105 / 466
4.5章【魚心あれば水心】
5
しおりを挟む翌日の、昼休憩時間。管理課の事務所にて……。
「──はい、課長っ。約束のお弁当ですよっ」
ニコリと笑みを浮かべた山吹が、布に包まれた弁当箱を桃枝に差し出していた。
事務所内から人が出ていくのを待っていた山吹は、一目見て『待っていました』と言わんばかりに明るい表情をしている。
一方、楽し気に笑う山吹から弁当箱を渡された桃枝はと言うと……。
「どうしましたか、課長? まるで二日酔いみたいにグロッキーそうなお顔じゃないですか?」
「お前から弁当を貰えるのかと思うと、昨日の午後から期待と高揚が止まらなかったんだよ。つまり、気疲れしてんだ。察しろ、この小悪魔が」
「たかがお弁当だけで、気疲れですか。しかも、仮の恋人を小悪魔扱いって……。課長、だいぶ重症ですね」
「うるせぇ『仮』って付けるなキレるぞ」
「もうキレてませんか?」
相変わらず一言多い山吹は、普段通りの様子だ。山吹の言う通り、たかが惚れた相手から手作りの弁当を貰えるという状況なだけで落ち着かなかった桃枝が、自身でも憐れに思えてくる。
だが、どうだっていい。どうしようもできないソワソワとした気持ちはたった今、形のある物で満たされたのだから。
「ありがとな。わざわざ、作ってくれて」
「いえ、いいですよ。ボク、いつもお昼はお弁当を持って来ているので」
「そうなのか。お前、本当に家庭的だな」
「何回目の惚れ直しですかね、課長?」
「事実だが、お前が先に言うなよ」
長い後れ毛を揺らして、山吹は椅子に座る桃枝を見下ろす。そのまま山吹はフリーになった手を後ろに回し、どことなくあざとい体勢を取った。
「ボクが作ったお弁当、嬉しいですか?」
「嬉しい」
「どのくらい嬉しいですか?」
「このくらい」
「えっ、お、重いです」
間髪容れずに答えた桃枝は、問われるがまま喜びを表現。素早く財布を取り出し、中から札束を惜しげもなく抜き取ったのだ。
当然、山吹はドン引きしている。危うく押し付けられそうになった札束を必死に押し返しつつ、山吹は身を引いた。
冗談やパフォーマンスではなく、かなり本気で謝礼金を渡したかったのだが。渋々、桃枝は札束を財布に戻す。
「けど、なんでいきなり手作りの弁当なんて用意してくれたんだ?」
「なんですか、その質問。ヤッパリ、男の手料理なんてイヤだったんですか?」
「どれだけ喜んでるか、物理で分からせられたいのか?」
「結構ですので財布はしまってください」
またしても、財布を押し返される。謙虚だなと思いつつ、桃枝は再度、財布を渋々と言いたげな様子でしまった。
だが、肝心の返事がまだだ。桃枝はジッと、山吹を見上げる。
どことなく威圧的で有無を言わせない視線に、山吹はなにを感じたのか。
「魚心あれば水心、です」
ポツリと、ことわざを口にした。
「……は?」
「相手が好きになってくれたら、こちらもそれに応ずる準備がある、みたいな。……今しがたボクが言ったことわざの通り【先方の気持ち次第で、こちらの態度も決まる】ってことです」
ドキリ、と。桃枝の胸が、騒ぐ。
「──それ、って。お前も、俺のことを……っ?」
山吹の回りくどい表現に、期待感が募る。
──まさかついに、山吹の気持ちが桃枝に……?
山吹の瞳が、そっと伏せられる。どこか照れくさそうに、恥ずかしそうに。
そして、少しの間を開けて。山吹が、口を開いた。
20
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開


男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる