131 / 466
5章【身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ】
25
しおりを挟む繋いだ桃枝の手が、ピクリと跳ねる。山吹の言葉を受けて、驚いた証拠だ。
「初めての感覚で、どうしていいのか分からなくて。それでわざと、逃げるようにムリヤリ別の話題を作ろうとして。……ホント、なんであんなに焦っちゃったんでしょう。ごめんなさい、課長……」
こんなこと、伝えたところで意味はない。桃枝を傷つけた事実は消えもせず、ましてや赦してもらえるほどの重要性もないのだ。
それでも伝えたのは、なぜなのか。山吹は桃枝に、なにかを求めているのかもしれない。
──信頼のためには先ず、自分から信頼を。山吹は随分と、この言葉に踊らされているらしい。
手を握ったまま、山吹は桃枝を見つめた。演技や打算ではなく、心底申し訳なさそうな目をして。
まるで、子犬のような目。ウルウルと揺れる瞳を見て、桃枝の耳はうっすらと赤くなったのだが。本人に果たして、自覚はあるのだろうか。
「それを、言われて。俺はいったい、どんな顔をしたらいいんだよ」
「どう、でしょう。そもそもボク、なんでこんなことを課長本人に打ち明けちゃったんでしょうか」
「俺に訊かれても、お前の真意なんて知らねぇよ」
迷惑かもしれない。ただただ桃枝を縛り、絡め取るだけの言葉だっただろうか。
それでも、山吹は……。
「──でも、引かないでくれます、よね? 課長はボクの……ホントのカレシ、なんですから」
卑怯な訊き方だと、分かっていながら。それでも山吹なりに、桃枝の言葉を『聴いている』と伝えるため、ハッキリと口にした。
望んでいた、忌々しい【仮】を除いた言葉。桃枝の顔が露骨なほど、それでいて瞬時に赤くなったのは、言うまでもなかった。
「今日の、お前……。本気で、狡いぞ……っ」
「風邪を引いて弱っていて、強く責め難いから……ですか?」
「そうじゃ、なくて。……そう言う部分もひっくるめて、全体的に狡いだろ。なんで分かんねぇんだよ……っ」
怒らせた……と言うよりは、困らせたのだろうか。桃枝は苦々しそうに表情を硬化させ、深くため息を吐いている。
しかしすぐに、桃枝は気を取り直したらしい。山吹の手をしっかりと握り直し、大きな瞳を真っ直ぐと見つめ返したのだから。
「引かねぇよ、馬鹿ガキ。俺はお前の恋人なんだから、俺を見てテンパッてくれたって言うなら……う、嬉しい、だろ。この、馬鹿ガキが……ッ」
だがやはり、平常通りまでは持ち直せていないようだ。すぐに顔が赤くなり、再度、山吹から顔を背けたのだから。
一生懸命で、必死。桃枝の姿が可笑しくて、けれどどこか可愛らしい。山吹は手を握り返し、クスクスと小さな笑みを浮かべる。
「ん、ふふっ。そんなに『バカ』って連呼しないでくださいよ。課長のバカ」
「お前、上司に向かってそういうこと言うかよ、普通」
「今は【上司と部下】じゃなくて【恋人同士】ですから、ちょっとくらいいいじゃないですか」
「うぐっ。……あぁ、クソッ。可愛いな、阿呆が……ッ!」
「あっ、酷いです。『バカ』を言い換えてもダメですよ、もうっ」
未だに山吹は、正しく【好意】というものを理解できていないのかもしれない。【仮】という単語を抜いた桃枝との関係性を、上手に説明すらできないだろう。
それでも、今だけは。繋いだ手の温もりに胸の奥がくすぐられても、桃枝の手つきが優しくても……。
少しくらい浸っていたって、許されるはずだ。山吹は笑みを浮かべたまま、桃枝の手を放そうとは思わなかった。
20
お気に入りに追加
80
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる