上 下
212 / 386
7章【過ちて改めざる是を過ちと謂う】

35

しおりを挟む



「──『駅に辿り着けなくて電車に乗れなかった』だとっ?」


 それは、翌朝のこと。山吹は桃枝と共に、黒法師が泊まっているホテルの前に来ていた。

 方向音痴のスペシャリストをそろそろ自負できそうなほど、今日も今日とて黒法師は迷子を極めているらしい。だというのに、当の本人は「たは~っ」と明るい笑みを浮かべている。

 経緯は、こうだ。なし崩し的に山吹の部屋に泊まった桃枝は早朝、黒法師から着信を受けた。応じたところ、内容は簡単で。……とどのつまり、SOS信号だったのだ。

 当然拗ね始めた山吹は『一緒に行く』ということで渋々【黒法師救助活動】に納得し、今に至る。……そろそろ、定番になりそうな流れだろう。


「黒法師さんは少し、課長に頼りすぎだと思います。地図アプリの使い方くらい憶えてください」
「山吹君は会う度に辛辣度が増していくなぁ。別にええやろ、友達を頼ったって。君と白菊はただの上司と部下なんやろ?」


 悪意を隠すこともなく嫌味を言うと、嫌味が返された。山吹はムッと唇を尖らせ、すぐに桃枝へと近寄る。


「やっ、山吹っ? 近く、ないか?」
「違いますよ、黒法師さん。課長は、ボクの恋人です」
「はっ? おい、山吹っ?」
「隠したこと、黒法師さんには謝りませんけどね」


 桃枝の腕に引っ付き、山吹は必死に黒法師を威嚇した。

 桃枝は、山吹の男だ。だから金輪際、妙な色目は使うな。山吹の言動は、黒法師にそう訴えている。
 明確な敵意を分かり易く向けられている中、黒法師はと言うと。


「──知っとったよ。白菊の好きな子が山吹君やってことも、白菊が山吹君と付き合ってるってことも。どっちも、白菊が言っとったからね」


 山吹にとってはさほど驚く要素のない告白を、サラリとやってのけた。

 この中で唯一、二人の不仲に気付いていないのは桃枝だけ。山吹の密着に動揺しながらも、桃枝は黒法師を睨んだ。


「は? お前、嘘吐くんじゃねぇぞ。俺はお前に相手が山吹なんて──」
「確かに名前は教えてくれへんかったけど『年下の可愛い子』とか『会社では桃枝専用翻訳機って呼ばれとる』とか。確定的な証拠をいくつも引っ張り出したやん、僕」
「……っ」


 あっさりと論破されている。露骨なほど、悔しそうだ。

 歪められた二人の表情を見て、本来なら反省なり謝罪なりをする場面だろう。だが、黒法師はどうやら性格が歪んでいたようで。


「──嗚呼、堪らんなぁ……っ。二人のその、猛烈に嫌がってる顔。やっぱり、僕の見立ては間違いやなかったんや……っ」


 なぜか、恍惚とした表情を浮かべているではないか。

 山吹はすぐに、恐怖を帯びたドン引きを。桃枝はなにかを知っているのか、呆れた様子でドン引きしていた。

 黒法師という男の素性をなにも知らない山吹は、ひたすらに戸惑う。その様子に気付いた黒法師は、ニコリと綺麗な笑みを浮かべて種明かしをした。


「僕はな? 人の嫌がる顔が見たくて監査士になったんよ。そのくらい、生粋の【嫌がらせ好き】ってわけやね」
「笑顔のごり押しで正当化しようとしていますが、不純ですね」
「酷いわぁ。僕の指摘で会社の体制がより良いものになるんよ? 不純やないやろ」
「言っていることは確かに立派だが、動機が不純なことに変わりねぇだろ」

「──嗚呼っ、堪らんわぁっ! もっともっと僕の言動を嫌がってや二人共っ!」
「「──うわぁ……っ」」


 桃枝もだが、黒法師もなかなか人間関係の築き方に難がある男らしい。桃枝の腕にくっついたまま、山吹は黒法師へのヘイト感情を隠そうともしなかった。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

秘密結社盗賊団のお仕事

BL / 連載中 24h.ポイント:511pt お気に入り:13

俺が本当の愛を知るまでの物語

BL / 連載中 24h.ポイント:633pt お気に入り:16

極道恋浪漫

BL / 連載中 24h.ポイント:604pt お気に入り:16

【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】

BL / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:47

oh my little love

BL / 連載中 24h.ポイント:675pt お気に入り:21

あなたの運命の番になれますか?

BL / 連載中 24h.ポイント:16,835pt お気に入り:453

恋の形見は姿を変えて

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:52,115pt お気に入り:1,692

フラウリーナ・ローゼンハイムは運命の追放魔導師に嫁ぎたい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:18,411pt お気に入り:820

処理中です...