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5.5章【困れば悪魔は蝿を食べる】

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 笑いを堪える山吹に、桃枝は当然ながら気付いた。


「笑うな、馬鹿ガキ。俺だって、お前が相手じゃなかったらこんなことしなかったっつの」
「んっ、ふふふっ。だって、課長がこの子をレジに持って行ったとか……ふっ、ふふっ、あははっ」
「あぁクソッ。そんな可愛く笑うな、八つ当たりもできねぇだろ、クソッ」


 肩を揺らして笑う山吹から、桃枝は気まずそうに視線を外す。……が、時折チラチラと視線を感じた。おそらく、笑う山吹の顔は見たいのだろう。


「笑ってしまってすみません、課長。……でも。実はこの子、欲しかったので。ボク、嬉しいですよ」
「本心か、それ。お前、口ではそこまで欲しそうにしなかっただろ」
「それは、なんと言いますか。……ボクはまだ、よく『好き』って言葉が分からなくて」


 確証がない中でも、桃枝はこのぬいぐるみを買ってくれた。
 それは、なぜなのか。理由はきっと、単純だ。


「だけど、ホントに。……すごく嬉しい、です」


 ただ、山吹に喜んでもらうため。たったそれだけの賭けに似た気持ちを抱き、桃枝はぬいぐるみを購入したのだ。

 すぐに山吹は、ぬいぐるみを抱き締める。優しい手触りに、すぐさま山吹の両手はぬいぐるみを気に入った。
 心なしか、温かくも感じる。それなのになぜか、鼻の奥がツンと痛んだ。

 ぬいぐるみに抱擁を続ける山吹を見て、桃枝は瞳を細めた。まるで、愛おしむような瞳だ。


「……ソイツに、名前とか。なんか、付けるのか?」
「シロです」
「もう決めたのか。……って言うかソイツ、白黒なのに『シロ』なのか?」
「シロです」


 即答した山吹に驚いていると、すぐに山吹はぬいぐるみ──シロに、顔を埋めた。


「──課長の名前から、命名しました。……ダメ、でしょうか」


 モゴモゴと、声をくぐもらせるために。

 シロを抱き締めたまま、山吹は瞳を桃枝へと向ける。するとその瞳は、ほんのりと潤んでいた。
 山吹がなにを想い、そんなことを言い出したのか。潤む瞳の理由も分かっていないくせに、桃枝は息を呑む。


「っ! ……そ、そう、か。いや、悪くは、ないな」


 なぜ、プレゼントを渡した桃枝の方が気まずそうにしているのか。耳を赤くしている桃枝を見て、山吹は思わず口角を上げてしまう。

 不器用なくせに、本当は気恥ずかしくて仕方なかったくせに、嫌だったくせに。大きなぬいぐるみを買うことへの抵抗は、大きかったはずだ。
 それなのに、たったひとつの理由だけでそこまでしてくれた。……ただ【山吹を喜ばせるため】だけに。


「課長、ありがとうございます」
「あ、あぁ。お前が喜んだなら、それでいい」
「はい。とても、大喜びしています」


 桃枝の気持ちに、胸が温かくなる。山吹はシロから顔を上げ、桃枝に向けてニコリと笑みを贈ってみせた。
 向けられた、山吹の笑み。ピクリと体を小さく動かした桃枝は、なぜか一瞬だけ驚いたような顔をしていた。

 ……しかし、すぐに。


「山吹。そっちに、近付いてもいいか?」
「えぇ、どうぞ。拒む理由なんてありませんよ」


 なぜわざわざ、許可を求めたのか。理由を考えて、山吹はピンと気付く。


「あっ。もしかして、課長もシロを抱き締めたくなって──」


 そしてすぐに、山吹は思い直す。


「──お前を、抱き締めたい」


 桃枝は、山吹のことが好きなのだ、と。




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