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8章【軋む車輪は油を差される】

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 昼食を終えた二人は、移動を始めた。目的地は、本日のメインイベント──映画館だ。


「過去に上映された映画のリメイク版だから、初めての奴でも楽しめると思うんだが……本当に俺が観たい映画で良かったのか?」
「はい、大丈夫ですよ。ボク、部屋にはテレビを置いていないので映像はなんでも興味深い気持ちで観賞できますから」
「お手頃と言うか、なんと言うか。……まぁ、お前が嫌じゃないならいいんだがな」


 チケットを買い、続いて売店に並ぶ。上映が始まってから日でも経っているのか、気分が悪くなるほどの込み合いはしていなかった。

 桃枝はアイスコーヒー、山吹はポップコーンと飲み物のセットを購入。ちなみに、山吹がセットとして選んだソフトドリンクはコーラだ。


「お前、炭酸苦手なんだろ? けど確か、前のデートでもコーラを頼んでいた気がするんだが……こだわりか?」
「映画館はコーラとポップコーンを用意するものだと思ったのですが、違うのでしょうか?」

「また、えらくこてこてのイメージだな。無理をしていないならそれでいいんだが、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。心なしか、映画館で飲むコーラはおいしく感じます。場の雰囲気、と言うものでしょうか。割とお気に入りの組み合わせです」


 とは言っても、これ以外の飲食物を頼んだ経験はないが。見様見真似で習得しただけの注文だ。

 それでも、嫌ではない。無理もしていないと伝えるために、山吹はニコリと笑みを浮かべた。桃枝が小さく動揺するも、そこはあえてスルーを選択したが。


「そうか。映画館にコーラ、か」


 売店から移動中、桃枝が謎の呟きを口にした。山吹は当然、小首を傾げる。
 指定の席に腰を下ろし、山吹は『先ほどの呟きはなにか』と訊ねようとした。

 すると、突然──。


「えっ?」


 ──桃枝が、山吹が持つコーラのストローに口を付けたではないか。

 山吹の言葉を受けて、映画館で飲むコーラに興味でも持ったのだろう。迷いなくストローを吸った桃枝は、難しい顔をしつつも頷いた。


「なるほどな。確かに、こういう場所で飲むコーラは普段よりうまく感じ──ど、どうした、山吹」


 信じられないものを見るような眼差しを、恋人から向けられている。なにかと疎くて鈍い桃枝でも、山吹が『なにかしらの強いショックを受けている』ということは分かった。

 慌てて山吹と向き直った桃枝に対し、山吹は徐々に我を取り戻していく。それから、パッと素早く俯いてしまった。


「もうこれ、飲めないです……」
「なんで──あっ、わ、悪い。お前、回し飲み駄目なのか。悪かった、完全に配慮が欠如していた」
「ちがっ。そっ、そうじゃ、なくてっ」


 すぐにでも新しい飲み物を買いに行き出しそうな桃枝を、言葉で立ち止まらせる。素直に、桃枝は浮かしかけていた腰を下ろした。

 桃枝が動きを止め、こちらを見ている。そう気付いている山吹は俯いたまま、飲めなくなってしまった理由を打ち明けた。


「──課長と、間接キスになっちゃうから……意識しちゃって、飲めないです……っ」


 館内は、まだ照明を落とされていない。……つまり、真っ赤になった山吹の顔が桃枝には見えている、ということだ。

 可愛らしい理由で俯く山吹を見て、桃枝は深く深く、ため息を吐く。


「馬鹿ガキ、やめろ。変な気分になるだろ」
「だって、課長が……っ」
「意識してやったわけじゃねぇが、そんな顔されたら……【間接】だけじゃ足りなくなるだろうが」


 桃枝からの言葉に、期待感でも募ってしまったのか。赤い顔のまま、山吹は素早く顔を上げた。




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