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10章【疾風に勁草を知る】
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しおりを挟む建物から出て、山吹は桃枝との約束通りに【駅前】へと移動を終えた。
「おぉ~っ、外や。スイスイ歩いとったけど、山吹君はよくこの駅を利用するん?」
「いいえ、あまり。ですが、こういう公共の施設は案内板を見たら大体の道筋が分かるじゃないですか」
「なるほど~」
依然として、黒法師が隣に居る状況は気に食わないが。
なにも納得していないくせに、なにが『なるほど』だ。山吹は内心でそう唱えつつ、キッと黒法師を睨み付けた。
「それよりも、約束ですからね。課長にさっきのこと、話さないでくださいよ」
心優しく、山吹に対して過保護な桃枝のことだ。青梅との件を話せば最後、最悪の場合には電車での移動を禁止してくるかもしれない。
いつだって、桃枝には心配ばかりかけていた。これ以上、余計な心労を増やしたくない。そのためにも、黒法師の口止めは必須だ。
だが黒法師は、そんな山吹の胸の内なんて知らない。若しくは、分かった上で知らないフリをしているのか。黒法師は平然とした態度で山吹を見下ろし、サラリと言葉を紡ぐ。
「けど、山吹君? 僕は『黒法師さんと食事に行くって言って』って言ったやろ? なら君が【約束】って言葉を掲げるのは、こっちの要求をきちんとこなしてからにしてほしいんやけど?」
「なっ。そ、それは……っ」
しかも、紡がれたのはド正論だ。山吹は思わず半歩、後退してしまう。
確かに山吹は、黒法師の要求を呑んではいない。だが、かと言って諦めるわけにもいかなかった。山吹は逡巡し、グッと拳を握って……。
「──お願い、します。靴なら、舐めますから……っ」
「──いや僕、さすがにそこまでの特殊性癖は持っとらんのやけど」
自分ができ得る最大級の屈辱を提案したのだった。
ここで黒法師からドン引かれるのは遺憾だが、実際問題お気に召さなかったのだから仕方ない。山吹は険しい表情のまま、代案を考え込む。
……その時だ。
「──山吹ッ! 無事かッ!」
こちらに駆け寄ってくる、愛しい恋人を見つけたのは。
「課長……っ!」
山吹はすぐさま顔を上げ、接近する桃枝に自らも歩み寄った。そして山吹は素早く、桃枝の背後に隠れる。
となれば、桃枝が次に起こすアクションはどうなるだろう? ……そう。答えは簡単だ。
「──水蓮、お前……ッ! 山吹になにをしたッ!」
「──学生時代の同級生と再会して秒で胸倉掴まれることなんてあるん?」
黒法師への制裁である。
本人が説明した通り、黒法師は目が合うと同時に桃枝から胸倉を掴まれた。桃枝から怒鳴られるのも睨まれるのも慣れているのか、黒法師は平然としているが。
「課長、人目に付くところでの暴力はダメです……っ!」
「いや『見えなきゃええよ』みたいな言い方やん、それ」
山吹が慌てて仲裁に入るも、黒法師からすると引っ掛かる物言いだ。それも不快ではないのか、黒法師は両手を上げて苦笑していた。
さすがに、山吹から止められては仕方ない。桃枝は深呼吸をしてから、黒法師の胸倉から手を離す。
「オイ、水蓮。俺の山吹に手を出すんじゃねぇよ」
「嫌やわぁ、暴力反対やなかったん? あと、さり気なく所有物扱いするのはいただけないんとちゃう?」
「──あの! 違うんです!」
自分のせいとは言え、ただならぬ雰囲気だ。山吹は桃枝の手を掴み、説得を始めた。
「今回は……ホント、今回に限っては違うんです。今回限りで違うんです!」
「なんでそんな念を押すん?」
「そうか。信じるぞ」
「なんでやねん」
友人とその恋人が、あまりにも辛辣すぎる。どう見ても散々な状況ではあるが、さすが黒法師だ。彼はどうやら、この状況が楽しくて仕方ないらしい。
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