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7章【過ちて改めざる是を過ちと謂う】

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 それから、数日。やはりどうにも、桃枝とだけうまく話せない日々が続いた。

 目が合うと落ち着かず、声を聞けば心臓が騒ぎ、弁当を嬉しそうに受け取ってもらえると頬が熱くなり、食べ終えた弁当箱に『うまかった』と書かれた付箋紙が貼ってあると口角が妙な動きをして……。自分の異常さを数え始めると、キリがなかった。

 ──果てには気付けばノートを買い、桃枝から貰った付箋紙をペタペタと貼り付け、大事に取っておいているなんて。

 どう考えても、自分は異常だ。自覚をしながら、山吹はこっそりと弁当箱から付箋紙をはがし、ノートに貼り付ける。


「……っ」


 時にはどのおかずがおいしかったかと感想が書かれていて、時には黒色以外のペンで感謝の言葉が書かれていて。並んだ付箋紙を眺めていると、山吹の胸はきゅっと締め付けられる。

 すぐに山吹はハッとし、ノートを鞄の中へとしまい込む。こんなノートを見られたら最後、山吹は翻訳機どころかストーカー扱いをされてしまう。急いで『仕事をしています』という姿勢を作ろうと、顔を上げて……。


「うわっ、雨だ!」
「えぇ~っ? 天気予報でそんなこと言ってなかったのに!」


 天候がみるみるうちに悪化していく世界に、ようやく気付いた。

 四月の、中旬。決算業務も佳境に入り、なんとも慌ただしい春の到来だ。山吹は窓の外を見つつ、周りの職員がぼやきによって繋げる会話を聞く。


「だから昼前から具合悪くなったんだ。低気圧かぁ、やだなぁ」
「傘なんてあったっけなー?」
「いや、帰り車だろ? 駐車場までなら走ればいいじゃん」


 そんな会話を周りがしているうちに、昼休憩が終わる。休憩が終われば、管理課の職員はやる気スイッチをオンにするしかない。桃枝がいるからだ。

 山吹は窓から視線を外し、パソコンを眺めた。
 そう言えば、傘を持ってきていないな。頭の片隅に浮かんだ言葉を、さらなる端へと投げ込みながら。


 * * *


 通り雨の可能性を期待してみたものの、時間が経てば経つほど雨量は増えた。なにが楽しくて、空は【雨の大量放出キャンペーン】を実施したのだろう。傘を持って来ておらず、それでいて徒歩通勤の山吹には分からない。

 終業時間になり、周りの職員も同様のことを考えていたのだろう。様々なぼやきを口にしつつ、帰り支度を始めたのだから。

 さて、どうしたものか。濡れて帰るのは不本意だが、こうなるとそれ以外の選択肢はなさそうだ。
 風邪を引かないためにも、帰ってから即、入浴。これが最善だろう。そうと決まれば、山吹がすべきなのはデスク周りの片付け──。


「どうした、山吹。帰らねぇのか?」


 ……と思っていた矢先に、桃枝が近付いてきた。山吹は一際強い胸の鼓動を感じつつ、すぐさま普段通りの笑みを浮かべる。


「あ~、ははっ。実は、と言うほどでもないのですが。傘がないので、雨が小降りになるのを待っていたのですが……」
「この感じだと、望み薄だな」
「ですよねぇ」


 周りの職員が帰ってから、数分。デスクから動こうとせずに一人で窓の外を眺めていた山吹を不審に思い、桃枝は声をかけてきたのだろう。そんなこと、誰に説明されなくたって自明の理だ。

 だから、浮かれてはいけない。『山吹が残っていることを気にかけてくれた』なんて、浮かれてはいけないのだ。




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