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6章【虎から逃げて、鰐に会う】

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 確認すべきは、桃枝が知っているか否かではない。山吹はすぐさま、隣に座る桃枝を見上げる。


「お見合い、するんですか?」


 答えが分かり切っているとしても、山吹は桃枝からの言葉が欲しかった。

 そうした山吹の気持ちに気付いているのか、いないのか。桃枝はすぐに、眉間の皺をより深いものにした。


「しねぇよ馬鹿。確かに年始の帰省でそういった話題は親族から振られたが、きっちり断ったっつの」
「僕らの年齢で独身なら、親戚で集まると話題は自然とそういうものになるんよ。『ええ人はおらんの?』みたいな」
「そう、なんですか」


 生憎と、山吹には親戚付き合いという経験がない。自然と発生する話題が分からなくて当然だ。


「まぁ年齢は置いておくにしても、そういう話があってもおかしくはないやろね。白菊は長男やから」
「長男、だから? ……えっ? 課長の実家って、お店かなにかなんですか?」
「大したもんじゃねぇよ。ただの古い旅館だ」
「結構有名なんやで? えっとな……ほら、ココ」


 すぐに黒法師はスマホを操作し、とあるホームページを画面に表示した。そのままスマホの画面を、山吹に見せる。

 表示されているのは、桃枝が言っていた通りなかなか古風な旅館の写真が載っているホームページだ。それでいて、想定よりも立派なものだった。

 山吹の前からスマホを下ろしつつ、黒法師はビールに手を伸ばす。


「せっかくの長男やし、親御さんも期待しとるんやないの?」
「だろうな。俺には継ぐ意思なんか端からねぇけど」
「親不孝者やねぇ」


 知らない話が、次から次へと浮上してくる。山吹は視線を落とし、テーブルに並ぶ料理を眺めた。

 桃枝の実家は旅館で、桃枝は長男。見合いの話が親戚から振られ、けれど桃枝には旅館を継ぐ意思も見合いをするつもりもなくて……。

 ならばなにも、問題はない。桃枝本人がなにひとつとして乗り気ではないのなら、今後この話題が桃枝からされることもないのだ。そうなると当然、山吹が介入する必要もない。

 問題なんて、ないはず。それなのに、どうして……。


「可愛いお嫁さんを連れて、仲睦まじく経営したらええやないの」


 黒法師の言葉に、ここまで心が乱されるのか。山吹は堪らず、奥歯を強く噛み締める。

 黒法師が言っているのは、一般論だ。桃枝の家庭事情や境遇を知っているがゆえの、なんてことない正論だろう。実家が旅館で尚且つ長男だと言うのなら、黒法師のコメントは適切に違いない。それなのに、そうとは分かっているのに。

 ──山吹の胸がザワザワと騒がしいのは、なぜなのか。その理由を、山吹は言語化できなかった。

 すると突然、三人が居る個室に着信音と思われる音が響く。山吹の携帯でもなければ、桃枝の携帯でもない。


「おっと、僕のや。ちょっと席外すわ。ついでに、お手洗いにも行ってこようかな」
「あぁ、分かった」


 案の定、音の発信源は黒法師だった。黒法師はスマホを片手に立ち上がり、そのまま個室から出ていく。

 突然の、二人きり。山吹はそっと、隣に座る桃枝を見つめた。


「課長、楽しい話をしてください」
「それ、難易度が物凄く高い無茶ぶりだな」
「楽しい話。……してください、課長」


 見つめられた桃枝は、山吹の瞳からなにを感じ取ったのだろう。


「あー……。分かったよ、ちょっと待て」


 そう言う桃枝の瞳が一瞬だけ、丸くなったのは。その理由を、山吹は知りたくなかった。




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