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10章【疾風に勁草を知る】

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 桃枝への愛と桃枝からの愛を再認識した後、山吹は辺りを見回しつつ移動を始めた。

 なんとしてでも青梅との再会を回避し、駅の外に出なくては。山吹はとにかく、必死だった。

 ……だが、そんな緊張感を打ち破る声が、ひとつ。


「なぁ、山吹君。白菊が来るまで暇やし、一緒に遊ばへん?」
「結構です。ボクは一人で遊びますから」
「堪らん辛辣さやねぇ」


 未だに、黒法師が付いてきているのだ。山吹の表情が強張っているのは、青梅への警戒だけが理由ではないだろう。

 黒法師は山吹を揶揄い足りないのか、それとも道に迷わないように付いてきているのか……。おそらく両方の理由を心に掲げながら、山吹の塩対応にはめげずることなく、声を掛け続けてきた。


「ところで。さっきのナンパ男子君は、君の友達?」
「やめてください。あんな奴、他人未満ですよ」
「ふぅん?」


 チラリと、隣を見る。当然ながら、黒法師は追撃したそうに笑っていた。

 あんな場面を見られたのなら、むしろ関係性を明かさない方が厄介か。根も葉もない推測と妄想を重ねられるくらいならと思い、山吹は『仕方なく』と顔に書きながら、口を開いた。


「課長とお付き合いする前まで──高校を卒業するまで、セフレだった相手です。ボクが初めて、セックスをした相手でもあります」
「なんや、素直に教えてくれるんやね。もしかして僕のこと、少しは信頼してくれて──」

「──ないです」
「──君のドライさは留まることを知らんねぇ」


 付け足すように「堪らんわ」と言い、黒法師は問いを重ねる。


「それにしても……へぇ、初めての? ちなみに、君の【初めて】っていつやの?」
「高校生の頃ですよ。アイツとは、同じクラスだったんです」
「じゃあ、大人になってから喧嘩したってこと?」
「まさか」


 楽し気な黒法師には視線を向けず、山吹は答えた。


「初めから、一緒に居るべきじゃなかったんですよ。ボクは、アイツのこと──アイツは、ボクのことが嫌いですから」


 これ以上、青梅との関係や過去を掘り下げられても困る。山吹は渋々、別の話題を自ら振った。


「それよりも。……正直、意外でした。黒法師さんのことですから、あの状況で助けてくれるとは思えなかったので」


 あの状況を青梅以上に楽しみそうな男が、まさか助けてくれるなんて。山吹は悪意を込めずに、素直な感想を口にした。

 さすがに思うところがあるのか、すぐに黒法師はニコリと笑みを浮かべながら反論する。


「嫌やわぁ、誤解せんといて? 僕は人の神経を逆撫でするのは大好きやけど、泣き顔には興味あらへんのよ?」


 どういうことだろう。違いの分からない内容に、山吹は眉を寄せた。
 山吹の気持ちが届いたのか、それともよくあることなのか。黒法師は嫌な顔ひとつせず、説明を付け足す。


「泣いてまうギリギリのところまで追い詰めて、怒らせて困らせて疲れさせる。僕が魅力を感じるんは確かに憎悪の感情やけど、それでも泣き顔は萎えるんよ。【涙】って、感情が決壊した証拠やろ? 内側に在る形にならないものをその人なりの形で僕にぶつけてほしいだけやのに、目に見えるものにされてもなぁ。そんなん、コミュニケーションに対するただの怠惰やろ? 対話の放棄やろ? 萎えるだけやろ? ……山吹君は分かってくれる?」

「分かりません」
「えぇ~っ。残念やわぁ……」


 と言いながら、本人は楽しそうだ。やはり、黒法師は油断ならない男に違いないらしい。苛立ちに似た困惑を抱きながら、山吹は再認識した。




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