上 下
170 / 466
6章【虎から逃げて、鰐に会う】

18

しおりを挟む



 かなり本気で、答えてしまった。山吹の俯いた顔に、熱が集まる。

 自分はいったい、なにを言っているのだろう。よりにもよって、桃枝のそばで。穴があれば入りたくて、いっそ穴を掘りたいくらいの気分だった。


「ふぅん? 君、ええこと言うなぁ。おじさん、感動してまうわ」


 揶揄いなのか、本心なのか。相変わらず心を読ませないテンションで、黒法師は相槌を打つ。

 失敗した、失敗した。こんなことなら、初めから恋バナなんて選択するべきではなかったのだ。後悔先に立たずとは、まさにこのことだった。


「す、すみません。なんだか、妙な空気にしてしまいました……っ」
「ええやん、この空気。君が恥ずかしがって、縮こまって、顔を赤くして……。僕はとても愉快な気持ちや」


 なんて男だ。ここまで正直に全てを言葉で並べるなんて、鬼畜としか思えない。
 山吹はますます顔が上げられなくなり、余計に縮こまる。なにを言っても、黒法師を喜ばせてしまいそうだったからだ。

 しかしこのままだと、桃枝にもおかしな迷惑をかけてしまう。そう思い、山吹は顔を上げようとしたのだが……。


「なぁ、山吹君。君の今の顔、もっと僕に見せてや」


 鬼畜さを一切隠そうとしない黒法師が、あろうことか山吹の顔に手を伸ばしてきた。
 他人に触られるのは、セックス以外ならば得意ではない。山吹は喉の奥から、小さな悲鳴が出かけて──。


「──やめろ、水蓮。コイツで遊ぶな」


 すぐに、言葉が引っ込んでしまった。桃枝が、山吹の体を黒法師から離したのだから。

 腕で強引に押され、山吹は堪らず後方へ倒れそうになる。それでも倒れなかったのは、黒法師と山吹の間に挟められたのとは反対の手が、山吹の背中を支えていたからだ。


「山吹、気にするな。コイツの言うことは監査の指摘事項以外、ほとんどが思い付きだ」
「そんなバッサリと本人を目の前にして否定するなんて酷いわぁ」
「間違いじゃねぇだろ。お前の悪趣味に山吹を巻き込むな」


 しまった、と。気付いてももう、遅い。


「なんなら、俺が思う【優しい奴】の話でもするか?」
「……いや、いらんわ。たぶん今は、僕が期待する流れになりそうにないもん」
「そいつは残念だな」
「ホッとした、の間違いやろ」


 山吹は、苦手とする話題から桃枝を遠ざけたかっただけ。ただ、桃枝よりも会話に自信があったから……だから、桃枝を守ろうとしたのだ。

 だが、結果はこれ。結局、山吹は桃枝に守られたのだ。
 悔しくて、恥ずかしくて、惨めで。山吹はチラリと、桃枝を見つめる。


「どうした、山吹。コイツに腹が立つなら、代わりに俺が一発殴るぞ」
「責任転嫁やめてやぁ。僕を殴りたいのは白菊の本心やろ」
「言われてみると、そうだな。なら、なんの憂いもなく殴らせてもらおうか」
「えぇっ、そうなるんっ? ちょっ、山吹君っ! 僕を助けてやっ!」


 目が合い、守られて。三十代の男同士とは思えないやり取りに、山吹は笑ってしまう。


「ふっ、あははっ! なんですか、その攻防戦っ?」


 自分の浅はかさが憎くて、嫌だったのに。場の空気を強引に変えた桃枝が愉快で、慌てる黒法師を見ると胸がスッとして……。

 目尻に涙を浮かばせた山吹はすぐに、指で目元を拭ったのだった。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

処理中です...