上 下
160 / 466
6章【虎から逃げて、鰐に会う】

8

しおりを挟む



 昼休憩になり、山吹は桃枝のデスクに両手を載せていた。


「──ねぇ、課長。ボクのこと、好きですか?」


 監査士三人は、管理課を統括する部長と昼食中。つまり、黒法師はこの場に現れない。管理課職員も昼休憩中は事務所に戻ってこないと知っている山吹は心置きなく、尚且つすかさず桃枝に詰め寄り始めたのだ。

 コンビニ弁当を持参していた桃枝は目を丸くしつつ、突然寄って来た山吹を見上げた。


「は? なんだよ、いきなり。好きに決まってるだろ」
「一番ですか?」
「一番だ。それに、一生好きだぞ」
「いえ『一生』は、さすがに重いですよ」


 なにも変わりない。いつも通りの桃枝だ。


「でも、そうですか。……そう、ですか」


 安堵したのか、落胆したのか。桃枝からすると、山吹の反応は判断に困るものだろう。


「本当、なんなんだよいきなり。……もしかして、俺が他の奴と親し気に話していたのが気に食わないのか?」
「えっ?」


 コンビニ弁当の蓋を開けつつ、桃枝は冗談なのか本気なのか分からないことを口にした。山吹からすると、桃枝の方が判断に困る言動をしている気すらしてくる。

 だが、今の山吹はいつもの山吹らしくない。

 いつもの山吹ならば『変な冗談やめてくださいよ』くらい言い、笑い飛ばしただろう。しかし、今はなぜかそうした茶化すような言葉が出てこなくて……。


「どう、でしょう。そういうのはよく、分からないですね」


 思いの外、真面目な回答。桃枝の目が丸くなっているのも、納得だ。


「そこは、嘘でも肯定しろよな」
「課長は【ウソ】が嫌いなんでしょう?」
「可愛くねぇなぁ」
「えっ? ……ボク、カワイクないですか?」


 まさか、桃枝からそんなことを言われるとは。山吹はシュンとしながら、桃枝を見つめた。

 今にも『くぅん……』と鳴きそうな、子犬のようで。山吹に見つめられた桃枝は、箸を持つ手をピクリと震わせた。


「……っ。……世界で一番、可愛いっつの。言わせんな、馬鹿ガキ」
「あははっ! 課長もウソ吐きじゃないですかっ」


 まるで、普段通りの山吹だ。突然投げられた質問の真意は分からないままでも、桃枝は内心で安堵する。
 桃枝の心情なんて露知らず、山吹はふと顔を上げた。


「あっ、そろそろボクもお昼ご飯を食べなくちゃです。喋っていたら休憩時間が終わっちゃいますからね」
「だな」
「じゃあ、あとひとつだけ……」


 そう言うと、不意に。


「は、っ? やっ、山吹っ?」


 山吹が、桃枝の耳元に顔を寄せた。
 それから、ポソッと……。


「ネクタイ。少し曲がっていますよ」
「……あ、あぁ、そうか。あり、がとう」


 囁かれた言葉を理解すると同時に、桃枝は自らのネクタイを直す。
 露骨な動揺が見られて満足したのか、山吹はそのまま桃枝のデスクから離れ──。


「山吹、ちょっと」
「はぁ~い?」


 ……ようとしたのだが、呼び止められた。少しだけ珍しいことだ。

 もう一度桃枝のデスクに近寄った山吹は、すぐに桃枝へ顔を寄せる。自分にもなにか、指摘しづらいことでもあるのだろうか。咄嗟にそう思ったからだ。
 寄せられた顔に自らも顔を近付け、今度は桃枝が、山吹に耳打ちをする。


「耳打ち。不覚にも、ときめいた。今後も頼む」
「……それだけですか?」
「あぁ。引き留めて悪かったな」


 今度こそ、山吹は桃枝のデスクから離れる。持参した手作り弁当を引っ掴み、会社の屋上へ向かうために。


「耳打ちが、ときめいた……かぁ」


 事務所から出て、通路を歩いて。山吹は桃枝に囁かれた側の耳をそっと押さえる。

 本当は、ネクタイの歪みなんて気にならない程度だった。ならば本当は、桃枝の耳元でなにを囁きたかったのか。


『俺が他の奴と親し気に話してたのが気に食わないのか?』


 もしも、山吹が。……考えてから、山吹は咄嗟に首を横に振った。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

処理中です...