295 / 466
10章【疾風に勁草を知る】
1
しおりを挟む金曜日の、夜。山吹は、いつの間にか【夜】という時間が好きになっていたらしい。
『そう言えば、来週から中途採用の奴が来るな』
六月の、上旬。山吹はスマホを握りながら部屋でひとり、ニマニマと口角を上げていた。
桃枝との、通話タイム。気付けば寝る前のこの時間が、山吹は好きになっていたのだ。
桃枝も同じだと嬉しい、なんて。どことなく自分らしくないことを考えながら、山吹は平静を装って言葉を返す。
「確か、正式な配属場所が決まるまでは数日置きで色々な課を転々とする、でしたっけ?」
『あぁ、そうだ。最初の三日間は管理課に来るぞ』
「言われてみると、そんな話を周りがしていたような……?」
正直、自分と桃枝にさほどの関係がないのならどうだっていい。ゆえに山吹は、明日から管理課に来る相手が男なのか女なのかも知らなかった。
ついでに言うのなら、こうして話題に上がったところでどうだっていい。山吹は今、それ以外のことで頭がいっぱいなのだから。
「ところで、あの、課長。明日、なのですが……。課長のお部屋に行っても、いいですか?」
管理課の繁忙期がようやく過ぎ、今は休日出勤をする必要もナシ。山吹も桃枝も、明日は休みなはずだ。
伸ばした足を、意味もなく擦り合わせる。緊張によって、心臓が喉の奥から出てきてしまいそうだった。
『あぁ、いいぞ。明日は出勤する必要もねぇからな、終日空いてる』
すぐに、桃枝は提案を快諾する。想定通りの言葉を添えて。
山吹はパァッと表情を明るくしてから、それでも平静さを装って返事をする。
「じゃあ、課長の明日を全部ください」
『明日に限らず、お前が欲しがるならいくらでもくれてやるっつの』
「またまた、ご冗談を。仕事が入ったらそっちを優先するくせに」
『それはそうだろ。仕事は限定的なものだが、お前はそうじゃないからな』
「~っ!」
『山吹? 突然黙って、どうした?』
ジタバタと、足が動く。桃枝が当然だと思っている未来が、あまりにも山吹にとって嬉しい話だからだ。
静かに深呼吸をしてから、山吹はキリッと表情を引き締める。たとえ、桃枝に見えていなくても、だ。
「じゃあ明日、電車で向かいますね。時間は……お昼前に着いちゃってもいいですか?」
『時間はいつでもいいんだが……お前、電車は苦手なんだろ? 車くらい出すぞ?』
苦手なものを、覚えていてくれたのか。些細なことが、なぜだか猛烈に嬉しい。
それでも山吹は普段通り、少し弾んだ声であっけらかんと答える。
「大丈夫ですよ。それに、これから課長のお部屋を訪ねる機会は増えると思いますので、その度に車を出してもらうのは申し訳ないです。誰かに見られちゃう可能性だって増えちゃいますし」
『俺はお前との関係が誰にバレたって気にしない』
「ボクがイヤなんです。課長とのお付き合いに、周りから心無いウワサとかされたくないんです。それに、電車に慣れる特訓も兼ねていますから。だから、ボクは大丈夫ですよ」
『山吹にとってはそうでも、俺にはどうにも……』
やはり、と言うべきか。桃枝は、全く納得していなさそうだ。
あまり気乗りはしないが、仕方がない。山吹はどうにか桃枝からの納得を得るため、言葉を探した。
「じゃあ、ボクがお部屋に着いたら。……あ、えっと、その……っ」
『なんだよ。気になるだろ』
「そ、その。……あ、甘やかし、て……ほしい、です」
スマホから、息を呑むような音が聞こえた気がする。その後でなぜか、盛大なため息も聞こえた。
まさか『電車程度で』と呆れられてしまったのだろうか。慌てて弁明の言葉を紡ごうと、山吹は口を開き──。
『──クソッ、今すぐ抱き締めてぇ……ッ!』
「──ボクまだ、電車に乗っていないのですが……」
相変わらずな桃枝に、脱力した。
20
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)
理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる