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8.5章【どの雲にも銀の裏地がついている】
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しおりを挟む山吹がマグカップをテーブルに置くや否や、桃枝が顔を寄せてきた。
まさかこんなに早く、キスをしてもらえるとは。コーヒーに賞賛を送りつつ、山吹は瞳を閉じた。
「課長、んっ」
今までも桃枝とのキスは嫌いではなく、むしろ好ましかったが。正式な両想いとなってからは、以前までと比にならないほどだ。
口腔に舌が差し込まれると、そのまま桃枝は山吹の口内を堪能し始めた。山吹は堪らず、桃枝が着ているスーツにしがみつく。
「お前、本当に可愛いな」
「課長だって、ボクの作戦にまんまと引っ掛かってくれてカワイらしいですよ」
「そいつはどうも。お前には負けるがな」
唇を離し、至近距離で見つめ合う。潤んだ瞳を向けると、桃枝がなぜか目を細めた。
「山吹、舌を出せ」
「えっ、それは……や、やだ。恥ずかしい、です」
「吸ってやる」
「……。……っ」
おずおずと、舌を出す。すると約束通り、桃枝は山吹の舌に吸い付いた。
こんなにも求められて、贅沢すぎるくらい幸せだ。山吹は体を小さく震わせながら、桃枝のキスを受け入れる。
桃枝がここまでコーヒー好きなのは驚きだったが、結果オーライだ。苦手なコーヒーを我慢して飲んだ甲斐があると言うものだろう。唇が再度離れると、山吹はクタリと脱力して桃枝にもたれかかる。
「課長、キス上達しすぎです……っ。ボク、いつかキスだけでイかされちゃいそうですよ、まったくもう」
「んッ。そ、そうか。……ありがとよ」
ブワッと、桃枝から【幸】というオーラが出ている気がした。山吹は顔を上げて、頬を薄く赤らめている桃枝を見つめる。
「ねぇ、課長。今度はボクの舌、噛んでほしいです」
「傷は付けたくねぇから、甘噛みしかしてやれねぇぞ?」
「それでもいいから、噛まれたいです……」
「あぁ、分かった」
もう一度、顔を近付ける。桃枝はすぐに、山吹のオーダーに応えた。
文字通り、貪られているようで。山吹の体が震えてしまう。……だから山吹は、気付かなかった。
唇を離した後、桃枝が険しい表情を浮かべている理由に。
「課長? どうされましたか? もしかして、何度もキスを強請られてイヤだったとか……」
「それはねぇよ、安心しろ。俺が気になったのはそこじゃなくてだな……」
ジッと、桃枝に見つめられる。かなり真剣な眼差しだ。
いったい、どうしたのだろう。山吹は桃枝にもたれかかったまま、不安気に小首を傾げた。
山吹の不安を、一刻も早く解消したい。そう思ったのか、桃枝はすぐに本題を口にした。
「──なぁ、山吹。……お前、やっぱり被虐性愛者なんじゃないのか?」
「──違います」
スパッと、間髪容れずに山吹は答える。
返事を受けた桃枝は「ほう」と呟いた後、山吹に向けておもむろに手を伸ばした。
「おら」
「はうっ。なんれふかぁ?」
黒手袋をはめた桃枝の指が、山吹の頬をむにっと優しく引っ張る。間抜けな顔をしているも、当の山吹は笑顔だ。
フワフワと嬉しそうなオーラを出す山吹を眺めてから、桃枝は山吹と向き合った。
「──お前、被虐性愛者だよな?」
「──違います」
手を離した桃枝に問われても、山吹の答えは変わらない。キリッとした表情を浮かべて、山吹は問いに即答した。
もう一度「ほう」と呟いた後、桃枝は山吹に手を伸ばす。
「ほら」
「ひゃあっ。なんですか、乱暴ですよっ」
乱暴に、グリグリと頭を撫でる。強引に髪形を乱されても、山吹は笑顔だ。
パッと手を放し、桃枝は思考する。どれだけ考えても同じ疑問にしか辿り着かなかったのか、桃枝は口を開いた。
「……お前、被虐──」
「──好きな人に触られたら嬉しいじゃないですか!」
ペチンと、山吹は桃枝の手を叩く。無論、照れ隠しだ。
「課長の、鈍感。こんな恥ずかしいこと、わざわざ言わせないでください。バカ、課長のバカ、にぶちん……っ」
今の山吹が上機嫌なのは、なにも手荒に扱われたからではない。確かに『舌を噛んでほしい』と強請りはしたが、それは文字通りに貪られたかったからだ。桃枝に、深く深く求められたかっただけ。
プリプリと怒り始めた山吹を見て、手を叩かれた桃枝は絶句する。
……絶句、していたのだが。
「──山吹、好きだ。猛烈に可愛い、愛おしい、愛してる」
「──痛いです痛いですなんですかなんですかっ!」
溢れた感情を単調な言葉で訴えながら、山吹の手を握り始めた。それはもう、痛いほどに強く。
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