 堂々とした態度は、自分の発言に自信があるからだ。そしてその自信を、桃枝の態度が確信へと変えてしまった。
 ゆえに、桃枝は理解するしかなかったのだ。


「……ッ」


 今の桃枝では、青梅に言い返せない。

 桃枝は、山吹のことを知っている。……だが、青梅と比べたら? 桃枝は、山吹のことを知らないに等しい。

 つまり。……青梅の指摘は、事実だった。




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